君だけ見てる、僕を見て。

それから熱斗はロックマンに急かされるままに校庭の真ん中を突っ切って、昇降口でもマトモに止まらずに階段を駆け上がり、廊下も駆けて教室の前へとたどり着いた。
そして、少し乱れた呼吸を整えながら扉を開くも、扉の向こうには当たり前ながら誰もいはしない。
校舎内でも全力疾走を続けた為に疲労感のつのる熱斗はそれにどこか納得のいかない顔をしているが、ロックマンはその状況に安心して小さな息を吐く。

――これで今日は僕が一番になれる。今日学校でロールちゃんが一番最初に話す相手になれるんだ。――

自分の望んだ状況、一番への下準備が済んだ事へ喜びを感じつつ、ロックマンは普段の悔しさを思い出す。
先にも記述した通り、熱斗がメイルやデカオ達よりも早く教室に着く事は今までとても少なく、その為ロックマンはロールやガッツマン達よりも早く教室の電脳に着いている事が出来ずにいた。
だからいつもロールはロックマンよりも早く教室の電脳に着いたナビと話していて、ロックマンは途中から会話に入れてもらう立場にしかなれなかったのだ。
ハッキリ言って、酷く悔しいと感じている。
例えば、ロールと誰かが話している時に自分が教室の電脳に着いたとして、その時自分の存在に一番に気付いてくれるのがロールであるならまだ少しは、多少無理矢理ではあるが納得してもいいとロックマンは思う。
しかし実際は、ロールは会話に夢中になるのか、なかなか“新しい客人”であるロックマンの存在には気付かず、ロックマンの存在に早く気付くのはロールの話し相手のナビである事の方が段違いに多い。
朝からずっと会う事を楽しみにしている自分より、他の誰よりもロールのことが好きでロール自身も好きだと言ってくれた自分より、偶然登校した時刻が近かったナビとの会話を優先されるなんて認められない。
ガッツマンが相手だろうとグライドが相手だろうとアイスマンが相手だろうと他のナビが相手だろうと悔しくて悔しくて、彼等と話しているロールの手首を掴んで自分のPETへ連れ込んで「僕だけを見て」と言いきることができたら……。

そう何度も考えたが、そんな事をしたら嫌われてしまうのではないかという不安が、それをロックマンの中だけの空想にとどめ続けていた。
それに、例えどれだけ会話に夢中になっていようと、その相手は飽く迄もロールの友達であり、ロールが恋人として特別だと認めてくれたのは自分だけなのだから、あまり嫉妬をするのは浮気を疑っているようで失礼かもしれない、そう考えるとロックマンは空想を現実にする意欲を更に失うのであった。
しかし、そうは言っても悔しいものは悔しいという事に変わりはない、だから、ロックマンは別の行動を起こすことにした。
そう、それこそがこの、熱斗を無理矢理にでも早朝から登校させ、教室に一番に到着させるという行動である。
そうして自分も一番に教室の電脳に着くことで、ロックマンはロールが学校で一番最初に話すナビの立場に自分も立てると思ったのだ。
遅刻をなくすだけではメイルとロールより早く教室に着く事はできなかった、けれど今日はまだ他の児童が居ないほど早く来たのだからきっと一番になれる、一番に、一番に、一番に、一番に、一番に、一番に、一番に――。

「おおっ、熱斗今日早いじゃん! なんかあった?」
「おはよう光くん、今日は凄く早いのね。」

PETのマイクを通して現実世界の教室での会話が聞こえる、現実世界で少し声が増えるごとに教室の電脳にもナビが増えていく。
ロックマンはそれらを聞き逃しはしないが、その一方で特に興味は示さないまま、メイルの机のパソコンから入ってすぐの位置に近い場所でロールを待ち続ける。
一人、また一人と増えていくナビの中にあの桃色の姿はまだ見えず、現実世界でもメイルもしくはロールの声はしない。
ふと、ロックマンの胸を不安が刺す。
こんなにも多くなったナビ達の中で、ロールはちゃんと自分を最初に見つけてくれるのだろうか? と。
普段は信じぬ神にも仏にも今なら縋れる気がするほど、ロックマンはロールが最初に見つけるナビが自分である事を祈った。
そして、七時四十八分、

「あら熱斗、おはよう。早いのね。」
「あ、おはようメイルちゃん。いやさ、なんか最近……」

運命の時は訪れた。
ロックマンの耳に現実世界でメイルと熱斗が挨拶を交わす声が届く。
メイルが教室に来たという事は、もうすぐロールが教室の電脳にくると考えてほぼ間違いはないだろう、ロックマンは緊張と興奮の両方が一気に高まるのを感じた。
ようやく自分もこの場所で、ロールちゃんの一番になれるんだ! そう思うとドキドキと胸が高鳴るような感覚が止まらない。
ロックマンは背中の後ろで腕を組み、まるで少女のように多少ソワソワとしながらも、必死に平静を保ったフリをして、ロールが降り立つであろう空間に視線を向け続ける。
そして七時五十分零秒、ついにロールがメイルの机のパソコンから教室の電脳へとプラグインしてきた。
しかし、ロックマンの表情は先ほどの高鳴りから一転、絶望すらも含んだ驚愕の表情へと転落する。

「……え?」

ロックマンの視線の先には確かにロールがいる、いるのだが、その隣には既にロックマンではない誰かが立っていた。

「あら、おはようロックマン!」
「おはようでガス、ロックマン。」
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