君だけ見てる、僕を見て。

それからしばらくの間のロックマンの様子は特に説明する必要はないだろう。
ロックマンはロールが自分を見てくれたことで現実感と気力を取り戻し、今度は普段通りのしっかりした様子で三時間目と四時間目を過ごすことができたのだから。

そして、四時間目からしばらくの時間が経過した午後、ロックマンとロールは教室の電脳の中で再び顔を合わせていた。
今度はロックマンだけでなくロールも近くの段差に腰かけて、対話をする形をとっている。
そして、二人の頭上には現実世界を写し出す窓が開かれており、ロックマンの頭上の窓には熱斗、ロールの頭上の窓はメイルがそれぞれ写っている。
今は給食の後の休み時間、その間に、この四人は何時ヒグレヤに手伝いに行くかを決めようとしているのだ。
と言っても実は、まだ熱斗とメイルはその事を知らず、これからロックマンによる説明を受けようとしているところだ。

「で、ロックマン、何だよ? 大事な話って。」

ヒグレヤに何時手伝いに行くかを決める事を大事な話として伝えられた為、これから何を話し合うのかを知らない熱斗はロックマンに尋ねた。
ロックマンは段差に腰かけたまま僅かに微笑み、熱斗の疑問に答える。

「うん、さっきアイスマンから聞いた話なんだけどね、今ヒグレヤが大忙しなんだって。」
「ヒグレヤが?」

珍しいなぁ、と言いたげな様子の熱斗へ、ロックマンは説明を続ける。

「そう、それでね、僕達にヒグレヤのお手伝いに来ないかって話が来てるんだ。」
「手伝いぃ~?」

少し面倒くさそうに聞き返す熱斗の声に、ロックマンは多少の焦りと苛立ちを感じた。
もしかしたら熱斗はヒグレヤに手伝いに行く事に反対なのか、そしてその場合、メイルとロールはどうするのだろうか、それが心配になる。
もし、メイルとロールが手伝いに行くと決めたのに、熱斗だけが反対をするという事態になると少々面倒くさい事になる、それだけは避けたい、そう思うと今にも焦りが表面に現れてしまいそうになる。
それでもロックマンはなんとか表面上は微笑を保ち、熱斗を手伝いに行く気にさせる一手を繰り出した。

「うん、報酬は手伝いの量とか時間とか、つまりはバイト代に匹敵するバトルチップだって。」
「お、マジで!? ……って、なんか日暮さんじゃ高が知れてそうだけどな。」

一瞬歓喜したものの、すぐにあのN1グランプリでのミニボムの事例を思い出した熱斗はあまり乗り気ではなさそうだった。
ロックマンも、ああこれは本格的に不味いかもしれない、と少しの緊張が態度から漏れ始める。
そしてチラリと、ロールの方を見た。
熱斗が手伝いの話に応じるか否か以上に、ロールは結局今回の手伝いの頼みにどう出る気なのだろうか、そればかりが気にかかる。
ロールが手伝いに行く気が無いのなら熱斗が手伝いに行く気が無い事も別に問題はない、が、先ほど、つまり二十分休みの段階でロールは“できる限り早く行こうかしら”と言っていた。
それはつまり、ロールは手伝いに行く気がある、という事になるのではないだろうか。
嗚呼、もしロールが手伝いに行くのなら、熱斗が居なくても自分だけで同じく手伝いに行ってやろうか、などとロックマンが考え始めた時、

「もう、お手伝いっていうのはそもそも見返りを期待する物じゃないでしょ。それに、知り合いが困ってるなら助けてあげたいじゃない、ね?」

ロールの頭上の窓からメイルの少し呆れたような、そして熱斗を説得しようとしている声が聞こえた。
熱斗はそれに少し絆されたのか、うーんと考え込むような動作で悩んでいる。
それを見たロックマンは、メイルちゃんグッジョブ! と叫びたくなるのを抑えて、ゆっくりと熱斗の映る窓へ向き直った。

「そうだよ、ヒグレヤは僕達にとって大事な場所の一つじゃないか。手伝いに行こうよ、ね?」

僕は仲間を助けたいだけなんだ、とでも言うかのような態度で情に訴えかけると、熱斗はしばらく考え込んだ後、よしっ! と何かを意気込んで席から立ち上がった。
ロックマンの頭上の画面からは熱斗の顔が見えなくなるが、ロックマンは、今の熱斗ならちゃんとヒグレヤの手伝いに行く事を決めた心強い表情をしているのだろうと思う。
実際、現実世界でメイルが見た熱斗の表情は、仲間のピンチは自分のピンチでもある、と言いたげで、ヒグレヤまで手伝いに行く事を決めているであろう清々しさがあった。
その清々しい笑顔で、熱斗は立ちあがったまま告げる。

「じゃあ、さっそく今日の放課後から手伝いに行こうぜ! 善は急げって言うしな!」

ロックマンは熱斗がその気になった事を確認し、ロールと一緒にヒグレヤで手伝いができるであろう事を確信し、喜んだ。
表面上は熱斗がその気になってくれた事を喜ぶように微笑みながら、内心ではロールと共に居られる口実が増えた事の方に喜ぶ。
それを態度で証明してしまうかのように、ロックマンは熱斗を褒めるよりも先にロールへ向き直り、問いかけた。

「ロールちゃんは何時行く? もし開いてたら、今日から一緒に行かない?」

現実世界では熱斗が、ロックマンが言いだしたというのに褒めてくれないとはどういうことかと文句を零し始めていたが、ロックマンにはそんな事はもはや知った事ではなかった。
メイルが、まぁまぁ、等と言って熱斗を宥める。
ロックマンの問いかけに、ロールは少し悩んだ、というよりも、メイルの予定が空いていたかどうかを確認すべく少し考え込んだ後に、現実世界のメイルが映る窓へ向き直って尋ねた。

「メイルちゃん、今日は何にもないはずだけど……いいかしら?」
「えぇ、そうね、今日はどうせ暇だったし、いいんじゃないかしら?」

ロールが尋ねると、メイルはそれなりに楽しそうにそう答え、共にヒグレヤへの手伝いへ行く事に同意してくれた。
それを見るロックマンは心の中だけでこれ以上なく力の籠ったガッツポーズを決め、同じく内面だけで、やったあ! と叫ぶ。
熱斗は今日から手伝いに行こうと言った、ロールは今日は予定はないかとメイルに訊いた、メイルは今日は予定はないとロールに答えた、これは自分の理想通りの展開ではないか、とロックマンは一仕事やり遂げたような喜びをかみしめる。
そしてロックマンは思わず段差から腰を浮かせ、ロールの手を握ってとてつもなく楽しそうな笑顔で言う。

「一緒に頑張ろうね! ロールちゃん!」
「え、えぇそうね、頑張りましょ!」

それがあまりにも勢いのある動作だった為に、ロールは一瞬驚き、気圧され、少しだけ退いてしまったが、次の瞬間には自分も笑顔になって見せた。
ロックマンはその笑顔が愛しくて愛しくてしかたがなく、今すぐにでも抱きついて大好きだと告げたい衝動を抑えるのに一苦労しながらも笑う。
そんなロックマンとロールの様子をメイルは微笑ましく見守っていたが、熱斗だけは少し神妙な様子で、やや不安げで重い表情を浮かべそれを見守っていた。
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