Re_特別
それは科学省の中の一室、ちょっとした待合室にも使えるような小さめの会議室でのことであった。
この日もおなじみのネットセイバー三人――熱斗、炎山、ライカは科学省に来ていたのだが、何故か今、この会議室にいるのは熱斗と緑のPET一つだけになっている。
どう言う訳か、炎山やライカといった他のネットセイバー、祐一朗や名人といった研究者、真辺といった警察官達は席を外している。
無論というべきかどうかは解らないが炎山のナビのブルースはいないし、どう言う訳か熱斗の持つ青いPETの中にロックマンはいない。
まるで何かの意思が介入してセッティングでもしたのではないだろうかと思いたくなるような妙な組み合わせが残った会議室の中には、沈黙だけが降りている。
だが、何処までも続きそうな沈黙は、部屋に残っている片方、光 熱斗によって破られた。
「なぁ、俺の事さ……“光”じゃなくて、“熱斗様”って呼んでくれよ。」
そう言って熱斗は目の前の机に置かれた緑色のPETへ視線を向ける。
外から見れば一見誰に話しかけているのか分からないその言葉は、どうやら緑のPETの中の住人に向けたものだったらしい。
しかし、当の住人はそれを必死に無視していた。
――自分ではない、自分に言われているのではない!――
普段は冷静な思考を多少乱されながら、現実と電脳を繋ぐ画面に背を向けて、苛立ちで肩が震えるのを抑えようと必死なその住人に、熱斗はどことなく呑気で、相手の不機嫌など知った事ではない声をかけ続ける。
「なぁ、何か言えよ、サーチマン。」
熱斗は机の上の緑のPETを手に取ると、それまで座っていたパイプ椅子を離れ、少し遠くにある応接セット――高そうな安そうな微妙な価値の感じられるソファーへと歩き出した。
それでもPETの中の住人――サーチマンはしばらくの間熱斗を無視していたが、熱斗がソファーにたどり着いて勢い良く座った時には一度だけ溜息を吐いてからゆっくりと振り返り、その苛立たしげな表情を熱斗へ見せた。
それに対する熱斗の、おお、こっちを向いてくれた、とでも言いたげで空気を読まない呑気な表情に更なる溜息をつきながら、酷く嫌々だと言いたげな態度で、サーチマンはようやく訊き返す。
「何故私がそんな事をしなければならないんだ。」
自分が様付けで呼ぶほど尊敬し、生涯を誓いあう様に傍にいると、忠義を誓うのはそもそものオペレーター、つまりはライカだけだという言葉を音の外に含ませたが、熱斗はそんな事には全然気付かないのか、それとも気付きつつ気にしていないのか、残念そうな顔も不満そうな顔も見せる事はなかった。
それどころか、熱斗はいとも簡単に、
「俺がして欲しいから。」
と返してきた。
全く、この子供は何を考えているのだろうか、こちらが明らかに嫌がっていて、コミュニケーションをとる気が無い事が解らないのだろうか? と、思ったサーチマンは明らかに不満げに本日三度目の溜息を吐きつつ、
「悪いが……いや、全然悪いと思わないが、私はしたくない。」
と、答えてから、ツンとそっぽを向いて見せた。
此処まで強く突き放されればさすがに諦めるだろうとサーチマンは思ったが、そう思ったのもつかの間、すぐに熱斗の諦めの悪さを知ることとなる。
サーチマンに突き放すように言い切られた熱斗は、直後こそ少しつまらなそうな顔を見せたものの、すぐに“つまらないからもう少し強請ってやる”という強気な表情になっていたのだ。
そして一呼吸だけ時間を置いてから、サーチマンとの会話を続けようと試みる。
どうやらこの会話は、お互いの意地のぶつかり合いになりそうだ。
「いいじゃんかよー、それぐらいさぁー。」
サーチマンが言葉の外に潜ませた思いの重要性にも、そもそもその思いにも気付いていないかもしれない、駄々っ子じみた熱斗の声。
それにサーチマンは更なる苛立ちを募らせながら反論した。
熱斗にとっては“それぐらい”の出来事かもしれないが、サーチマンにとっては“それぐらいではない”という反論を。
