僕等の答え

そして、ネットナビ達の方でもロックマンがいよいよロールに今までの生活の終焉を告げようとしていた。
自分とロックマン以外のナビや人間との関係を全て切りたいと言われたロールは動揺を隠せず、パニック寸前の状態で一歩後ずさり、この異常な空気に飲み込まれないように必死になって口を開く。

「私と外の全てって、そんなの、私、ロックマンに押し付けてないじゃない! ロックマンは私が貴方には女の子としゃべる事を封じさせたのに、私は男の子としゃべってる事が嫌だったんでしょう!? だったら、精々ガッツマンやグライド、アイスマン達と話せない程度で、それこそメディみたいな女の子相手だったら話したっていいはずでしょう!?」

少しでも相手の発言の隙を突いてこの状況を打破しなければならない、その使命感に駆られたロールはそう反論した。
しかし、この状況に置いてそんな反論は無意味であるという事を、まだ、ロールは知らない。
確かに先ほどロックマンはロールに対してなるべく合理的に、辻褄の合う言い方をするように心がけた、が、それは今この場面において“必ず外せない要素ではない”ことを、ロールは知らず、ロックマンは知っている。
僅かな微笑みを消して、再びの灼熱の怒りと、更には鋭く氷結させるような視線すら両立するロックマンは、ロールの反論へ理不尽とも言える理論を投げつけ返す。

「そうだね、一番良い形はそういうものかも知れないね。でも、それじゃあ効率が悪いし、何より僕が居ない場所ではそれが本当に守られているかどうかが確認できないよね。それにね、もう正直にいってしまうけど、不平等が嫌っていうのは、九割方本当で、一割だけ、嘘。」

前半だけでも十分に理不尽だというのに、最後に放たれた“嘘”という一言に、ロールは衝撃を受け、何がどうなっているのかを理解する事が出来ず、ただ驚きに目を見開いて呆然と立ちつくした。
一体何が嘘だと言うのか、ロールには分からない。
呆然と立ち尽くし、ロックマンは何を言っているのだろうかとでも言いたげなロールへ、ロックマンは言葉を続けた。

「何がどう嘘なのか分からない、って顔だね……教えてあげるよ、僕のその嘘が何なのか。僕の嘘、それは、不平等を解消したいというだけではない、という事だよ。」

確かに、不平等を解消する事だけが目的だというのなら、ロールが言う通り男性との会話を禁じるだけで十分であり、外界との隔絶――監禁という要素は一切必要ない筈である。
ロックマン自身、異性――女性と話すことはロールの態度を気にして自粛していたが、同性――男性と話す事は一切自粛していない。
むしろ、ロックマンの周囲にはロール以外は男性ばかりという事を考えれば、例えロックマンが女性との接触を自粛したままだとしても、ロールに男性との会話を禁じる事はまた、今度は逆の不平等を生むと言っても過言ではないぐらいだ。
だがそれでも、ロックマンはロールを外の世界から隔絶するという意思を崩さない。
何故なら、

「さっきも言ったよね、僕は君との永遠を手にする、って……そう、それが僕の完全な本心、完全な、僕の答えなんだよ、ロールちゃん。」

不平等の解消など言ってしまえば建前にも近く、ロックマンは不平等の解消以上に、ロールとの永遠を強く望んでいるのだから。
そう、まるで、メイルとの永遠を望んだ熱斗と同じように。
とても冷静に、しかし鋭く言い終えると、ロールは更なる困惑にもはや軽いパニックを起こしたような表情でロックマンを見つめ返してきた。
ロールの表情は怒り、悲しみ、絶望が複雑に入り混じっていて、それらのどれを一番強く感じているのかは分からない。
そんなロールに、ロックマンは一切の容赦無く、冷静に言葉を続ける。

「できないと思う? 今更思わないよね、だって君は今外との通信手段を一切持たないんだからね? あぁでも安心して、君だけを外から隔絶するなんてこと、僕はしないよ。僕と、君と、熱斗くんと、メイルちゃん……僕等四人だけで、外なんて関係の無い、永遠を築くんだから。」

そう言いながら、ロックマンの表情は何かに酔い痴れるような淡い微笑へと変わっていく。
その瞬間、ロールの表情は完全な絶望と、それに伴う悲しみに染まった。
それでもロックマンはひるまずに言葉を続ける。
それも、ロールに抱きしめてあげるとでも言うかのように、両腕をやや広く広げながら。

「ねぇほら、僕は今君だけを、ロールちゃんだけを見ているんだ! ねぇお願い、どうか君も、僕だけを見て、僕だけを想って、僕だけを愛して! そうしたら僕も、君だけを見て、君だけを想って、君だけを最高に愛せる筈だから!!」

先ほど怒りにまかせて叫んだ熱斗とは逆に、ロックマンは此処しばらくで一番の本心からの笑顔を見せた。
だんだんと気持ちが昂って、冷静だった声に喜びの力が籠っていく。
そんなロックマンを見て、ロールは片目から一筋の涙を流したが、それでもゆっくりと両足を動かし、腕を広げて待つロックマンの元へと歩みを進めていく。
そして、ロールはロックマンの肩に両手を置き、どうぞ抱きしめてくださいとでも言うかのようにその身体に自分の身体を預けた。
散々抵抗していたのに、何故、と訊くのはもはや野暮だろう。
絶望と悲しみに疲弊したロールの心は、ロックマンの愛して欲しいという願いを聞き、それを受け入れる事を反射的に選んでしまったのだ。――それで自分も愛してもらえるなら、と考えて。

ロックマンの笑みが、一層深くなる。

「ロールちゃん……僕、今、とっても嬉しいよ……!」

ロールは自身の意思でこの自分――ロックマン.EXEとの永遠を選んでくれた、ロールの答えは自分の答えと同じになったのだという事実を噛みしめて、ロックマンは広げた腕をロールの背中へ回し、優しく、けれど強くロールを抱き締めた。
ほの暗い笑みを浮かべて喜ぶロックマンと、絶望と諦めに悲しげな笑みを浮かべるロールの、その抱擁は醜い美しさを湛えていた。
18/20ページ