僕等の答え

それから数時間、熱斗とメイルは昼食を摂ってからゲームやボードゲームといった遊びに興じながら楽しく話し込み、ロックマンとロールはさしあたりの無い会話を続け、気が付けば時刻は午後六時を過ぎていた。
ふと時計に目をやったメイルがそれに気付き、それまで続けていた会話を中断して熱斗に問いかける。

「あ、もうこんな時間……熱斗、そろそろ帰る?」

それは本当に何気ない質問で、いつも通りの質問だっただろう。
しかし、今日ばかりはこの質問は熱斗とロックマンにとって大きな意味を持っており、熱斗はついにその時が来たのだと悟った。
メイルのPETの中でロックマンもその気配を察し、急にロールとの会話を止める。

「……ロックマン?」

不審に思ったロールがロックマンを呼んだ時、現実世界から、メイルとロールにとって衝撃となる一言が聞こえた。

「帰らないよ、ずっと。」

淡々と放たれたその異常な台詞に、メイルとロールは、えっ? と間抜けなひらがな一文字しか返す事が出来なかった。
熱斗は会話中まで保っていた朗らかな笑みを消し、光家の子供として、もしくは小学生として、はたまたネットセイバーとしてよりも真面目な表情を作り、ただ真っ直ぐにメイルの目を見つめた。
その目は既に朗らかなどという温かさを失っており、凍りつくとまではいかないものの、今にも凍りそうな水の中に押し込められるような寒さをメイルに感じさせる。

「え、と……それ、って……?」

身体の芯から冷やされるような冷たい瞳と、前半だけならまだ理解ができるのに後半まで合わせてしまうと理解のできない台詞、その二つがメイルを混乱へと突き落とそうとしていた。
一体、熱斗は何を言っているのだろう、何を思ってそんな、ずっと帰らないだなどと言っているのだろう? メイルにはそれが全く理解できず、ただ驚いた顔で硬直しながらそう訊き返すのがやっとであった。
すると熱斗は瞳の冷たさは保ったまま口の端だけを僅かに吊りあげて、興奮状態には程遠い、まるで平常と変わらないような、むしろ平常よりも落ち着いたような声で言う。

「そのままの意味だよ。」

確かに、熱斗にとってその言葉はこれから行う事そのままの意味であったが、それでもまだ熱斗が何をしようとしているのか分からない、そしてもはや分かりたくもないメイルはただただ困惑し、でも、だって、どうして、そんな、え? などと繰り返す他何もできなくなっていく。
そんなメイルの様子をしっかりと視界に収めたまま、熱斗はPETには視線を向けず、しかし確かな意思だけは向けて、ロックマンへ告げる。

「ロックマン、やっていいぞ。」
「わかったよ、熱斗くん。」

熱斗が告げると、ロックマンはまるで戦闘中のような素早い動きでロールに跳びかかり、その両手首を左手だけで握って床に押し付け、その衝撃でロールを床に押し倒した。
跳びかかられた驚きと押し倒された痛みで、ロールが短い悲鳴を上げる。
しかしロックマンはその悲鳴には少しも構わずに、空いている右手をロールの胸のナビマークに押しつけた。
すると、突如そこに青白い火花が飛び散り、

「ああぁぁあああああぁぁああぁぁぁぁああああああああっ!!」

メイルと熱斗の耳に届いたのは、ロールの長く激しい悲鳴だった。
それは驚いた時に出る悲鳴ではなく、何か強烈な痛みに耐える悲鳴であり、断末魔の悲鳴にも近い気がした。
驚いたメイルは近くに置いていた桃色のPETを即座に手につかみ、画面を確認して、その異常な状況に目を見張り、そのままゆっくりと顔をあげ、自分の正面に座ったままの熱斗に視線を向け直した。
熱斗は、今度は目を少し細めて全体的に微笑して見せたが、その微笑はやはり何処か冷たく歪で、生命の危機にも似ている緊迫した雰囲気と危険を感じたメイルは、ロックマンとロールが共にいる桃色のPETを取り落した後に、一目散に玄関に駆けだした。
おそらく、外に出て誰かに助けを頼もうとしたのだろう。
しかし、もはや言うまでもなく、玄関のドアは開かない。

「嘘ッ!? なんで、どうしてっ!? どうして開かないの!?」

ドアノブや扉を必死になってガチャガチャと激しく揺らすメイルに、後方でいつの間にか立ちあがっていた熱斗がゆっくりと歩み寄る。
その足音にメイルは恐怖を感じ、ひっ、と息を飲んだ。
玄関のドアが開かないという事はもはや逃げ場が無いという事である事も、このまま前を向いていてもいつか追いつかれる事も、もうさすがに分かっていた、けれど、それでも、あの冷たい瞳で笑う熱斗が怖くて後ろが向けない。
もしも、後ろにいるのがよくある怪談話にに出てくるような幽霊だったなら、このまま後ろを向かなければなんてことなく消えてくれるかもしれないのに、今自分の背後にゆっくりと忍び寄る恐怖は生きた人間で、それも最愛の人物で。
トン、トン、という足音が自分に近付いて大きくなる度に、ドアを壊しかねない力で必死になってドアを揺らすメイルの背後に、遂に熱斗が追いついた。

「メイルちゃん……」

ドアを揺らし続ける煩い音に混ざって、静かな熱斗の声が聞こえた。
もう、すぐ背後に熱斗が立っていて、このドアはおそらく開く事はない、それでもドアを揺らし続けるメイルに、熱斗は背後から両腕を伸ばし、絡みつかせる。
メイルは怯え、必死に抵抗したが、熱斗はそれすらも抑え込んで、まるで蔦がくい込むように深くメイルを抱き締め、耳元で静かに、囁くように語る。

「ごめんね、メイルちゃん……でもね、俺ね……こうでもしないと、壊れそうで、苦しくて、死んじゃうんじゃないかってぐらい……だから……」

朝にも少しだけ感じた感覚、服越しの体温が愛しくて、歪ながらも幸福が胸の奥で広がっていく、その感覚に熱斗は酔い痴れていた。
もはやその脳裏には躊躇も罪悪感も自己嫌悪もなく、ただ、今この一瞬に祝福を、歓喜を感じている、それだけだ。
恐怖に震える身体から伝わる振動さえ、メイルの意識の範疇に自分がいる証となって、それすら嬉しく、愛おしくてたまらない。

「嘘、お願い、どうして、やめて……!」

拒絶にも似たメイルのか細く泣きだすような反発に、熱斗は口で“嫌だ”と言う代わりに腕の力を強めた。
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