僕等の答え

悲しみに泣き濡れるメイルを抱き締めたまま、熱斗は急に声音を柔らかく変え、穏やかに問いかけた。

「なぁ、これからどうしようか? まずはカーテンの種類でも変えようか? 俺ね、ああいう外から影が見えそうなカーテンじゃなくて、遮光カーテンっていうもっとしっかりしたカーテンの方がいいんだ。」

メイルは何も答えず、ただその両腕の動かせる部分を動かし、熱斗の背中へ触れた。
この時、メイルもまた、熱斗が壊れてしまったように、また少し違う形で崩壊を始めていたのだ。
メイルは、熱斗がこんな行動に出る程に大きな不安と愛情への渇望を抱えていた事に気付けなかった自分を責めている。
そして、メイルが熱斗の背に回した両手には、もっと早くに気付けなくてごめんなさい、という意味が込められていた。

それは、どういう心境の変化なのだろうと、そもそも壊れてしまっている熱斗はメイルの行動を不思議に思ったが、すぐに、メイルが自分を受け入れてくれるということならばそれで良いという気持ちが勝り、その疑問は喜びに変わっていった。
抱きしめる腕の中だけではない、同じように抱きしめようとしてくるその手の重みがとても心地よくて、一度は荒れた心が穏やかになっていく。
例えそれが、綺麗だと言えるものではないとしても。

「あのね、俺、今日よりもしばらく前に、そういうのを見つけて買っておいたんだ。ほら、今日は普段より大きなかばんを持って遊びに来てただろ? その中に入れてあるから、後は取り付けるだけなんだ。」

両腕の中と背中の両方に最愛の体温を感じながら、うっとりとするように淡い微笑を浮かべて、熱斗は問いかけ続けた。
メイルは何も言わずにそれを聞き、先ほど熱斗が自分にしてきたようにその背中をさする。
もう、涙は止まっていた。

「なぁ……どうして何も言ってくれないの?」

寂しげな声が、メイルの胸を刺す。
ビクリと反応して止まる手が、熱斗の鼓動を速める。
今ならきっと、ちゃんと言葉を返してくれる、そう確信した熱斗は、さっきも今もこれからも、ずっと自分の中心に存在するであろう想いをハッキリと口に出した。

「ねぇメイルちゃん、今なら、俺が一番言ってほしかった事、言ってくれる? なぁ、俺は俺の全部の気持ちでメイルちゃんだけを想っていくって誓うから、だから……メイルちゃんも、メイルちゃんの全部の気持ちで俺だけ、想ってくれる?」

既に密着させている身体を更にすりよせて、互いの心臓の音を聞きながら、甘えるように発した問いに、メイルはしばらくの間何も答えなかったが、熱斗が再び口を開こうとしたその瞬間、遂にメイルも口を開いて、

「えぇ……分かったわ……私も、私の全部で、貴方を……熱斗の事だけを、想っていくわ……。」

熱斗の言葉に同調するように、そう答えた。
熱斗は一度だけ驚きを感じたような表情を見せたが、それはすぐに心からの笑みに代わり、メイルを拘束するように抱きしめる腕の意味を怒りから喜びに変えた。
もっとずっとこのままでいたいけれど、今この瞬間はメイルと正面から見つめ合いたい。
その思いから熱斗は腕の力を弱め、その腕の中からメイルを解放した。
その一瞬、メイルがまた隙を突いて逃げようとこの場から走り去ってしまうのではないかという不安に駆られたが、その不安に反してメイルは走り去る事は勿論、歩いてその場を離れることも、そこから飛び退く事も無く、熱斗がメイルを見つめるのと同じように熱斗に向けて真っ直ぐ視線を向けてきた。
その涙の残る顔に浮かんだ表情は淡い微笑みで、熱斗は今度こそメイルは自分を受け入れてくれたのだと確信する。
もう、不安にならなくていい、他の存在など危惧しなくていい、その安心が、熱斗の表情も微笑みに染めた。
そして、メイルと向かい合った熱斗は穏やかに暗い声で囁く。

「メイルちゃん……ずっと、永遠に、愛してるよ。」

熱斗の重い囁きを受けて、メイルも淡い微笑を深め、

「えぇ、私も……熱斗の事、誰よりも、ずっと、愛しているわ……。」

そう言って、ニコリと微笑んで見せた。
それからメイルは自分の右手を熱斗の左腕に、熱斗は右手をメイルの左腕に置いて二人は近付き、もう一度、触れるだけの深い口付けを交わすのだった。
外の世界への別れと、二人だけの永遠の始まりが、今、この場所だけで、密かに告げられる。


そしてナビ達も、時を同じくして二人だけの永遠を誓おうとしていた。
ロックマンの腕の中に抱かれたまま、ロールは様々な事に思いを巡らせ、その様々な出来事が持つ意味を考えていた。
確かに、自分が他の異性と楽しげに話している時、ロックマンはどんな思いで自分とその相手を見つめていたのだろうか、とか、そんなに真っ直ぐに自分からの愛情を求められてしまっては、断る事ができる訳が無いではないか、とか、様々な想いがまるで走馬灯にも似た勢いで駆け抜けていく。
おかしなものだ、走馬灯とは本来死ぬ前に見るものだと聞いたのに、とロールは思う。
しかし、それが走馬灯だというのはあながち間違いではないのかもしれない。
少なくとも今日この瞬間を持って、昨日までのロックマンは既に死に絶え、そして今日からのロックマンに、昨日までのロールも今、殺されようとしている様なものなのだから。

ようやく訪れた静寂の中で、ロックマンが口を開く。

「ロールちゃん、僕は今とっても嬉しいよ……ロールちゃんが、僕の事を分かってくれて、僕と同じ答えを選んでくれたんだって……此処にロールちゃんがいてくれる事、凄く、伝わってくるんだ……。」

そう言って既に密着した体を摺り寄せて、オペレーターと同じように恋人――ロールに囁きかけるロックマンも、淡くほの暗い笑みをその顔に浮かべていた。
ふとその顔を見たロールはもう一粒だけ大粒の涙を流したが、それに気付いたロックマンが、それがロールの頬に達した辺りで右手を動かし、その人差し指ですくって見せた。
そして自分も僅かに悲しげな顔になって言う。

「お願い、できることなら、もう泣かないで……僕はね、君との永遠が欲しい、けれど、泣かせたい訳じゃないんだ……ごめんね、こんな方法でしか、想いを伝える術を持たない僕で……。」

ほの暗く淡い微笑が涙に染まりかけた時、ロールの胸もキュッと僅かに痛みを持った。
泣かせたくないのは私も同じよ、という代わりに、ロールはそっと腕を伸ばし、ロックマンの背中にまわしたと思うと、その唇に自ら口付けを落した。
その展開に少しだけ驚いてロックマンは軽く目を見張るが、すぐに訳を察したのか、ゆっくりと穏やかに瞼を下ろす。
ゆっくりと、浅く、しかし長い口付けが途切れた頃、二人の瞳は同じような空気を湛えるようになっていた。
同じような、どんよりとした濁りと、悲しげで、そして何より目の前の人物への愛しさに満ちた、瞳。

「ロールちゃん、誰よりも、愛してるよ……。」

ロックマンの言葉に、ロールは頷いて、

「私も、ロックマンを誰よりも愛しているわ……。」

二人はもう一度、永遠を誓う口付けを交わした。
その胸に、一筋の痛みを覚えながら。



永遠が、始まる。


End.
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