僕等の答え

「だから僕は決めたんだ、もう我慢しない、今までの分全てを今この時にロールちゃんへ返す。そして、僕は君との永遠を手にする! ……丁度、熱斗くんもメイルちゃんとの永遠が欲しかったみたいだし、ね。」

熱斗くんも、という言葉にロールはハッとして、外――現実世界の音に耳を澄ませた。
この時現実世界ではちょうど、家の外に逃げようと必死になるメイルの背後に熱斗が追いつき、その両腕をメイルの身体に絡ませていた時で、ロールと同じように状況を理解できずに焦り、困惑し、恐怖するメイルの声が聞こえる。
その声で、今日の熱斗とロックマンは最初からこの状況を作るつもりでにこちらを訪問してきていたという事実に気付いた時、ロールの背筋には今まで感じた事がない鋭い悪寒が駆け抜けた。
現実世界の音から意識を逸らし、改めてロックマンと視線を合わす。

「言っておくけど、君も逃げられはしないよ。」

そう言ってロックマンは再びPETの電脳世界の中の壁の一部を目指して跳躍する。
その先に逢った物はメールシステムとインターネット通信のシステムで、ロックマンはそれを先ほどまでの時計、通信機能と同じようにバラバラに斬り刻んだ。
緑色で半透明の画面が砕け散りながらロールの目下、その床に降り注ぐ。
熱斗もロックマンも本気だ、本気で自分たちの自由を奪おうとしているのだと気付いたロールは、僅かな怒りを覚えながらも恐怖がそれに勝ってしまい、足の震えを止めるだけで精一杯という、何とも情けない状況になってしまった。
それに、口には出さなかったが、ロールはさっき――青い火花を目の前で散らされたあの時から、自分の体に悲惨にも思える異変が起きている事を知っている。
ついさっきまではまだインターネットとの通信自体は出来ていた、それなのに、それを伝ってPETの外へ、インターネットへ出る事ができないという、異変を。
現実世界から聞こえるドアを激しく揺らす音に、多分これは、電脳世界のそれなのだろうとロールは思う。

「現実世界のドアを僕の行動以外では開けられないようにしたのと同様、君にはインターネットや他の電脳空間へのプラグイン及びトランスミッション禁止のプログラムを埋め込ませてもらった。そしてPETに内蔵されていた外とつながる機能は僕が壊す……どういうことか、分かるよね。」

外とつながるために必要なプログラムを切り刻み終えて床に着地したロックマンが言うそれが“監禁”の二文字に等しい事は、さすがのロールにもすぐ察することができた。
そして、そんな重大な事実を淡々と告げるロックマンに酷い恐怖を覚えた。
しかし、それでもロールはメイルに比べると元から強気な部分がある方で、まだこれでも唯で監禁される気など無く、その頭の隅では先ほどのロックマンの主張に対する反論を少しずつといえども組み立てている。
ロックマンは先ほど自分が他の男性と話すのは不公平だと言った、しかし自分は同じ思いをロックマンへ言葉や態度で伝えたのに対し、ロックマンはそれを自分へそれらで伝えてくる事はなかったではないか!
この反論は行ける、そう考えたロールが口を開こうとした、まさにその時、

「あぁそうだ、僕が口に出してないから気付けないのは当たり前……っていう反論は無しだよ。だって、ロールちゃんだって、確かに態度では表してたけど、それでも僕に、態度で出されなくても口で言われなくても気付いてよ、って姿勢を取っていたんだから……ね。」

ロールの身体の奥の奥まで、その思考の全てを覗き見るような視線と共に、ロックマンはロールの反論を聞く前に潰してしまった。
考えていた事を見事に見透かされたロールはそれに驚き、身を強張らせる。
それを見て、そうかやはり図星だったかと確信したロックマンは、一度だけ悲しげに目を伏せて溜息を吐き、しかしすぐに先ほどと同じ怒りを湛えた視線をロールへ向け直して、言った。

「ねぇロールちゃん、今だから、今こそ君へ全てを返すよ。どうして、僕のこの気持ちに、気付いてくれなかったの? 今日だって、どうしてグライドと楽しそうに話した事を悪びれもせずに僕に……ロールちゃんはやましいことがないからっていう誠意のつもりだったのかもしれないけど、僕には、僕には……ねぇロールちゃん、僕、今とっても悔しいんだよ? 誠意は嬉しいけど、でも、本当に誠意があるのなら――」

今まで少しも表に出さないようにしていた分、一度抑えつけるものが外れてしまうともはや収拾のつかない激しい想いが全て溢れだす。
もはやロールに反論の時間など与えないという様子でたたみかけるロックマンは、そこまでいうと一息だけ呼吸を整えてから、更に続けた。

「僕がロールちゃんに求められた事と同じ事、僕が他の女の子達と話さなくなったように、ロールちゃんももう他の、僕以外の男の子達と話なんてしないでよ。しかも、よりによってグライドやガッツマンなんて、絶対に許せる訳が無いじゃないか。ロールちゃんにとってのガッツマンは、僕にとってのメディと同じでしょ?」

もはやロールは反論を考える事ができなくなっていた。
ロールの中にあるのは反論ではなく、ロックマンは今までこう思って来て、それが今この瞬間の行動につながっているというなら、結局ロックマンはそのロングソードという刃物でこの自分――ロール.EXEさえも切り刻むのではないかという不安と恐怖だ。
ロールにロックマンの言葉全てを理解する事は到底できる事ではなかったが、それでもロールはロックマンが自分以上の深い嫉妬にその身を焼き焦がしてきて、なおかつそれを表に出さないよう綺麗な面だけ見せていた事は察することができた。
それならば、今ロックマンが怒りを向ける対象はグライドやガッツマンといったロールの周囲ではなく、ロール本人そのものなのだと、ロールはようやく気がついたのだ。

嗚呼この先自分は、メイルは、どうなってしまうのだろう? という不安が脳裏をよぎり始めた頃、ロックマンの話が今までの出来事から今現在の出来事の話へと転換し始めた。

「だからね、ロールちゃん……君は僕がこの右腕で何を斬るのか、君さえも斬るんじゃないかと心配しているみたいだけど、僕は君自身を斬ったりなんてしないよ。だって君は僕の最愛の存在だもの。」

君自身、つまりロール自身は斬らないと言って、ロックマンはようやく少しだけロールへ向けて微笑んで見せた。
それを見てロールもほんの少しだけ安心する、が、それでも既に時計、通話、メール、インターネットなどの外とつながる機能、ツールが壊された事実は変わらない事にも気付く。
では、ロックマンは一体何を斬るつもりなのか、ロールの中に残る疑問に、またそれを声に出されるよりも早く、ロックマンが答えた。

「僕が斬りたいのは、君と僕以外、君と部外者との関係……君と、外の全てとの関係だよ。」
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