ただ、実を言ってしまえば、こうして苛立つサーチマンも、熱斗がそれをそれぐらいと言った、その“本当の意味”を知りはしないのだけれど。
「それぐらいではない。私はライカ様にナビとしての忠誠を誓っている。だから私はその忠誠と敬意を込めてライカ様と呼んでいるんだ。」
サーチマンは苛立ちと拒否を含ませた低く鋭い声でそう言ってのけ、熱斗の提案への拒絶を表明した。
その時、熱斗の表情がどこか少しだけ寂しさを帯びた事に、そっぽを向いたままのサーチマンは気付かなかった。
いや、例えそっぽを向いていなかったとしても、気付く事は難しかったかもしれない。
何故なら、熱斗が寂しそうな表情を見せたのはほんの一瞬、一秒にも満ちないかもしれない程短い時間で、次の瞬間にはすぐ駄々っ子の表情に戻っていたのだから。
駄々っ子に戻った熱斗は、これまたサーチマンの緊張感に満ちた声とは真逆で、やはり呑気で子供らしいのんびりとした声で答える。
「じゃあ、俺にも誓ってよ。」
その言葉にカッとなって、サーチマンはほぼ反射的に叫んでいた。
「馬鹿かお前は!!」
忠誠や敬意はそんなに軽いものではない、お前はこちらの話を聞いていなかったのか! という怒りを反射的に表した結果だったそれに、サーチマンは、ようやく言いたい事が言えた、と一瞬だけ自己満足をしていた。
しかし、その直後に熱斗の表情を窺ってハッとなる。
すこし冷静に戻って熱斗の顔をよく見ると、熱斗はとてもつまらなそうな顔をしていたが、それは駄々っ子のするそれではなく、何か大切にしているものに拒絶された悲しみ故のそれに見えて、自分は何か少し言い過ぎてしまったのだろうかと思ったサーチマンは、表情こそ厳しげなまま様子を見ながらも、内心ではなかなか酷く焦った。
あの呑気で能天気で何時も明るい子供に、こんな寂しげな顔をさせるのはさすがに良くなかったかもしれない、どうやら自分は何か言い過ぎてしまったらしい、後でロックマンから怒られても文句は言えないな、などと思って。
この日もおなじみのネットセイバー三人――熱斗、炎山、ライカは科学省に来ていたのだが、何故か今、この会議室にいるのは熱斗と緑のPET一つだけになっている。
どう言う訳か、炎山やライカといった他のネットセイバー、祐一朗や名人といった研究者、真辺といった警察官達は席を外している。
無論というべきかどうかは解らないが炎山のナビのブルースはいないし、どう言う訳か熱斗の持つ青いPETの中にロックマンはいない。
まるで何かの意思が介入してセッティングでもしたのではないだろうかと思いたくなるような妙な組み合わせが残った会議室の中には、沈黙だけが降りている。
だが、何処までも続きそうな沈黙は、部屋に残っている片方、光 熱斗によって破られた。
「なぁ、俺の事さ……“光”じゃなくて、“熱斗様”って呼んでくれよ。」
そう言って熱斗は目の前の机に置かれた緑色のPETへ視線を向ける。
外から見れば一見誰に話しかけているのか分からないその言葉は、どうやら緑のPETの中の住人に向けたものだったらしい。
しかし、当の住人はそれを必死に無視していた。
――自分ではない、自分に言われているのではない!――
普段は冷静な思考を多少乱されながら、現実と電脳を繋ぐ画面に背を向けて、苛立ちで肩が震えるのを抑えようと必死なその住人に、熱斗はどことなく呑気で、相手の不機嫌など知った事ではない声をかけ続ける。
「なぁ、何か言えよ、サーチマン。」
熱斗は机の上の緑のPETを手に取ると、それまで座っていたパイプ椅子を離れ、少し遠くにある応接セット――高そうな安そうな微妙な価値の感じられるソファーへと歩き出した。
それでもPETの中の住人――サーチマンはしばらくの間熱斗を無視していたが、熱斗がソファーにたどり着いて勢い良く座った時には一度だけ溜息を吐いてからゆっくりと振り返り、その苛立たしげな表情を熱斗へ見せた。
それに対する熱斗の、おお、こっちを向いてくれた、とでも言いたげで空気を読まない呑気な表情に更なる溜息をつきながら、酷く嫌々だと言いたげな態度で、サーチマンはようやく訊き返す。
