君だけ見てる、僕を見て。

――熱斗くんはいいなぁ、自分から相談した訳でもないのにロールちゃんから心配してもらえるなんて。ロールちゃんの特別は僕なのに、まるでロールちゃんの特別みたい。僕の方がずっとずっとロールちゃんのことを思ってるのにどうしてなのかな? ロールちゃんも僕の事を特別だって、好きだって言ってくれるのにこれじゃあ僕の片思いだよ。どうして今ロールちゃんの視線の先に居るのは熱斗くんなの? そういえば朝はガッツマンだったよね、要するに誰でもいいとか、そんな感じなの? じゃあ僕の事を特別だって、好きだって、恋人だって、それは一体何? 分かってるよ、いくら特別だからって依怙贔屓なんてできないことぐらい……だから僕は今までずっとこの状況でも文句を言わないようにしてきたんだ。でも、さすがに酷いよね、特別どころかその他大勢ですらない、まるで忘れられたような、特別って嘘だったのかな? ってぐらいに僕の事を見てくれてないよ? 今だってそうだ、君の目の前に居るのはロックマン.EXEなのに君が本当に見てるのは光 熱斗、ってどういうこと? 熱斗くんの話なら熱斗くんにして、僕はロックマン.EXEなんだよ? 僕を見て、本当に僕に話しかけて、熱斗くんでもガッツマンでもなく僕に、ロックマンに――。――

不満と悔しさがとめどなく溢れだして、意識がまた現実から離れていく。
それはまるで暗く冷たい海の底に沈んで行くようで、ロックマンは急に自分がひとりぼっちで全ての苦痛を抱え込んでいる様な気さえしてきた。
心の息ができなくなる、身体の息は続いているのに、重い圧迫感が何かを押しつぶそうとしているような――。
そんなふうに意識が完全に現実から消えようとした、その時、ロックマンの頬は先ほどの痛みとは違う形での現実からの接触を感じた。
それにハッとして意識を現実に引き戻すと、先ほどはその頬を酷くつねっていたロールの手が、今度はその頬を優しく撫でている。
朝や先ほどとは違う意味の、どうして? がロックマンの頭の中を埋め尽くしだした時、ロールが少し大人しく口を開いた。

「さっきはつねったりして悪かったわ。だけど……熱斗さんの声も聞こえないなんてどうしたのかしら、って……私、心配したんだから!」

そうしてロールが自分の、ロックマンの事を心配していると知った瞬間、ロックマンの終わりなく続く混乱にも似た思考は一気に途切れた。
ロールの視線の先にいるのがガッツマンや熱斗だとばかり思って悔しがっていたロックマンは、ロールが自分を心配しているという事を、ロールの意識の中に自分がいるという事だと思ったのだ。
ガッツマンでも熱斗でもそのほかの誰かでもない、この自分、ロックマン.EXEの事をロールが心配している、ロールの関心の先に自分がいる、それが嬉しくて嬉しくて、ロックマンはふと表情を穏やかに緩める。

「……うん。ごめんね、ありがとう。」

そして申し訳なさそうに、しかし同時に嬉しそうに謝罪をした。
なんだかんだ言っても、ロールにとっての一番は自分なのだという自信が戻ってきて落ち着いたロックマンは自然と微笑んでいたのだ。
その頬笑みを見てロールも、ロックマンは先ほどの事をしっかり反省してくれた、私の思いを分かってくれたのだろうと安心し、ニコッと小さく、しかし明るく笑う。
そしてロックマンがロールの手に自分の手を重ねようと手を動かしかけた、その時、遠くから小さな子供のような足音が近づいてきた。
それに気付いたロールはロックマンが手を重ねるよりも早くその足音の方向に振り向く、そして同時に手が離れる。
ほんの少しだけ膝の上から浮き上がったロックマンの手は、目的地にたどり着かないままで音を立てずに膝の上へと舞い戻るしかなくなってしまった。
まったく、このタイミングで誰が、と不満に思いつつロックマンも足音のする方へと顔を向ける。
するとそこには、三、四歳児程度の身長しか無い子供型で、まるで北極にでもいるかのようなイメージの防寒着を着こんだネットナビ――アイスマンが駆けてきていた。
アイスマンは真っ直ぐ二人の元へと駆けてきて、二人の近くで立ち止まった。

「ロールさん、ロックマン、こんにちはです!」
「あらアイスマン、こんにちは。なんだか楽しそうだけどどうかしたの?」

子供らしい無邪気さで挨拶をするアイスマンへ、ロールは先ほどまではロックマンに向けていた笑顔を向けた。
チクリと小さな痛み――嫉みがロックマンの胸を刺す、が、今回は先ほどの会話で、それでもロールの一番は自分だ、という余裕が生まれたのか、ロックマンの表情はさほど曇らない。
それどころか、ロックマンもロールのように明るい声でアイスマンに話しかける。

「こんにちはアイスマン。熱斗くんに何か用事かな? それとも僕達に?」

ロールの一番は自分だという自信を得たロックマンはまるで先ほどとは別人のように明るく穏やかだった。
その為、元々オペレーター――透のクラスが熱斗とは別である為に授業中の失態を知らないアイスマンは何の疑いも違和感も持たずにロックマンと会話をする。

「熱斗さんとロックマン、それからロールさんとメイルさん達にも用事ですぅ! さっきアクアマンからメールが来てて、何でもヒグレヤが大忙しなんだそうです。そこで、日暮さんがみんなにお手伝いを頼みたいと言ってるそうなんですぅ。」
「お手伝いかぁ……日付と時間は?」
「特に決まって無いみたいで、一番忙しいのは多分今週らしいですー。あ、そうです、働いた分のお給料の代わりはそれと同じぐらいの値段のバトルチップらしいです!」
「分かった、熱斗くんに伝えておくね。教えに来てくれてありがとう。」

アイスマンはロックマンから簡単にお礼を言われると、ロールさんもメイルさんに伝えておいてくださいです! と言ってから、透のクラスの電脳につながっているワープホールまで走っていく。
その背中を見ているロックマンの表情に不満や不快感などの色は見えず、清々しささえ感じられた。
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