僕等の答え

一方、桃色のPETの中でも現実世界と同じ、しかし現実世界とは少し違う異変が続いていた。

「あぁあああぁ……!」

ロックマンの右手とロールのナビマークの間でバチバチと飛び散る青白い火花、それは最初こそ大きく雷を思わせる眩さであったものの、いつの間にかその大きさを失い始めていた。
ロールの悲鳴も、断末魔からは遠くなってきて、鈍い痛みに耐えるようなうめき声に近くなってきている。

「あ、ううあぁ……」

そして、青白い火花は完全に終息した。
ロックマンは右手をロールのナビマークから離し、左手からロールの両手首を解放し、まだ倒れたままのロールの前に立ち直す。
ロールはしばらく、はぁはぁと肩で息をしていたが、やがて息を整え、倒れたままだった上半身を起こし、両手を床につきながら少し頼りなく立ちあがり、ロックマンに視線を向けた。
その視線はロックマンに向き切るまでは、理不尽な痛みへの怒りを湛えていたが、ロックマンの瞳から伸びる視線とぶつかったその瞬間、まるでメイルがその目に浮かべていたのと同じような恐怖の色に染まっていった。

何故なら、ロックマンのその瞳は、全てを焼き尽くすような灼熱の憎悪、怒りに満ちていたのだから。

熱斗は冷たく虚ろといえどもメイルに笑いかけていた、しかしロックマンは冷たくなければ虚ろでもないその代わりに、その目に、その表情に、明らかな怒りのエネルギーを湛えているのだ。
戦闘中ですら滅多に見る事の無い、いや、滅多にも何も絶対に見る事が無く、あのデューオ事件の時のダークロックマンでさえ見せる事の無かった程の怒りを湛えたその目に睨まれて、ロールは声を出すことすら忘れてしまった。
人間はよく、本当に怖い場面に遭遇すると声など出せはしない、というが、それはネットナビにも応用できるのか。

「あ……あ、どう、して……。」

やっとの思いで絞り出した声はとても頼りなく、ロックマンの怒りに対抗するにはどう考えても力不足な物であった。
理不尽な展開の数々と痛み、そして何より今こうしてロールを睨みつける自分に怯えて恐怖に見開いたロールの目が、そこから感じられる自分への拒絶が、ロックマンの心を刺激する。
全ては今この時の為、今こそ、自分が言えなかったものを、今まで感じていた苦痛を、全てロールに返して、そして、全てを止まらせる時なのだと、ロックマンは決意を新たにした。
そして、先ほどの掃除中にあらかじめスロットインだけはしておいてもらったバトルチップの力を今ようやく解放し、その右腕をロングソードに変える。

「ひっ……!? な、なに、す、る気……!?」

ロールは自分がそのロングソードで切り刻まれるとでも思ったのか、両腕を頭を護るように前へ掲げる。
ロックマンはそれに口で何かを答える事は無く、ただ黙ったままでその場からロールの方向へと跳躍した。
いよいよ自分に斬りかかってくるのだと勘違いしたロールの口から悲鳴が漏れる。

「いやあああああああああ!!」

そして、ロールの悲鳴に混じって聞こえた音は、ロングソードが空気を斬る音と、ナビではない何かを切り刻む音だった。
切り刻まれた何かはロールの背後、少し上空でパキパキ、パキンッと音を立てて崩れ始め、一部が床に当たって砕ける。
その音と、自分に痛みが無い事で、自分が斬られた訳ではない事を確認したロールは恐る恐る腕を下ろし、音のする方向、背後へと振り向く。
振り向いた先には、最初より少し間を開けて、ロックマンが自分へ背を向けて立っていた。
そしてロックマンと自分の間には、なにやらPET内の電脳空間の壁と同じ色をしたデータの欠片が不揃いな形で落ちている。
細かい破片はもはや何が書いてあるのか見えないが、そこには比較的大きな破片もあり、ロールはその欠片が何のデータの欠片なのかを理解した。
そして、ロックマンの行動が自分には理解できないという事態を改めて理解した。

「どう……して……時計、を……。」

ロールとロックマンの間に落ち、今なお少しずつ崩壊を奨めているのは、PET内部の時計機能だった。
未だ怯えが隠せず、更には動揺や混乱も隠せていないロールに、ロックマンは振り返って答える。

「もう、時間を分かる必要はないからだよ。」
「何、言ってるの……時間を分かる必要が無い、って……どういうことなの!?」

時間を分かる必要が無いなど、現代社会では到底あり得ない話であり、ロールはロックマンの言葉の意味を全く理解できなかった。
そんなロールに視線を向けたまま、ロックマンは再びロングソードを何かを切るように構える。
まさか今度こそ? と思いつつも、もしかしたらまた違う何かを斬るのかもしれないと思ったロールは、今度は完全に目の前を腕で塞ごうとはせず、同じくネットバトルでもするかのようにその場で両腕に力を込めるにとどまった。
ロックマンはそれを冷たく一瞥して、今度はロールの右肩後方に飛んだ。
ロールがすぐに身体の向きを変えて右後方に振り返ると、ロックマンはまたPET内部の何かの機能を切り刻んで使い物にならないようにしている。
それはまるで淡々とした何かの作業のようで、ロールはいつもとは違うロックマンの雰囲気に緊張を隠せなかった。

ロックマンが地面に着地するのとほぼ同時に、ロールとロックマンの間にはまた何かの残骸が降り注ぐようになっていた。
一体ロックマンは何を斬ったのか、ロールが恐る恐る確認すると、それは電話(通信)用のプログラムであった。
此処に至って、ロールはようやくロックマンの目的を知る。

ロックマンは、私を世界から隔離するつもりなのだ、と。

全て、ではないとはいえ、その行動の理由の一部を知ったロールは尚更恐怖に目を見開き、肩を震わせ足を震わせ、まるで無力な赤子のような泣き顔まで見せ始めた。
そんなロールを見てロックマンは、本題はまだこれからだというのに、と少し呆れの混ざった溜息を吐く。
しかしその呆れの混ざった溜息が終わった途端、ロックマンの目には再び強い炎のような怒りと、闇よりも黒いかもしれない深い嫉妬の色が差すのであった。

恐怖と絶望の影に怯えてすっかり震えてしまった声で、ロールが問いかける。

「どうして、なんで……どうしてこんな事するの!? 私が、メイルちゃんが、何をしたって言うの!? どうして、どうして私を、」
「君が、ワガママだから。」

引き攣る呼吸をできる限り整えて、必死になって訊いたロールのその言葉をさえぎるように、ロックマンはまたロールには到底理解できない台詞を吐いた。
その台詞に、ロールは恐怖とは別の意味で表情を引き攣らせ、怒りを表に出す。
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