七夕の願い事

そしてメイルは最初の目的通りいくつかの小物を買い、熱斗はそれを隣に立って見ていた。
夕方、買い物を終えて帰ろうとした時、大きな笹が二人の視界に入った。
その根元にはテーブルが置いてあり、テーブルの上には短冊と思われる長方形の色画用紙、そしてサインペン。
熱斗に「折角だから、何か書いてく?」と訊かれ「じゃあ学校とは別のことを書こっかな」と言って手に取った色画用紙にサインペンで書いた事は

「……熱斗と、ずっと一緒にいられますように……。」

消え入りそうな声でようやく答えると、熱斗はやっと満足したらしく、フフ、と小さく幸せそうに笑った。
頬に触れる指も、なんとなく優しくなった気がするが、それでもメイルの気持ちは晴れはしない。

――けど、私は、こんな形で一緒にいたかったわけじゃないのに……。――

そんなメイルの想いを知ってか知らずか、熱斗はメイルの肩に寄り掛かりながら話を勝手に進める。

「俺もね、メイルちゃんと、ずーっと一緒に居られますようにって書いたんだ。メイルちゃんが一瞬だけ見せてくれた短冊に、俺とずっと一緒に居たいって書いてあったのが嬉しくてさ……」

しっかりと響くままの綺麗な音とは反対に、発音と雰囲気にはドロドロとして濁り、纏わり付くような生温かさを感じた。
一見、優しく頬を撫でる指も”自分以外は誰もメイルに触れさせない”という意思表示なのかも、いや、確実にそういう意思表示だと、頬を撫でられているメイルと、たまにこちらの様子を見に来るロックマンは感じていた。
もっとも、それをおかしいと思っているのはメイルだけで、ロックマンはロールに対して同じ事をしているのだが。

「お願い、叶ったよな。」

暗く、幸せそうに微笑む熱斗に、今更ながら背筋が凍った気がした。
以前の快活さはどこへ消えてしまったのだろう?
……それとも、自分が消してしまったのだろうか。
もしも後者なら、もはや拒否する資格など無い、そう考えて、メイルは徐々に一人で追い詰められていく。

「ねぇ、今年は何て書こうか? 俺はさ、”これからも”メイルちゃんと、ずーっと一緒にいられますように、って書くんだ。」

書きたいと思うではなくて、書くんだと断言した辺り、熱斗が求めている答えは一つしか無い。
そして、この状況でメイルに浮かぶ答えも一つしか無い。
メイルは僅かに微笑んで

「私も、”これからも”熱斗とずっと一緒にいられますようにって、書くわ……。」

そう言うと、熱斗は一層嬉しそうな笑顔になって、ソファーの背もたれから身体を離し、メイルに正面から抱きついた。
メイルの膝に跨るように座りなおし、体温を、存在を、確かめるように肩に顔をうずめながら、嬉しい、とか、大好き、とか、愛してる、とか、ずっと一緒だよ、とか、絶対離れない、とか、約束だからな、とか、そんなことばかりを繰り返す。
メイルはそれに、うん、私も、愛してる、勿論、離さないでね、約束するわ、などと返す。
これが間違った形だという認識はあっても、これを正そうという気力はとうの昔に消え失せていた。
そしてそれは、熱斗の歪んでしまった好意を更に助長させ、この部屋のように暗く、抜け出せない深みへ二人を堕としていく。

そっと、肩にうずめていた顔を上げて、熱斗がメイルの唇にゆっくりと優しく触れる口付けを落す。
少女マンガによくある荒々しいものではない、優しく触れるだけの、なのに濃厚で、どうしようもなく重く暗い――。

「今年のお願いも、叶えような。」
「えぇ……そうね……。」

いつの間にか、カーテンの隙間から差し込む光は随分弱くなっていた。
きっと、夜が近づいているのだろう。
今度はどのくらいの間、今日が何月何日なのか覚えていられるのかとメイルは考えたが、熱斗は”そんなこと”はどうでもいいらしい。
何故なら――

「来年の今日、また、ロックマンに教えてもらわないとな。」

以前より陰りのある熱斗の笑みに、メイルも弱々しく微笑してみせた。


End.
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