七夕の願い事

「ねぇ、去年のお願い事、覚えてる?」

自分は大丈夫という確信のせいか、それともメイルが傍にいる嬉しさか、メイルにそう問い掛けた熱斗は薄っすらと微笑んでいた。
熱斗の声はメイルの声よりもハッキリとして聴き取りやすいままで、パッと聞いただけでは以前と何が違うのか分からない。
しかしそれでも以前を近くで見てきた第三者――例えば、デカオ、やいと等の久しく会っていない二人の友人がその声を聞けば言っただろう、お前は一体どうしたんだ、と。
他にも、その相手が炎山だったなら、俺にあんなにしつこく自分とロックマンの友情を主張してきたお前は何処に消えてしまったんだ、と声を荒げたかもしれないし、祐一朗ならその変貌ぶりに驚愕した後に静かに涙を流す事だろう、哀れむような視線と共に。
そのぐらい、今の熱斗の声が纏う雰囲気は以前の何倍も暗く濁り、重々しいモノを感じさせている。
また、メイルはその変貌と暗い重みに気付いているが、熱斗自身は全く気付いていない。

そんな熱斗の暗さに怯えながら、それでも投げかけた質問には答えようとしてメイルはゆっくりと顔をあげて熱斗へと視線を合わせてくる。
やがてメイルはその内容を思い出したのか、今度こそ思い出してくれただろうと期待する熱斗へ、最初の返事と同じぐらい小さく消え入りそうな声で、ぼそぼそと独り言のように

「これからも、仲の良いクラスで」

言い出した願いはまた、熱斗の期待に添わないものだった。
頭から四肢、いや、指先まで、一瞬にして不快感が駆け抜ける。

「違うだろ?」

だから熱斗はメイルがそれを言い終わる前に続きを遮って、取り消すかのように否定した。
明らかに苛立ったその声は普段よりも少し低く、熱斗はメイルの左頬に右手で触れて、まるで”自分だけを想え”と命令するようにゆっくりと撫で始める。
本当に、どうしてそちらなのか、どうして思い出してくれないのか、どうして今更そんな場所を見つめるのか、湧き上がる悔しさとその原料といえる寂しさに飲み込まれてしまいそうな、いや、既に溺死したも同然の熱斗は、メイルの返答をどうしても許せない。
右手が左頬に触れた時に小さく息を飲んだメイルを見て、もしかしたら今の自分はメイルの目には酷く恐ろしく映っているのかもしれない、一瞬と思ったが、それでもこの炎の中で焼け爛れるような怒りと、暗い水の中で窒息するような重く締め付ける寂しさ、そしてその先に存在する確かな愛しさが伝わるならそれでもいい気がした。
熱斗は怯えるメイルの耳元で言葉を続ける。

「それは建前、学校での話だろ。……隣町の商店街で書いた短冊には、なんて書いたか覚えてる?」

そう、あれは去年の七月七日、熱斗はメイルに連れられて隣町の商店街に行っていた。
なんでも隣町で七夕限定の小物が発売されるとかで、熱斗はいつものようにメイルから一緒に来てほしいと頼まれた。
最初は七夕にも小物にも興味が無くて面倒くさい気がしたが、メイルが必死に頼んでくるので、そんなに言うなら、とついて行った。

――今は、断らなくて良かったって思ってるんだ。――

そうして隣町に来た熱斗は、メイルが最初の目的通りいくつかの小物を買う姿をその隣で見ていた。
実を言うと、やっぱり七夕にそこまでのロマンを感じない熱斗は、あの時かなり退屈な思いもしていたのだが、今になってみると断らなくて良かったなと心の底から思う。
しばらくして夕方になり、そろそろ買い物を終えて帰ろうかとなって商店街の中を出口に向かって歩いていたその時、大きな笹が二人の視界に入ってきた。
その笹の根元には学校で使うような横長のテーブルがいくつか置いてあり、そのテーブルの上には短冊と思われる長方形の色画用紙と、何本かのサインペンが置いてあって、明らかに”願い事を書こう!”という雰囲気を放っている。
正直、自分は織姫と彦星の話を信じたり好いたりする程のロマンチストではないが、折角ここまで来たのだから短冊を書くぐらいは良いかもしれない、そう思って熱斗はメイルに”折角だから、何か書いてく?”と聞いた。
するとメイルは”じゃあ学校とは別のことを書こっかな”と言いながら笹の根元へ歩み寄ってテーブルに置かれた色画用紙とサインペンを手に取り、そこで書いた事が――

「……熱斗と、ずっと一緒にいられますように……。」

やっと思い出してもらえた、自分の七夕への思い入れの理由。
ずっと聞きたかった言葉をようやく聞くことができた喜びに、焼けるような悔しさと溺れるような寂しさがゆっくりと退いていく。
炎と水が退いたそこには誰にも抱えきれないような愛しさだけが残り、それは喜びと合わさって幸せに形を変え、今度は微笑むだけでなく小さな笑いが零れた。
熱斗は先ほどは自分だけを想えと命令していた指で、そこに愛しい相手がいることを実感して喜ぶように優しく頬を撫で続ける。
そしてメイルの肩に寄りかかり、その嬉しさを言葉にして伝えた。

「俺もね、メイルちゃんと、ずーっと一緒にいられますようにって書いたんだ。メイルちゃんが一瞬だけ見せてくれた短冊に、俺とずっと一緒にいたいって書いてあったのが嬉しくてさ……」

熱斗はゆっくりと語りながら、思えばあの頃から自分はこうなる事を望んでいたのかもしれない、と思う。
でなければ、あの時の自分の願い事は説明が付かない、それこそメイルが学校で書いた願いと同じもので構わないはずだった、それでも自分は願ったのだ、”メイルちゃんと、ずーっと一緒にいられますように”と。
そして今、自分はこうして頬を撫でる事ができる程メイルの傍にいる。
あの頃は七夕なんて正直信じていた無かった、でも
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