「何故私がそんな事をしなければならないんだ。」
自分が様付けで呼ぶほど尊敬し、生涯を誓いあう様に傍にいると、忠義を誓うのはそもそものオペレーター、つまりはライカだけだという言葉を音の外に含ませたが、熱斗はそんな事には全然気付かないのか、それとも気付きつつ気にしていないのか、残念そうな顔も不満そうな顔も見せる事はなかった。
それどころか、熱斗はいとも簡単に、
「俺がして欲しいから。」
と返してきた。
全く、この子供は何を考えているのだろうか、こちらが明らかに嫌がっていて、コミュニケーションをとる気が無い事が解らないのだろうか? と、思ったサーチマンは明らかに不満げに本日三度目の溜息を吐きつつ、
「悪いが……いや、全然悪いと思わないが、私はしたくない。」
と、答えてから、ツンとそっぽを向いて見せた。
此処まで強く突き放されればさすがに諦めるだろうとサーチマンは思ったが、そう思ったのもつかの間、すぐに熱斗の諦めの悪さを知ることとなる。
サーチマンに突き放すように言い切られた熱斗は、直後こそ少しつまらなそうな顔を見せたものの、すぐに“つまらないからもう少し強請ってやる”という強気な表情になっていたのだ。
そして一呼吸だけ時間を置いてから、サーチマンとの会話を続けようと試みる。
どうやらこの会話は、お互いの意地のぶつかり合いになりそうだ。
「いいじゃんかよー、それぐらいさぁー。」
サーチマンが言葉の外に潜ませた思いの重要性にも、そもそもその思いにも気付いていないかもしれない、駄々っ子じみた熱斗の声。
それにサーチマンは更なる苛立ちを募らせながら反論した。
熱斗にとっては“それぐらい”の出来事かもしれないが、サーチマンにとっては“それぐらいではない”という反論を。
ただ、実を言ってしまえば、こうして苛立つサーチマンも、熱斗がそれをそれぐらいと言った、その“本当の意味”を知りはしないのだけれど。
「それぐらいではない。私はライカ様にナビとしての忠誠を誓っている。だから私はその忠誠と敬意を込めてライカ様と呼んでいるんだ。」
サーチマンは苛立ちと拒否を含ませた低く鋭い声でそう言ってのけ、熱斗の提案への拒絶を表明した。
その時、熱斗の表情がどこか少しだけ寂しさを帯びた事に、そっぽを向いたままのサーチマンは気付かなかった。
いや、例えそっぽを向いていなかったとしても、気付く事は難しかったかもしれない。
何故なら、熱斗が寂しそうな表情を見せたのはほんの一瞬、一秒にも満ちないかもしれない程短い時間で、次の瞬間にはすぐ駄々っ子の表情に戻っていたのだから。
駄々っ子に戻った熱斗は、これまたサーチマンの緊張感に満ちた声とは真逆で、やはり呑気で子供らしいのんびりとした声で答える。
「じゃあ、俺にも誓ってよ。」
その言葉にカッとなって、サーチマンはほぼ反射的に叫んでいた。
「馬鹿かお前は!!」
忠誠や敬意はそんなに軽いものではない、お前はこちらの話を聞いていなかったのか! という怒りを反射的に表した結果だったそれに、サーチマンは、ようやく言いたい事が言えた、と一瞬だけ自己満足をしていた。
しかし、その直後に熱斗の表情を窺ってハッとなる。
すこし冷静に戻って熱斗の顔をよく見ると、熱斗はとてもつまらなそうな顔をしていたが、それは駄々っ子のするそれではなく、何か大切にしているものに拒絶された悲しみ故のそれに見えて、自分は何か少し言い過ぎてしまったのだろうかと思ったサーチマンは、表情こそ厳しげなまま様子を見ながらも、内心ではなかなか酷く焦った。
あの呑気で能天気で何時も明るい子供に、こんな寂しげな顔をさせるのはさすがに良くなかったかもしれない、どうやら自分は何か言い過ぎてしまったらしい、後でロックマンから怒られても文句は言えないな、などと思って。
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