君だけ見てる、僕を見て。
それから更に三十分弱が経過した午前七時十八分、熱斗は、ゆっくり歩いても遅刻などするはずもない時間にも関わらず、ロックマンに酷く急かされて、いつもの通学路をインラインスケートで駆け抜けていた。
駆け抜けながら、熱斗は、これはやはり少し異常なのではないだろうか、と考える。
正直な所少し恥ずかしい話、熱斗が登校時にロックマンに急かされること自体は何も珍しくはなくいつもの光景なのだが、それでも今までは急かされるのは遅刻寸前の時が大体で、こんなに早い時間、遅刻には程遠い時刻から急かされる事などなかったのだ。
一体今は何時だ? 今は七時二十分だ。
学校でホームルームが始まるのは何時だ? 午前八時三十分だ。
家から学校までにかかる時間は何分だ? 歩いて二十分、インラインスケートで走って十分前後だ。
数々の時間に関する項目を自問しては自答して、その度に感じる違和感に、熱斗は既に不安と不信という一種の恐怖すら感じ始めていた。
だから、
「……なぁロックマン」
熱斗は通学路を駆ける足から少し力を抜き、スピードを落としながらロックマンに呼びかけた。
ロックマンは熱斗の肩の上に現れてとても平然とした返事をする。
「何? 熱斗くん。」
それがあまりにも自信に満ちているように見えて、熱斗は一瞬口を開く事を躊躇った。
しかしそれでは何も変わらず何も分からない、それも分かっている熱斗は勇気を出して口を開く。
「……あのさ、その……今日、やっぱり少し早すぎやしないか?」
そう言って足を止め、その場に立ってロックマンに視線を合わすと、ロックマンは、えっ? と言いたげなキョトンとした顔をした後、熱斗が足を止めた事を確認してその表情を不機嫌そうな色で染める。
その変化があまりにも早く激しいものだったので、熱斗は少し悪寒のような、何か嫌なものが背筋を駆け抜けるのを感じた。
ロックマンの透明感のある黄緑色の瞳は、今や殺意さえも纏っているように感じられる。
その鋭い視線を熱斗に向けて、ロックマンは言う。
「そんな事無いよ、なんで足を止めるの? 早く学校に行かなきゃいけないのは当たり前でしょう? さぁ早く走って。少しでも早く学校に着かなくちゃ。」
「ロックマン……。」
「僕の名前なんて呼んでる暇があったら息を吐く間もないぐらい速く走って見せてよ、ほら、ねぇ!」
熱斗に反論の隙を与えない為か、ロックマンは矢継ぎ早に、そしてまくし立てるように不機嫌で怒りの籠る言葉を放ち、その迫力に熱斗は少したじろいだ。
そしてその気迫に押されて、熱斗はまた渋々足を動かし、学校への道を駆け抜け始める。
駆け抜けながら、熱斗はやはり考える。
何故、例えゆっくり歩いたとしても十分に、いや十分以上に間に合う時刻だというのに自分はこんなにも急かされ、こんなにも責められているのかを。
そして浮かぶのは、朝から薄々思っていたが、吐き気がするような気持ち悪さを覚える嫌なものである為に頭の中で必死に否定してきたある考え。
父親と母親は、ロックマンは熱斗の為に朝から頑張ってくれているのだと言う。
だが、本当は熱斗の為ではなく、自分の為、そして学校にいる誰か他の存在の為なのではないだろうか?
