異世界から帰ってきたらライバルが百合厨になっていた件について
それはまだ、熱斗や炎山を含む五人がビヨンダードに飛ばされてから間もない時期で、炎山とメイルがビヨンダードでのネットナビの実体化現象を実感し始めてすぐの頃だという。
多くの線路を抱える街を出た炎山とメイルは、その街程ではないとはいえそれなりに復興が進み、町ではなく街と言ってもいいかもしれない程度の活気を抱える街へとたどり着いていた。
そしてその出来事は、その街について最初の昼間のことであった。
その時、炎山とメイルは、街の住民と思わしき人間達が多く集まるちょっとした食堂、所謂レストランの中で昼食をとっていた。
ただし、昼食をとっていると言っても二人とももう食べ終わりに近く、炎山は砂糖もミルクも入れないコーヒーを飲み、メイルはデザートに頼んだ苺のパフェを食べようとしているところだ。
炎山が外の様子を窺いながらコーヒーを口にし、メイルがそれを僅かに視界に入れつつも苺のパフェにスプーンを刺そうとした、その時、
「メイルちゃんメイルちゃん!」
ロールが突如メイルの左肩の上に現れて、メイルを呼んだ。
メイルと炎山の視線がメイルの左肩の上のロールに向けられ、メイルはロールに尋ねる。
「え、どうしたの? ロール。」
「あのね……私をそっちにトランスミッションしてくれないかしら?」
メイルの質問に、ロールは僅かな躊躇いと大きな期待を寄せながら答えた。
その唐突な申し出に、パフェを食べようとしていたメイルはその手を止めながら、え? と少し驚いたような顔を見せる。
また、その話を聞いていた炎山は、ビヨンダードでのナビの実体化にまだそこまで肯定的でなく、またその実体化は可能時間が酷く短い事を知っている為にやや顔をしかめた。
そして、明らかにロールの提案に呆れていると言いたげな表情で告げる。
「ロール、ビヨンダードでの実体化についてはどんなデメリットがあるかまだはっきりしていないなんだ。それに、もしこの後ゾアノロイドの襲撃に出遭う事があったら……」
お前の危機感のなさには少し呆れたよ、とでも言いそうな雰囲気で炎山がそう言うと、ロールはややしょんぼりと残念そうな顔をした。
自身のパートナーの寂しげな表情に心を痛めたのか、メイルも少し悲しげな顔を見せる。
そんな二人の様子を見ても、炎山は、これでロールが退きさがってくれればいい、ここではまず安全やその為の手段の保存が第一だ、と思いながらもう一度コーヒーを口にした、が……
「でもここは十分平和な町だって言うし、それに……」
なんとロールは引き下がらず、神に願いをささげる巡礼のように両手を手を組み合わせると、やや不満げな表情の炎山に視線を向け、哀願しはじめた。
「それに、少しだけ、今回だけでいいの! ね! だからお願いよ!!」
ロールの痛い程必死な姿に、不満よりも不思議が勝った炎山と、最初から不思議ばかり感じていたメイルは目を見合わせた。
どうしてロールはこんなにも必死になって実体化を望むのか、実体化をして何をしようと言うのか、炎山とメイルにはその理由が分からないのだ。
特に炎山は先に上げた理由もあり、できる事ならロールを今実体化させることは避けておきたいと今でも思っているのだが、ロールが余りにも必死なので少し心が揺らぎ、実体化を許してあげてもいいだろうか、という気持ちになってくる。
その気持ちを落ちつける為に炎山はメイルから視線を逸らし、自分の手もとのコーヒーを一口だけ飲んだ。
必死なロール、理由は分からないが少し不安なメイルの二人に見つめられて、炎山は少しだけ疲れた溜息を吐く。
そして、
「……今回だけだからな。」
なんと、実体化を許可する返事を、ロールへ出したのである。
嗚呼、自分はこんなにも甘い事を言う人間だっただろうか、などと考えると少しくすぐったい気持ちになり、照れくささのようなものが湧きあがってきた炎山はロールとメイルには視線を向けないままでもう一度コーヒーを口にした。
そんな炎山の態度は何処かそっけなく見えるもので、もしも熱斗がいたら“素直じゃねぇなぁ”などと言われたであろうものであったが、それでもロールの表情は、ぱあぁぁあと明るくなり、
「ありがとう! 炎山くん!」
ロールは、炎山にハッキリと感謝を伝えてからメイルに向き直った。
その様子を見てメイルは何か少しだけ安堵したような微笑を見せ、それからポケットに入れたままのPETを取り出す。
それに気付いたロールは一旦PETの中に戻り、次の瞬間――異世界とはいえ現実世界に自分が降り立つ瞬間を待った。
「ロール、トランスミッション。」
普段の掛け声からプラグインの部分だけを抜かした台詞を、少しだけ周囲に配慮して遠慮がちに呟きながら、メイルは赤外線の光を空中に向けて伸ばす。
するとすぐさまその光の先に桃色のナビの姿が現れ、ロールの実体化は最初と同じようにすんなりと成功した。
完全に現実世界に出て地面に降り立ったロールは、自分がしっかりと実体化している事を確かめるように手を握ったり開いたりを数回だけ繰り返した後、何をするのかと思えばメイルの隣で空席となっていた椅子にちょこんとお行儀よく座るのであった。
炎山はそれを不思議な物を見るような目で見る。
「それで、ロールは実体化をして何がしたかったの?」
