君だけ見てる、僕を見て。

それからまた時間は流れの午後三時頃、ロックマンとロールはそれぞれのPETの中に入り、熱斗とメイルに連れられて、ヒグレヤに向かっていた。
理由は勿論、先ほど決めたようにヒグレヤの手伝いをする為だ。
いつも通りの道を通りヒグレヤの前に着く、と、熱斗が驚愕の声を漏らした。

「すっげぇ……ホントに大忙しじゃん……。」

熱斗とメイルの視線の先には、普段は割と閑散としているヒグレヤがあるのだが、今のヒグレヤの様子に普段の閑散とした面影はなく、逆に大盛況と言っていいものになっていた。
出入り口の扉は開いたままになり、そこには何人もの老若男女が行儀よく並び、自分の番を待っている。
一体何がそんなに周囲の住民の購買意欲をかきたてているのか分からないまま、熱斗とメイルは周囲の客に事情を軽く説明してことわりを入れながら店内に入った。
すると店内も店外同様に客でごった返しており、熱斗とメイルは珍しい事もあるものだと思いながらカウンターまでゆっくりと、客の間をぬって歩く。
カウンターに着くと、店長である日暮 闇太郎とアルバイトである城戸 舟子が忙しそうに商品を並べたり、客に出したり、レジを打ったりを繰り返している。
そのとてつもなく忙しそうな様子は少し声がかけ辛い状況ではあったが、それでは此処に着た意味が無いと、熱斗は思い切って日暮に声をかけた。

「日暮さん! 手伝いに来たよ!」

熱斗がやや大きな声で日暮を呼ぶと、それまでガサゴソとダンボール箱を漁っていた日暮がそこから視線を外し、カウンターへと振り返った。
日暮は、それが予想の範囲内だったのかそれとも範囲外だったのかは分からないが、とにかく丁度手が足りない時に熱斗とメイルが来た事を喜ぶ。

「おお! 熱斗くん、メイルちゃん、いい所に来たでマス!」

そして日暮は熱斗とメイルだけをカウンターに通すと、なんの説明も無しにいきなりヒグレヤの制服(エプロン)を押しつけるように手渡してきた。
熱斗とメイルは当然戸惑い、状況を察してそれぞれの肩の上に出てきたロックマンとロールも互いの目を見合わせる。
それから日暮は、今現在自分が立たされている状況に戸惑う熱斗とメイルに向けて、

「じゃ、手伝い頼んだでマス!」

と言ってその場からダンボール箱の場所へと戻ろうとする。
これには熱斗とメイルは驚いて目を見合わせ、それから熱斗がすかさず文句を零した。

「ちょ、ちょっとちょっと! 何の説明も無いんじゃ何していいか分かんないって!!」

しかし日暮は次に何の用事があるというのか、それは分からないがダンボール箱を持って店の奥に消えてしまい、どうやら熱斗の文句は届いていないのか何の返事もしてくれなかった。
一体これからどうしろというのだろう、と、熱斗とメイル、そしてそれぞれの肩の上に現れたロックマンとロールが顔を見合わせる。
すると、舟子が背後から声をかけてきた。
熱斗とメイルは舟子へ向けて振り向く。

「あの……日暮さんは多分、ナンバーマンに二人が来たことを言いに行ったんだと思うの。だから、二人はまず奥の部屋でロックマンとロールをヒグレヤの電脳にプラグインしてきて、それからこっちの仕事を手伝ってほしいんだけど……いいかしら?」

まさに、申し訳ない、と言いたげな躊躇い混じりに、舟子は状況を説明してくれた。
初対面の時のような幸薄さを通り越した悲劇のヒロイン気どりは収まっているものの、この忙しさと日暮の失態の申し訳なさが重なってか、今日の舟子は少しばかり昔の幸薄さが復活している気がする。
それはともかく、舟子のおかげで熱斗とメイルは今の状況とその意味をある程度理解することができた。
熱斗は日暮に向けた不満げで不機嫌そうな表情から一転、軽い感謝を表した笑顔を舟子に見せる。