もはや、ロックマンの大切な人の中に自分は入っていないのかもしれない、むしろ自分は“誰だかわからない新たな大切な人”とロックマンの行動の何処かで邪魔になっているのかもしれない、そんな考えさえも浮かんで、熱斗は走りながらその考えを振り払うように頭を左右に振った。
そうして全力疾走を続けるうちに、やがて熱斗は秋原小学校の正門の前へと着く。
が、遅刻からは程遠い時間に遅刻寸前の時と同じように全力で急いで登校した結果、熱斗は不審者だけでなく生徒すら拒むように閉じた門を見る羽目になってしまった。
予想はしていたが、本当にこういう状況になってしまうと何処か気が抜けるような、呆れて声も出ないような、ああやっぱりという疲労感が湧きあがってきて、熱斗は大きく溜息を吐く。
その時ふと、熱斗は、この状況をロックマンはどう思っているのかが気になって、左肩のベルトに装着しているPETを軽い音を立てて取り外し、ロックマンの様子を窺った。
画面に映るロックマンは先ほどとは打って変わってご機嫌良さそうな表情をしている。
その激しい変化についていけない熱斗はもう一度小さく溜息をついてから、ロックマンへ少しだけ文句を零す。
「ロックマン……まだ正門開いて無いんだけどー……今、何時何分だよ?」
熱斗が明らかに疲弊していて呆れてもいる声音で尋ねると、ロックマンはさも平然とした様子で、
「ん? あぁ今は午前七時二十九分だよ? もうすぐ開くんじゃないかな。」
と言い切った。
どうやらロックマンの中では、熱斗が学校の正門が開くよりも早く学校前へと到着することまでが計算内、いやむしろそもそも最初からそうさせるつもりだったようで、何か一仕事やりきった後のような満足げな表情が見て取れた。
それを見る熱斗は、やはり最近のロックマンは何かがおかしい、これ以上おかしくなる事があったら誰が何と言おうと科学省あたりで検査をしてもらわないと、と思い、親友の異変を心配しつつ恐怖するのである。
そうして熱斗が不安と不信の中でロックマンがこれ以上おかしくなる事を恐れながらPET画面を見て立ちつくしていると、目の前でガチャリと何かが外れる音がした。
顔を上げると、重く低い音を立てて、正門が開き始めている。
熱斗が顔を上げたせいか、それともその重い音のせいか、それは分からないが、ロックマンもその事に気付いたようで、何かハッとしたように、そしてワクワクと期待を寄せるように、ロックマンは言う。
「あ、ほら! 開いたみたいだね。早く教室に行かなくっちゃ!」
その声は先ほどの不機嫌そうな声とはまた違う力がこもっていて、まるでデパートやテーマパークなど滅多に行けない遊び場に行く直前の幼子のような無邪気な明るさを抱えていた。
熱斗はそれに対して何かを言わなければいけない気がしたが、上手く言葉にならず、
「……あぁ。」
と、小さく短い返事だけをして正門を通過し、校舎へ向かって走り出した。
その時、時刻は午前七時三十一分だった。
駆け抜けながら、熱斗は、これはやはり少し異常なのではないだろうか、と考える。
正直な所少し恥ずかしい話、熱斗が登校時にロックマンに急かされること自体は何も珍しくはなくいつもの光景なのだが、それでも今までは急かされるのは遅刻寸前の時が大体で、こんなに早い時間、遅刻には程遠い時刻から急かされる事などなかったのだ。
一体今は何時だ? 今は七時二十分だ。
学校でホームルームが始まるのは何時だ? 午前八時三十分だ。
家から学校までにかかる時間は何分だ? 歩いて二十分、インラインスケートで走って十分前後だ。
数々の時間に関する項目を自問しては自答して、その度に感じる違和感に、熱斗は既に不安と不信という一種の恐怖すら感じ始めていた。
だから、
「……なぁロックマン」
熱斗は通学路を駆ける足から少し力を抜き、スピードを落としながらロックマンに呼びかけた。
ロックマンは熱斗の肩の上に現れてとても平然とした返事をする。
「何? 熱斗くん。」
それがあまりにも自信に満ちているように見えて、熱斗は一瞬口を開く事を躊躇った。
しかしそれでは何も変わらず何も分からない、それも分かっている熱斗は勇気を出して口を開く。
「……あのさ、その……今日、やっぱり少し早すぎやしないか?」
そう言って足を止め、その場に立ってロックマンに視線を合わすと、ロックマンは、えっ? と言いたげなキョトンとした顔をした後、熱斗が足を止めた事を確認してその表情を不機嫌そうな色で染める。
その変化があまりにも早く激しいものだったので、熱斗は少し悪寒のような、何か嫌なものが背筋を駆け抜けるのを感じた。
ロックマンの透明感のある黄緑色の瞳は、今や殺意さえも纏っているように感じられる。
その鋭い視線を熱斗に向けて、ロックマンは言う。
「そんな事無いよ、なんで足を止めるの? 早く学校に行かなきゃいけないのは当たり前でしょう? さぁ早く走って。少しでも早く学校に着かなくちゃ。」
「ロックマン……。」
「僕の名前なんて呼んでる暇があったら息を吐く間もないぐらい速く走って見せてよ、ほら、ねぇ!」
熱斗に反論の隙を与えない為か、ロックマンは矢継ぎ早に、そしてまくし立てるように不機嫌で怒りの籠る言葉を放ち、その迫力に熱斗は少したじろいだ。
そしてその気迫に押されて、熱斗はまた渋々足を動かし、学校への道を駆け抜け始める。
駆け抜けながら、熱斗はやはり考える。
何故、例えゆっくり歩いたとしても十分に、いや十分以上に間に合う時刻だというのに自分はこんなにも急かされ、こんなにも責められているのかを。
そして浮かぶのは、朝から薄々思っていたが、吐き気がするような気持ち悪さを覚える嫌なものである為に頭の中で必死に否定してきたある考え。
父親と母親は、ロックマンは熱斗の為に朝から頑張ってくれているのだと言う。
だが、本当は熱斗の為ではなく、自分の為、そして学校にいる誰か他の存在の為なのではないだろうか?
