僕等の答え

全くの予想外であったその展開に驚き、メイルは、何するの!? と叫ぼうとしたが、熱斗の表情を見た途端、その口はこわばり、声を出すことを忘れてしまった。
ロックマンと同じ、とまではいかないが、熱斗の表情は最初とはまた違う、もっと衝動的なものを帯びた、悲しみの中に怒りと悔しさを混ぜたようなものになっていて、それを見てしまったメイルはどうして熱斗がそんな表情をするのか分からず、ただ、目の前の出来事がもしも夢なら早く醒めてくれと願うかのように、瞼を閉じては開き、開いては閉じてまた開くことを繰り返す事しかできなくなってしまう。
そして熱斗は、メイルの左肩から右手を離さぬまま左手でメイルの右腕をつかみ、その右腕と左肩を強く、鷲づかみとも言える強さでつかんだ。
メイルが僅かに、痛ッという声を漏らしたが、熱斗はそれには反応せず、吐き捨てるように叫ぶ。

「だったら……だったら! 今のこの俺の事も受け入れて見せろよ!! 俺だけ見て、俺だけを愛してるって、証明して見せろよ!!」

熱斗はもはや、その不安を今解かれたとしてもそれは所詮一時的な物で、しばらく普段通りに暮らしていけばまた元の木阿弥になる事を知っていた。
だから熱斗の願いは、今だけの言葉で一時的に諭されるよりも、すぐには解けなくてもいいから、今このまま、不安と恐怖を抱えて苦しみ喘ぐ無様な自分ごとメイルに愛して、抱きしめてもらう事だったのだ。
余りの剣幕とその内容に、メイルは改めてゾッとするような恐怖を感じ、その表情を強張らせた。
掴まれた両腕が痛く、今すぐにでもその手を振り払いたいのに、どうあがいても振り払えなくて、それが今の熱斗の激し過ぎる想いを表しているようで、メイルはまた恐怖に涙したが、熱斗はもはやそれには構わずに自分の不安と、身勝手かもしれない願いを叫び続ける。

「どんな俺だって好きだって言うなら、こんな、不安に塗れた俺の事だって、愛してるって言って見せてくれよ!! 卑屈になってたって、俺は俺だろ!? なぁ!? どうして黙るんだよ!? どうして!? なぁ!? ど、う、し、てぇ!?」

どんな凶悪犯と対峙した時よりも強い恐怖が、メイルの全身を圧迫して、その息を詰まらせる。
怒りと悔しさに見開いた熱斗の目は、今度は冷たさではなく異常な熱さを湛えていて、その衝動にメイルは明らかな拒絶という恐怖の色を表情に浮かべた。
それを見る熱斗は更にどうしようもない衝動に突き動かされ、もはや引っ込みがつかなくなって、余計に興奮状態へ陥っていくという悪循環が始まる。
どうして分かってくれないのだろうか、どうして受け入れてくれないのだろうか、言っている事とやっている事が違うではないか、嗚呼そんなに拒絶する様な目で見ないでくれ、どうかその腕で抱きしめて、それでも愛していると囁いてほしい、それだけだというのに、何故。
そんな無茶苦茶な想いが熱斗の中で渦巻き、それは止まることを知らず、熱斗はついに、強く掴んだままの両腕を引いてメイルを引き寄せ、有無を言わせぬままその唇に強く口付けた。
それはほんの数秒で離れるような触れるだけのもので、けれども深く強い何かを感じさせる口付けで、メイルは喜びなど感じるどころか、ただただ恐怖と、そして悲しみを感じるのだった。
唇を離し、ほんの少しだけ何かを整理したらしい熱斗が口を開く。

「……分かってくれないなら、分かる事ができないなら、もうそれでもいい……でも、俺はもう、戻る気はないんだ、だから……」
「嫌、お願い、その先は言わないで!」

先ほどの絶叫にも似た言葉よりは少し落ち着いた声であったものの、何か、メイルや普通の人間から見たならば決して良いとは言えないであろう決意を抱えたようなその声に、メイルは反射的に拒絶を表した。
大多数の人間の中で自分だけを一番に見てほしい、そしてこんな自分でも愛して欲しいという願いを聞いた今、今までは何も予想もや想定の出来なかったメイルといえど、今度だけはその先の言葉にある程度予想がついたのだ。
そしてそれはきっと、今までの生活、今までの世界の終焉を示しているのだろうという気がして、言わせてはならないものだという確信を持って、メイルは必死に熱斗の言葉を遮ろうとする。

「まだ、まだ戻れるのよ! だからお願い、これ以上はもう!」

だが熱斗は、メイルの言葉を跳ね退けて、自分の言葉を続けた。

「煩い! 俺はもう戻ろうなんて思わないんだよ! だから、だから、俺は、この場所で、他の全てを切り捨ててでも、二人だけの世界を手にする! もう此処から出たりなんかしない! それが、俺の答えなんだ!!」

メイルの願いも虚しく、熱斗は遂に最後の一言を言ってのけ、他の全てとの隔絶を望むその意思が強固なものである事を表明し、メイルの両腕を掴んでいた両手を素早くその背中に回してメイルを強く抱きしめた。
熱斗の腕の中でメイルは、熱斗が今まで寄りそってきた世界と今まで信じてきた自分自身に別れを告げてしまった事を悲しみ、泣き濡れる。
その様子には熱斗も少し胸を痛めたが、それでもこれからは二人だけで、お互いだけを見つめて過ごせるのだと思うと、メイルのその泣き顔を見ることですら喜びを感じてしまい、僅かに薄気味悪い頬笑みが浮かんで、胸の痛みがぼやけてしまうのだ。
自分で泣かせておきながら、泣きじゃくるメイルのその背中を撫でる熱斗は、もし第三者が見ればその目にどんな風に映る事だろうか。
それを知るチャンスは、もしかしたら、もう、永遠に来ないのかもしれない。
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