七夕の願い事

メイルと一緒に暗い暗い部屋に閉じこもって何日が過ぎたか忘れかけた頃、ロックマンが日付と同時にある事を教えてくれた。

「今日は七夕なんだって。」

熱斗が先程ロックマンが教えてくれた事を告げると、左隣に座るメイルは何かに驚いた様に小さく肩を震わせた。
そしてゆっくりと熱斗を見詰めてくる瞳には動揺、驚きといった感情が映っている。
その理由が久しぶりに日付を知った事だと思った熱斗は、確かにここ暫くメイルには今が何月の何日の何曜日の何時なのか伝えずにいたが、そんなに驚かなくてもいいのではないだろうか?と思う。
もはや朝か夜かすらよく分からない二人だけの生活で、日付には大した意味は無いのだから。
ただ、今日はロックマンに教えられて、それで思い出した事があるだけで。

この暗い部屋はメイルの家のリビングで、二人はその中にあるソファーに並んで腰掛けている。
窓という窓は全て遮光カーテンを閉めて、その隙間から見える僅かな光だけで大まかな時間を計る生活。
正確な時間はロックマンが知っているが、外の世界を拒絶した熱斗はわざわざそれを訊きたいと思わない。
勿論、自分とロックマンが知らない場所でメイルとロールが外と繋がる事も嫌で、熱斗はメイルのPETの時計やメール、インターネット等の外を知ることができる機能を全てロックマンに破壊させた。
その為、同じナビでもロールはもう正確な時間を知らない。
けれどロックマンもそれで良いと思っているはずだと熱斗は確信していて、ロックマンも実際にそれを喜び「まるで、永遠の中にいるみたい」と言っていた。

そんな永遠の中で久しぶりに知った七月七日という日付に熱斗は多少の思い入れがあり、メイルを見詰めるその視線は、メイルにもそれに気付いてもらう事を期待している。
この暗さに完全と言っていい程に慣れた熱斗の目はメイルの躊躇うような表情、悩むような仕草、躊躇うような口元の動きなど、僅かな動作まで見逃さない。
あれは自分だけでなくメイルにも特別な日なのだから早く思い出して欲しい、そしてあの日の願いを言葉にして伝えて欲しい。

「……そう、なんだ。」

しかしメイルは、震えるような、掠れて消えてしまいそうなほど弱く儚い声で一言返しただけで俯いてしまった。
それは熱斗が期待した返事とは程遠く、寂しさと悔しさとほんの少しの怒りが混ざりあいながらじわじわと染み出してくる。
そしてそれは不満となり、熱斗は目を細めて不機嫌な視線でメイルを軽く睨んだ。
どうして俯いているのか、どうしてそんなにも怯えたような目をしているのか、俺はそんな反応を期待した訳じゃないのにといくら思ってもメイルは何も言わず俯いているだけで、もっとこちらを向いて自分が――光 熱斗が傍にいることを意識して欲しい熱斗は、俯いて黙るだけのメイルの態度がどうしようもなく気に入らない。
本当に、泣き喚いてしまいたい程に酷く悔しい。
けれど、

――見てくれないなら、傍に来てくれないなら、俺が近付けばいいだけの話だよな。――

そう思うと気持ちが少しだけ軽くなって、自然と目元から力が抜けた。
そうだ、意識しないことが不可能なぐらい自分から傍に寄ればいいだけだと思った熱斗は、左隣に座るメイルとの僅かな距離を詰め、自分の肩とメイルの肩を密着させる。
そして更に、自分の右手をメイルが自身の膝の上に力なく置いていた左手に重ねて、軽く握った。
密着した肩が、握った手の温もりが、今自分はメイルのすぐ傍にいるのだという実感を持たせ、先ほどの不満が徐々に薄れていく。
しかし、熱斗のその行為に対してメイルは抵抗の準備をするかのように腕に力を入れた。
ふと、過去の過ちが熱斗の胸を刺す。

正直な話、メイルやロールだけでなく、熱斗自身も今のこの状況が俗に言う”監禁”である事はなんとなく理解していて、それがいけない事だと言われていることも分かってはいる。
しかしそれでも、メイルが他の誰かに柔らかな笑みを向ける度に狂ってしまいそうな焦燥にかられ続けた熱斗はどうしても誰にも邪魔をされず二人だけになりたくて、その視界に映る人間が自分だけであって欲しくて、ついにメイルと自分を外の世界、つまりは自分達以外から隔絶してしまう事を選んだ。
多分、あのDr.リーガル等からさえ、頭がおかしくなったか?と思われてもおかしくない行動であることも分かっている、それでも熱斗は”自分の全てで貴女だけを想っていくから、どうか貴女の全てで自分だけを想って欲しい”という渇望を抑え切れなかった。
しかし、そんな渇望の先の選択だからこそ、監禁という横暴なことをしながらも”傷付けたい訳じゃないんだ”という意思表示を込めて手荒な真似――暴力を振るうことだけは極力避けてもいる。
それこそ凌辱などは以ての外で、その意味で二人は巷に溢れる恋人達よりも清らかな面すらある。
だが、最初の頃はメイルが外を望む度にどうしても抑え切れない思いが活火山から流れる溶岩のように溢れて我を失わせ、頬を思い切り叩いてしまったり、しばらくのあいだ痕が残る程の強い力で手首を握ったり、痛みで支配しようとしてしまった事が無かった訳では無かった。
それは今更言い訳のできない事実として二人の記憶に深く残っている。
あの頃はメイルも必死に抵抗する事が多く、酷い状況に陥る前にロックマンとロールから制止されることもしばしばだった。
熱斗はこの時のことを、特にロールはメイル以上に必死になっていた気がする、と振り返る。

そして今、熱斗はメイルのそれが本気の抵抗ではなくなっていることは既に知っていて、力で抑えつけよう等とは全く思っていない。
しかし、その警戒が以前自分がやってしまった”多少の”間違いの傷痕だと思うと、それについてはとても申し訳なくて胸が痛い。
けれど、もう大丈夫、今の自分はそんな危害を加えたくて触れた訳ではない、ただ、最初に気付いて欲しかったことを伝えるだけだ。
そして熱斗は一呼吸置いてから、メイルにあの時の事を訊き始める。
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