もはや、ロックマンの大切な人の中に自分は入っていないのかもしれない、むしろ自分は“誰だかわからない新たな大切な人”とロックマンの行動の何処かで邪魔になっているのかもしれない、そんな考えさえも浮かんで、熱斗は走りながらその考えを振り払うように頭を左右に振った。
そうして全力疾走を続けるうちに、やがて熱斗は秋原小学校の正門の前へと着く。
が、遅刻からは程遠い時間に遅刻寸前の時と同じように全力で急いで登校した結果、熱斗は不審者だけでなく生徒すら拒むように閉じた門を見る羽目になってしまった。
予想はしていたが、本当にこういう状況になってしまうと何処か気が抜けるような、呆れて声も出ないような、ああやっぱりという疲労感が湧きあがってきて、熱斗は大きく溜息を吐く。
その時ふと、熱斗は、この状況をロックマンはどう思っているのかが気になって、左肩のベルトに装着しているPETを軽い音を立てて取り外し、ロックマンの様子を窺った。
画面に映るロックマンは先ほどとは打って変わってご機嫌良さそうな表情をしている。
その激しい変化についていけない熱斗はもう一度小さく溜息をついてから、ロックマンへ少しだけ文句を零す。
「ロックマン……まだ正門開いて無いんだけどー……今、何時何分だよ?」
熱斗が明らかに疲弊していて呆れてもいる声音で尋ねると、ロックマンはさも平然とした様子で、
「ん? あぁ今は午前七時二十九分だよ? もうすぐ開くんじゃないかな。」
と言い切った。
どうやらロックマンの中では、熱斗が学校の正門が開くよりも早く学校前へと到着することまでが計算内、いやむしろそもそも最初からそうさせるつもりだったようで、何か一仕事やりきった後のような満足げな表情が見て取れた。
それを見る熱斗は、やはり最近のロックマンは何かがおかしい、これ以上おかしくなる事があったら誰が何と言おうと科学省あたりで検査をしてもらわないと、と思い、親友の異変を心配しつつ恐怖するのである。
そうして熱斗が不安と不信の中でロックマンがこれ以上おかしくなる事を恐れながらPET画面を見て立ちつくしていると、目の前でガチャリと何かが外れる音がした。
顔を上げると、重く低い音を立てて、正門が開き始めている。
熱斗が顔を上げたせいか、それともその重い音のせいか、それは分からないが、ロックマンもその事に気付いたようで、何かハッとしたように、そしてワクワクと期待を寄せるように、ロックマンは言う。
「あ、ほら! 開いたみたいだね。早く教室に行かなくっちゃ!」
その声は先ほどの不機嫌そうな声とはまた違う力がこもっていて、まるでデパートやテーマパークなど滅多に行けない遊び場に行く直前の幼子のような無邪気な明るさを抱えていた。
熱斗はそれに対して何かを言わなければいけない気がしたが、上手く言葉にならず、
「……あぁ。」
と、小さく短い返事だけをして正門を通過し、校舎へ向かって走り出した。
その時、時刻は午前七時三十一分だった。