「うん、分かった、じゃあちょっと奥に行ってくるね!」

そう言って熱斗はメイルの手を引きカウンターの更に奥、奥の部屋へと進む。
少し歩いて部屋の奥に入ると、相変わらず殺風景で白い壁ばかり目立つ狭い部屋の中で椅子に座ってパソコンに向かっている日暮が視界に入ってくる。
熱斗は先ほど適当な説明、いや説明にもなっていない何かだけ残されてエプロンを押しつけられた不満からか、少し不機嫌そうな顔に戻っている。
そして明らかに不機嫌な声で、熱斗は日暮を呼んだ。

「日暮さん!!」

日暮がゆっくりと椅子ごと振り返る。

「ん? 熱斗くん、お店の方はどうしたでマスか?」
「どうしたでマスじゃないってば! まったく、何の説明も無しに勝手にどっか行かないでくれよな!」

熱斗は明らかに不機嫌な声で日暮に軽く怒った。
すると日暮は少し、なんだったかな? と言いたげに考え込んだ後、ああそう言えば、と言いたげな表情に変わる。
どうやら日暮は熱斗が起こっている理由が最初は分からなかったらしい。
その理由に気付いた日暮は軽く頭を下げた。

「ああ、それは悪かったでマス。で、熱斗くん、メイルちゃん、二人は何をしにこっちへ?」
「私達は舟子さんに言われてロール達をプラグインしに来たのよ。」

熱斗が怒っている理由は分かったが、二人がこちらへ来た理由はまだ分からない、そんな日暮が二人へ質問すると、その質問にはメイルが答えた。
日暮はまた少し、はてどうしてかな? と考え込むような仕草を見せたが、またすぐに理由に気付いてハッとしたような表情を僅かに見せる。
そして最初に熱斗とメイルが手伝いに来たと告げた時のような喜びの表情を見せた。

「そうでマスそうでマス、電脳世界の方もてんてこ舞いなんでマス! 二人とも頼んだでマスよ!」

日暮がそう言うと、今度は熱斗とメイルではなく、その肩の上に居るロックマンとロールが反応した。
どうやら二人とも、此処でいう二人が熱斗とメイルだけでなく自分たちをも指している事に気が付いているらしい。

「うん、分かったよ日暮さん、頑張るね。」
「えぇ、私も頑張るわ!」

そして二人は一時的にPETの中に戻り、インターネットシティにある電脳世界のヒグレヤへと飛ばされる瞬間を待つ。
熱斗は左肩からPETを外し、メイルはポケットからPETを取り出し、共に日暮が向かっているパソコンのプラグイン端子へと向けた。
そして、

「プラグイン! ロックマンエグゼ、トランスミッション!」
「プラグイン! ロール、トランスミッション!」

二人はほぼ同時にPETの赤外線をプラグイン端子へ伸ばし、それぞれのナビをパソコンへとプラグインした。
そのパソコンは電脳世界のヒグレヤと直結している為、次の瞬間二人のナビはヒグレヤの店内へと降り立っている事だろう。
熱斗はPET画面に目を向けてそれを確認し、ロックマンの背景に映る店内の様子をみて驚いた。

「おわっ、インターネットシティの方も混んでんなぁ。」

どうやら日暮の言う通り、インターネットシティにある電脳世界のヒグレヤも現実同様の大盛況で、現実同様に込み合っているようだ。
熱斗のPETの画面に映るロックマンも自分の背後へ振り向き、その状況を確認して驚いている。
その隣では桃色のナビ、つまりはロールが同じように周囲を確認し、その盛況ぶりに驚いていた。

「すごいわね、ヒグレヤがこんなに、現実も電脳も同じように込んでるなんて……。」

その大盛況ぶりは本来喜ぶべき事なのだが、普段空いていてそれに慣れているヒグレヤとしては対応に困るものでもあっただろう。
特に、現実世界は日暮と舟子という二人の大人が存在しているが、電脳世界はナンバーマンとアクアマンという、大人一人に小さな子供一人という状況である。
これは猫の手ならぬ他の子供の手も借りたくなっても仕方が無いだろう。
何人ものナビがごった返す中で、ロックマンとロールは熱斗とメイルが最初にしたのと同じように、押しかける客に軽く、自分達は客ではなく手伝いに来たのだ、だから通してほしい、と説明しながらナンバーマンのいるカウンターに向かっていく。

そこまで確認して、熱斗はPETを左肩に戻し、そしてヒグレヤのエプロンを身に付けた。
その隣ではメイルが同じくエプロンを身に着けている。
いよいよ、現実世界で手伝いが始まる。
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