異世界から帰ってきたらライバルが百合厨になっていた件について

「受け攻めは重大な話じゃないか!!」

もはや、何処がだ、とか、馬鹿かお前、とか、そんな言葉を出す気力さえも失って、ただただ大きな溜息を吐いた熱斗に、赤いPETの中でブルースが同情していた事はまだ誰も知らない。
ドドン、という効果音がつきそうな勢いで言い切り、その後も自分は正しい事を言ったという自信に満ち溢れて胸を張る炎山を見て、熱斗はもはや何度目か分からない溜息を吐いた。
ついでに、青いPETの中ではロックマンが、

「あれが炎山? いや嘘だよね? あれはきっと偽物だよ、本物の炎山があんなに訳のわからない事を訳のわからないテンションで言う訳ないもんね、ね、ね? 偽物だよね、あれは炎山じゃないよね、ね!」

と呪文のように繰り返し始めている事を知る者はまだ誰もいない。
そして、黒い椅子の足は普通の四本足ではなく、デスクワーク用の最初は一本足で途中からから四本足に分かれている車輪付きの椅子だという事も、熱斗やロックマンは知らない。
その為、と言うべきかどうかは分からないが、今回酷く行儀が悪く、机に片足を乗せてもう片方の足を椅子に乗せていた炎山は、ふとバランスを崩したらしく、片足を乗せた椅子をうっかり後ろに滑らせてしまい、ガタンッと音を立てて机と椅子から落下し、床に当たってドスンッという音を立てた。

「うぐっ!うぅ……」

そのポーズがどうなっているのかは机に阻まれて分からないが、おそらく落下した時に強打した所を押さえるかさするかしているであろう炎山のうめき声が耳に入る。
そんな、永遠のライバル情けない一連の行動を見て、熱斗はもう数えることすら面倒くさいレベルになってきた溜息をもう一度零すのだった。

「で、仮にそれが重大な話だったとして、どう重大だって言うんだよ? そもそも俺には炎山が何を言っているのか全く理解できないから、この話が重大だとは全然思えないんだけど。」

イテテテ……などと零しながら机の下から這い出てくる炎山へ、熱斗はもはや怒る気力も湧かないと言いたげな倦怠感を纏った様子で訊く。
すると炎山は、その言葉を待ってました! と言わんばかりに目を輝かせ、机の下から勢い良く這い出てて再び机に飛び乗ったかと思うと今度はいくらかカッコをつけて……と言うよりも、格好の付く調子で前方へ飛び降り、熱斗の目の前へ仁王立ちになった。
その顔は何やら不敵な笑みを浮かべている。
何コイツ気持ち悪い、という台詞を熱斗が吐きださなかったのは優しさか、哀れみか、それとも軽蔑し過ぎてもはやそれを言う程の優しさすら失ったからか。

偉そうに足を組んで不機嫌な表情を見せる熱斗と、これまた偉そうに仁王立ちになって不敵に(熱斗に言わせれば不気味に)笑って見せる炎山と言う不協和音に、ブルースはそろそろ泣きそうになっていた、と言うのは後々ロックマンだけが知る話である。
ともかく、炎山は熱斗の質問に答えた。
ただし、

「そうか、ならば良く分かるようにレクチャーしてやろう。」

熱斗の望む方向からは随分と逸れた方向でであった。
熱斗はまた溜息をつき、組んだ足をほどくと今度は少し足を開いてすわり、その上に両手を置いて炎山を威嚇する様なポーズを取る。
そしてやや下からの姿勢で凄んで見せながら、

「あのなぁ、俺はそんなレクチャー頼んで、ね、え、ん、だ、よ。」

と言ったものの、炎山はそれを怖いだとか不味いだとかは思わないらしく、不敵な笑みを崩さなかった。
それどころか、

「そんな事は知っている。俺がレクチャーしたいだけだ。」

と盛大に開き直ってきたのだから、熱斗はもうそろそろ呆れる事すら面倒臭くなってくるのであった。
それでもなんとか僅かに残る情けで退席だけはしない熱斗が新たな溜息を零すと、炎山はフンと軽く鼻を鳴らしてから再び演説のようなもの、炎山に言わせればレクチャーとやらを始める。
少しだけ足を後ろへ下げ、机に片手を置いた炎山は本来ならばそれなりに格好の良い絵になっている気がしなくもないのだが、この後出てくるであろう内容が内容なだけに、全く格好良いとは思えないなぁ、と、熱斗は面倒くさそうで退屈そうな視線を炎山に向けていた。

「さて、まずは攻めと受けの定義から行くべきだろう。まぁ定義としてはアレの時のやり方が一般的だろうと思うが、お前にその形での定義を教えてしまうのは早いし、さすがの俺も桜井とロールがそんな所にまで及んでいたとは思わない。」

そんなレクチャー――講義・説明は要らないと言っているのにも関わらず説明を始めた炎山に、熱斗は軽い殺意すら芽生え始めていた。
そもそもアレの時のやり方とは何だ、しかもメイルとロールがそれに及ぶとはどういう意味だ、お前は何を馬鹿な事を考えている、と問い詰めるように訊こうかとも思ったが、ロクな答えは返ってこないだろうと思い口は噤んでおく。
せめてもの救いは、炎山がそのアレとやらに二人が及んでいるとは思ってない事か、と、自分の健全さをまだ知らない熱斗は思う。
そんな熱斗の考えるあれこれを知ってか知らずか(おそらく知らないのだろうが)、炎山の講義は続く。

「だから此処で言う攻めと受け、それは、相手に対し積極的か消極的かという事にある。……解るな?」
「何一つ分かんねぇよ、ボケ。」

いつの間にかまた足をダークロックマンのように組んでいた熱斗の反応はとてつもなく冷たく、普段の快活さや優しさは何処へやらと言うものだったが、炎山はまだ負けはしない。

「フン、分からないなら解るように、ある事例を伴って解説してやろうじゃないか……」

フフフフフフフ……と不敵に笑う炎山に、熱斗は、この馬鹿をしばく、もしくはこの馬鹿の口をふさぐ事のできる道具は無いのだろうかと周囲を見たが、生憎それらしい物は見つからなかった。
急に呼び出された上に理解のできない話を長々と訊かされた熱斗は、不敵に笑う炎山とは対照的に、フゥ……と、もはや本日何度目か分からない疲れた溜息を吐く。
そして、自分には炎山が何を言っているのか分からないし解る気もない、更には聞く気がまずないと全身で表明しているのに、何時までこのくだらない話を続けるのだろうか、と考えて憂鬱になるのであった。
それにしても、普段はライバルまたは戦友としてそれなりの尊敬、憧れ、目標は抱いているはずの炎山に対して、馬鹿野郎、とか、ボケ、などと言う熱斗も随分酷い(ただし普通の意味で)もので、本来ならロックマンあたりから、あんまり酷い言い方はしちゃダメだよ、などと注意が飛んでくるはずのところだが、今回は当のロックマンが相変わらず呪文のように、

「あれは炎山じゃない炎山じゃない炎山じゃない炎山じゃない炎山じゃ……」

と繰り返していた為、注意は飛んで来なかった。
時を同じくして、ブルースもロックマン程ではないとはいえ熱斗と同じ程度にはものを言う気力を失っていた為、炎山にブレーキをかける人間が更に減っていた、と言うのはやはりロックマンだけが後々になって知る話だ。
そんな要因も重なって、超暴走特急列車と化した炎山は、熱斗が呆れているのにも構わず、ある事例とやらを紹介するのである。

「そう、あれは俺と桜井がビヨンダードの中でお前たちと会えずに彷徨っていた頃の話だ――」
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