僕等の答え

「ワガ、ママ……? どういうこと……? 今ワガママな事をしてるのは私じゃないわ、ロックマン、あなたでしょう!?」

恐怖を振り払って、現在出せる最大限の声でロールは吐き捨てるように叫んだ。
確かに、今のロールがワガママにふるまっているかというと、十人に訊けば十人が違うと答える状況なのは確かだろう。
しかし、ロックマンがずっと心の中に溜めてきた不満、今ではなくある一定の過去のロールの行動に関してであれば、十人中二人ぐらいは、もしかしたらロックマンの味方をしてくれるかもしれない程度には、それらしい所があったのも事実である。
そしてロックマンは、静かさの中に怒りを潜ませた、地の底から這い上がるような重く圧迫感のある声でそれを語り始めた。

「あぁ、そうだね、今この瞬間の“これ”は僕のワガママだ……ロールちゃんの今までのワガママを清算するための、ね。」

ロックマンの脳裏に、恋人になってしばらくした頃から今この瞬間までの日常が一気に駆け抜ける。

「ねぇ、ロールちゃんはさ、僕がメディとみたいな他の女の子と一緒にいると、しょっちゅうやきもちを妬いて大変だったよね。いきなり足の甲を踏まれた事もあったし、しばらく口を訊いてくれなかったりもしてさ、とにかく僕は女の子との会話を自粛するしかない状況だったよね。」

恋人になるよりも前から、ロールがやきもちを妬くのはいつもの事だった事をロックマンは思い出す。
確かに、自分が人より少し鈍感ということもあって、全部が全部ロールが悪いとは言えないし、恋人になる程度に自分がロールへの好意を自覚できていなかった頃は、それこそ自分の方が悪かった、もっと早く気付くべきだったと逆に謝りたいぐらいでもある。
それに、恋人になっている今でも、いや今だからこそ、ロールがやきもちを妬いたり不安になるような事があればそれは申し訳ないと思う、直したいと思う、だからロックマンは事務的な内容以外でのロール以外の女性との会話を極力避けるように心がけてきた。
それでロールが喜んでくれるのなら、不安にならずにいてくれるのならそれでいいと常に思って来て、それは今でも強く思っている。

しかし、そうしてロックマンが一人頑張るうちに、何時しかそこに“不平等”が生まれてきていた事を、ロールは知らない。

まだ、何を言われているのか理解しきれていないロールは、困惑を含んだ声で再び問いかける。

「そ、それは……じゃあ、ロックマンは、それが嫌だったの……?」
「ううん、別にそれはいいんだ。特に今は、僕はロールちゃんの恋人、彼氏だもんね。僕自身、今更他の女の子と親しくなりたいとは、全く思わないよ。」

ロックマンが割と平然とした声で言ったそれは紛れもない本心だった、本心だったが、この本心があるからこその歪(ヒズミ)が、ロックマンの中には芽生え始めていたのだ。
そして今度は、また、地の底を連想したくなるような重い声で、この本題の中心を告げる。

「でもね……だからこそ、僕は、ある“不平等”が絶対に許せないんだ。」
「不平、等……?」

恐怖も怒りも一時的に忘れ去って、ロックマンの話に聞き入るロールは、それでもまだその不平等が何か分からないらしい。
嗚呼、もしもロールがこの段階で何が不平等なのか気付けるような存在だったなら、自分はこんなにも嫉妬に狂い、怒りを燃え上がらせる事はなかったのかもしれないと、ロックマンは僅かな悲しみを心に垂らす。
だが、今はそんな事を言っている場合ではない、言わなければ気付いてもらえないのなら言うしかない。
そしてロックマンは、今までで一番熱い、燃えあがるような怒りを宿したその目でロールを睨むように見つめ、遂にその“不平等”が何なのかを明かすのだ。

「僕が女の子と近付き話せば君は怒って、僕に当たり散らした。だから僕は君が無駄に怒らなくて済むように、女の子と話すことを避け続けるようになった。でも、君が男の子と話しても僕が君に当たり散らすことは出来なくて、そして君は当然のように男の子たちと話し続けて、近付き続けて……こんな不平等、他に無いよね? ねぇロールちゃん。やきもちを妬くのは、嫉妬をするのは、恋人が他の異性と近付いて不安になるのは……自分だけだと思ってたの?」

明らかにロールを責め立てているその声と内容に、ロールはまた恐怖を感じ、全身を強張らせた。
未だロックマンの右腕に装備されたままのロングソードは殺意に見えて、やはりロックマンは最後には自分をも切り刻んで来る気なのではないかと恐れ、震えが再開する。
例えそうでなかったとしても、今目の前にいるロックマンは、昨日までの優しく頼りになるロックマンではないという実感は、もう消すことができないだろう。
ロールの中にそのような感情が芽生える危険を冒してまで、ロックマンはその不平等を伝えたかったというのか。

もはや、ロックマンと熱斗の精神状態は常人から大きく外れてしまっているのだろう。

完璧に視線を合わせたなら、燃え上がる炎の中に突き落とされてしまうような気がして怖いのに、ロールはその視線をロックマンの目から外すことができない。
そんな訳のわからない感覚といえども、それでも今自分に視線を合わせてくれるロールを見つめ、ロックマンは想う。

――もっと早く、そうしてでもいいから、僕を見てほしかったよ……。――

怒りだろうと、苦しみだろうと、結局のところ、思う事は同じ。
ロックマンの願いも、根本的には熱斗の願いと変わらないもので、最愛の相手に自分を見てほしい、自分を認識してほしい、自分が相手を見ている事を知ってほしい、そしてこの不安を失くして欲しいという物なのだ。
そして、ロックマンが抱えた不安、それは――、

「ねぇ、どうして? そうして僕が女の子と話すのはダメで、君が男の子と話すのはいいの? なんで、わざわざ他の女の子と話すのを辞めて君だけを見る事を決めた僕を、見てくれないの? みんなで話すのが楽しい、なんて、僕と二人きりはたまにで良いなんて、ねぇ、どうして?」

今まで抑え込んできた不満と不安、嫉みと悔しさが一気に溢れだして止まらない。
まるで延々と続く嘔吐のようなそれを、ロックマンは躊躇することなく吐きだし続けた。
もはや此処まで来たら、ロールが怯えないようになどということは思う必要はない。
むしろ、これ以上ない程に怯えさせて、その心にこちらの怒り、悔しさ、嫉み、不安、それら全てを深く刻み込んでやればいい、そんな事さえ思い始めていた。
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