そんな炎山の正面でメイルがロールに尋ねると、ロールはニッコリと微笑みながらメイルの右手を指差して、こう言った。
「そのスプーン、貸して?」
多くの線路を抱える街を出た炎山とメイルは、その街程ではないとはいえそれなりに復興が進み、町ではなく街と言ってもいいかもしれない程度の活気を抱える街へとたどり着いていた。
そしてその出来事は、その街について最初の昼間のことであった。
その時、炎山とメイルは、街の住民と思わしき人間達が多く集まるちょっとした食堂、所謂レストランの中で昼食をとっていた。
ただし、昼食をとっていると言っても二人とももう食べ終わりに近く、炎山は砂糖もミルクも入れないコーヒーを飲み、メイルはデザートに頼んだ苺のパフェを食べようとしているところだ。
炎山が外の様子を窺いながらコーヒーを口にし、メイルがそれを僅かに視界に入れつつも苺のパフェにスプーンを刺そうとした、その時、
「メイルちゃんメイルちゃん!」
ロールが突如メイルの左肩の上に現れて、メイルを呼んだ。
メイルと炎山の視線がメイルの左肩の上のロールに向けられ、メイルはロールに尋ねる。
「え、どうしたの? ロール。」
「あのね……私をそっちにトランスミッションしてくれないかしら?」
メイルの質問に、ロールは僅かな躊躇いと大きな期待を寄せながら答えた。
その唐突な申し出に、パフェを食べようとしていたメイルはその手を止めながら、え? と少し驚いたような顔を見せる。
また、その話を聞いていた炎山は、ビヨンダードでのナビの実体化にまだそこまで肯定的でなく、またその実体化は可能時間が酷く短い事を知っている為にやや顔をしかめた。
そして、明らかにロールの提案に呆れていると言いたげな表情で告げる。
「ロール、ビヨンダードでの実体化についてはどんなデメリットがあるかまだはっきりしていないなんだ。それに、もしこの後ゾアノロイドの襲撃に出遭う事があったら……」
お前の危機感のなさには少し呆れたよ、とでも言いそうな雰囲気で炎山がそう言うと、ロールはややしょんぼりと残念そうな顔をした。
自身のパートナーの寂しげな表情に心を痛めたのか、メイルも少し悲しげな顔を見せる。
そんな二人の様子を見ても、炎山は、これでロールが退きさがってくれればいい、ここではまず安全やその為の手段の保存が第一だ、と思いながらもう一度コーヒーを口にした、が……
「でもここは十分平和な町だって言うし、それに……」
なんとロールは引き下がらず、神に願いをささげる巡礼のように両手を手を組み合わせると、やや不満げな表情の炎山に視線を向け、哀願しはじめた。
「それに、少しだけ、今回だけでいいの! ね! だからお願いよ!!」
ロールの痛い程必死な姿に、不満よりも不思議が勝った炎山と、最初から不思議ばかり感じていたメイルは目を見合わせた。
どうしてロールはこんなにも必死になって実体化を望むのか、実体化をして何をしようと言うのか、炎山とメイルにはその理由が分からないのだ。
特に炎山は先に上げた理由もあり、できる事ならロールを今実体化させることは避けておきたいと今でも思っているのだが、ロールが余りにも必死なので少し心が揺らぎ、実体化を許してあげてもいいだろうか、という気持ちになってくる。
その気持ちを落ちつける為に炎山はメイルから視線を逸らし、自分の手もとのコーヒーを一口だけ飲んだ。
必死なロール、理由は分からないが少し不安なメイルの二人に見つめられて、炎山は少しだけ疲れた溜息を吐く。
そして、
「……今回だけだからな。」
なんと、実体化を許可する返事を、ロールへ出したのである。
嗚呼、自分はこんなにも甘い事を言う人間だっただろうか、などと考えると少しくすぐったい気持ちになり、照れくささのようなものが湧きあがってきた炎山はロールとメイルには視線を向けないままでもう一度コーヒーを口にした。
そんな炎山の態度は何処かそっけなく見えるもので、もしも熱斗がいたら“素直じゃねぇなぁ”などと言われたであろうものであったが、それでもロールの表情は、ぱあぁぁあと明るくなり、
「ありがとう! 炎山くん!」
ロールは、炎山にハッキリと感謝を伝えてからメイルに向き直った。
その様子を見てメイルは何か少しだけ安堵したような微笑を見せ、それからポケットに入れたままのPETを取り出す。
それに気付いたロールは一旦PETの中に戻り、次の瞬間――異世界とはいえ現実世界に自分が降り立つ瞬間を待った。
「ロール、トランスミッション。」
普段の掛け声からプラグインの部分だけを抜かした台詞を、少しだけ周囲に配慮して遠慮がちに呟きながら、メイルは赤外線の光を空中に向けて伸ばす。
するとすぐさまその光の先に桃色のナビの姿が現れ、ロールの実体化は最初と同じようにすんなりと成功した。
完全に現実世界に出て地面に降り立ったロールは、自分がしっかりと実体化している事を確かめるように手を握ったり開いたりを数回だけ繰り返した後、何をするのかと思えばメイルの隣で空席となっていた椅子にちょこんとお行儀よく座るのであった。
炎山はそれを不思議な物を見るような目で見る。
「それで、ロールは実体化をして何がしたかったの?」
そんな炎山の正面でメイルがロールに尋ねると、ロールはニッコリと微笑みながらメイルの右手を指差して、こう言った。
「そのスプーン、貸して?」