僕等の答え

ロールがロックマンの言葉に全身を焼かれていた頃、メイルもまた熱斗の異常な行動によりその身を手足の指先まで冷たい恐怖で染め上げていた。
抵抗しようと暴れる腕ごと抱いて身体に絡みつく両腕はまるで鎖のようで、服越しに感じる体温と重さはいつか歴史の教科書でチラリと見た物――キリストを張り付けた十字架のようで、メイルの心はその重みに耐えられず、悲しみさえも流せないままただただ恐怖を溢れさせていく。
遂には涙まで流れてきて、泣き声に乱れてしゃくりあげるような声になりながら、メイルは熱斗に問いかける。

「このっ、ドアはっ……熱斗、が……やった、の……?」

最愛の人物が涙に暮れる姿を見ても、熱斗はその腕の力を弱めないままで淡々と答える。

「うん、そうだよ……俺とロックマンでやったんだ。」

あまりにも躊躇の無い返答に、今の熱斗にはそれに対する罪悪感など無いのだと悟ったメイルの目から更なる涙がこぼれた。
メイルもロール同様、今自分を強く強く抱きしめている熱斗は昨日までの熱斗ではなく、そしてもう自分達は昨日までのような関係には戻れないのだと知ったのだ。
恐怖が徐々に悲しみに変わり、しゃくりあげる声がハッキリとしてくる。
それを聞いて熱斗は少しだけ、そんなに泣かせたい訳ではないのに、自分はただメイルの事を酷い程に深く愛しく想っている事を伝えたいだけなのに、と、こんな方法しか取れない自分に僅かな悔しさを感じたが、此処でそんな弱みを見せては、メイルとロールに大きな恐怖を与えてまでこうしている意味が無くなってしまうからと、その悔しさを抑え込んで平常を保った。
そんな熱斗に抱きしめられたまま、もはや抵抗を忘れたメイルは問いかけを続ける。

「どうしてっ、こん、な、事をっ、っう……。」
「それは……不安……だった、から……。」
「不、安……っ?」

一番聞きたかった、この異常な行動の理由を訊くと、熱斗は意外にもありふれた一言を返してきた。
もっと明らかにおかしな答えが返ってくるのではないかと思っていたメイルは、案外普通とも言えるかもしれない答えを不思議に思い、繰り返すようにして聞き返した。
メイルを抱き締めたまま、熱斗は小さく頷く。
そして、ロックマンがロールへ行ったように、しかしそれよりはずっと静かに、メイルへ語りかけ始めた。

「俺はね、ずっと不安で、ずっと寂しかったんだ……勿論、メイルちゃんが傍にいてくれる事は嬉しいっていう、それに嘘はないけど……だからこそ、不安で、寂しくて……」

何時も明るく元気にふるまっていた熱斗の、それらしくない弱い声と暗い空気、寂しげな雰囲気に、メイルは怯えながらも、何か怯えとは別に心が痛む物を感じ始めていた。
自分の知らない所で、熱斗はそんな重い悩みを抱えていたのかと、そして自分はそれに気付けなかったのかという思いがメイルの胸を僅かに刺す。
いつの間にか、身体が僅かに震えているのはメイルではなく熱斗になっていた。
まだ整理のつかない心の中を、訥々と、どこか拙い言葉を並べて、それでも必死に語る熱斗のその言葉に、メイルは耳を傾ける。

「なぁ、傍にいる事を実感するって事は、離れた時の寂しさを実感するって事でもあるんだな……それに、こんな事思うのはよくないって思ったけど、でも、メイルちゃんが俺以外の誰かと俺が相手の時より楽しそうに話してるのを見たりすると、凄く悔しくて、でも割って入る勇気もなくて、そんな事を想ってる自分に呆れて、それで……! ……こんな自分じゃ、メイルちゃんにもいつか呆れられて捨てられるんじゃないかって、俺より良い人を見つけちゃうんじゃないかって、そんな、気が……そんな自分も大嫌いで……!」

絡みつくように抱きしめてくる腕が、縋りつくように抱きついてくる腕に変わった時、メイルは熱斗の言っている事がやはり簡単には理解しきれない事である事を悟った。
何故熱斗はこんなにも不安を抱えているのだろう、何故そんなにも悔しがる必要があるのだろう、何故そんな妙な心配をする必要があるのだろう、それら全てがメイルには理解できない。
ただの幼馴染から恋人になって、確かに距離は少し縮んだかもしれないが、それで、今この段階で、何かが大きく変わったなどと、さすがのメイルも思った事はないのだ。
それでもメイルは、自分が熱斗の不安に気付けなかった事は申し訳ない、だから熱斗が抱えている不安を解き解すのは自分でなければならないという使命感だけは強く感じ、

「そんなの……どうしてそんな不安に……私は熱斗の事が大好きで、だから不安になんて……それに、だからって、私が熱斗を捨てる事なんて無いわ! どんな熱斗でも私は大好きだもの! だから、そんな卑屈にならないでちょうだい!」

真っ直ぐ、正面から、熱斗が落ち着いてくれるように語り返した。
……というつもりでいたが、その語りこそが皮肉にも熱斗に最後の一線を越えさせる一声となってしまった。
メイルの言葉を聞いた熱斗はふと腕の力を緩める。
そのタイミングから、熱斗は自分の語りによって考えを改め、思い留まってくれたのだと勘違いしたメイルは熱斗の腕から抜け出して、振り向きながら言葉を続けようとした、が、

「だからこん、きゃっ!?」

メイルは自分で振り向く前に、その左肩を熱斗の右手に後ろからつかまれて強引に引っ張られ、無理矢理正面を向かされた。
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