僕等の答え

「本当? うれしいなぁ、僕もロールちゃんに逢いたくて逢いたくてしかたがなかったんだ。」

その割にはどこか落ち着いた口調が喜びの裏側をチラリと覗かせている気がしたが、やはりロールがそれに気付く事はない。
そもそも、ロールがそんな程度で何かを気付いてくれるような相手だったなら、ロックマンが此処まで嫉妬に狂う事も、愛情と並行して憎悪を育たせる事もなかったのだから、ある意味で、ロールがロックマンの行動の節々の不審に気付かないのは当たり前なのかもしれない。
ともかく、笑顔と共に甘いセリフを吐いて見せたロックマンは、熱斗の肩の上から飛び降りてロールの目の前、メイルが持つ桃色のPETの画面上に着地し、ロールの手を握ってその中に入って行った。
その光景を見た熱斗はふと、ロックマンはどんな思いでロールと手を繋いでいたのだろうか、と気にするのであった。

ロックマンはロールと共にメイルのPETの内部に入ってから、ロールに不信がられない程度にその内装を見回していた。
表面的には自分の居る熱斗のPETと大差はないが、個人の趣向、または癖の関係上、一部機能が熱斗のPETとは別の場所に格納されている可能性を懸念しているのだ。
一週だけぐるりと周囲を見回したが、どうやら大事な機能は熱斗のPETと大差のない場所にあるらしく、これなら簡単に事を進められるかもしれない、と思いながら、その視線をロールへと向け直した。

「こうしてしっかり話すのは少し久しぶりだね。学校じゃあ何時も、授業中はそれぞれのオペレーターのサポートだし、休み時間は他のみんなもいるから。」

そう、忌々しい邪魔者共がね。
……という、正直過ぎる言葉は今はまだ飲みこんだままにして、昇華も消化も出来ない重すぎる想いを抱えたまま、ロックマンは微笑んで見せた。
ロールは相変わらずロックマンが音にした言葉だけを鵜呑みにして、

「そうねー、みんなと話すのも楽しいけど、やっぱりたまにはこうして二人だけで話したいわよね!」

酷く無邪気に、ロックマンの心を掻き乱す言葉を放つ。
ざわりと、ロックマンの中の怒りがその渦の深さを増した。

――あぁそうかい、皆と話すのは楽しいかい、僕が嫉妬に狂ってもか。――

笑顔の仮面の下で渦巻く嫉妬と怒り、それを示すかのように、ロックマンはそれに対しての返答を遠回しな嫌味として、ロールの返答を半分程コピーしただけのものにする。

「そうだね、みんなと話すのも楽しいけど、僕もたまにはこういう時間が欲しいなって、結構思うんだ。」

以前のロールは二人だけの時間をとても楽しんでくれていたと思う、恋人になる前ですらそうだったように記憶している、それなのに今はみんなで話すのも楽しいなどと“みんな”である事を強調するものだから、ロックマンは、じゃあ自分が僕からそう言われたらどう思うの? と言わんばかりに、ロールの返答をそのまま返したのだ。
それでも隠しきれなかった本心が、同じ一文の中に“たまに”と“結構”という矛盾する言葉が入る原因となったが、ロックマンの期待とは裏腹に、ロールはその矛盾に気付いてくれはしない。
あぁ、自分はこんなにもロールを、ロールと二人だけの時間を欲しているというのに、どうしてロールは“たまに”で足りるのか、恋人になる前の方が自分を求めてきていたように見えるのはどうしてなのか、考えれば考える程、怒りの轟炎と嫉妬の黒い渦が合わさって深まって、黒き轟炎の渦が心の中にその割合を増していく。
笑顔の下、無表情の下、今すぐにでも叫んで暴れたいような衝動を抑え込んで、ロックマンはロールとの会話を続ける。
さぁ、いよいよ、本題だ。

「ところでさ、さっき掃除をしてたら、メイルちゃんが誰かと話してる声が少し聞こえたんだけど……誰と、話してたのかな?」

本当は、やいとの名前が聞こえたからやいとであろうという予想は立てていたが、そこまで言ってしまうと、偶然聞こえたというよりも聞き耳を立てていたから聞こえた、という雰囲気になってしまうだろうと思い、ロックマンは相手を知らない事にしておいた。
それに、もしかしたらやいと本人が面白い事を言ったのではなく、やいとではない誰かがやいとの面白い事を言っていたという可能性もある。
もしそうだったなら、後で熱斗にも報告なければならないだろうなどと思いながら、ロックマンはロールの返答を待った。

「あぁ、あれはね、やいとちゃんと話してたのよ。丁度掃除が終わった頃かしら、やいとちゃんから電話が来て、今度新作のドレスアップチップの発表会があるから来てみないか、って。そこから始まって長電話になっちゃったけど、掃除はちゃんとしてたんだから安心してよね。」

やましい事など何も無い、するべき事は全て終わっていたから安心してもらおうか、と全身で表現するかのように自信満々に告げたロールを見て、ロックマンの不快感は更にその濃さを増した。
自分が聞きたいのは掃除をしたかしていないかなどという問題ではない、メイルの相手がやいとだというのも熱斗にとっては重要だが自分にとってはさほど重要ではない、自分が聞きたいのはもっと違う、そう、

「へぇ、そうなんだ! ……じゃあ、ロールちゃんはその間何をしてたの? 何もしてないのって、案外辛いでしょ?」

その間、ロールが何をしていたのか、やいとのナビ――グライドと楽しそうに話していたのかどうか、という事だ。
なるべく明るい雰囲気を保つように心がけたつもりだったが、やはりそれを訊いた時のロックマンの声は少し低い、何とも言えない微弱な重みを纏っていて、さすがに不審がられるかもしれないな、とロックマンは密かに緊張した。
しかしそんなロックマンの予想――ある意味では期待に反して、ロールはそれらに何の不信感も持たないまま、普段通りの清々しさで言い放つ。

「私もグライドと話してたのよ、だから退屈しなかったわ。それに、新しいドレスアップチップはどんなデザインが多いのかも教えてくれて……あ、そうそう、発表会の後で実際に試着させてくれる約束もしてくれたのよ!」

ロックマンの中で、何かがピシリと音を立てて割れた。
何の罪悪感も躊躇もなく放たれたロールの言葉に割られたそれはおそらく、ロックマンの中にも残っていた、行動への躊躇、閉じ込めることへの罪悪感、嫉妬や怒りに狂う自分への嫌悪感の欠片だっただろう。
熱斗に比べると分かりにくいかもしれないが、これでもロックマンの心の中にはそれらが占める場所が無かった訳ではなく、怒りと嫉妬を前面に感じる自分を肯定しながらも、心の隅ではほんの少し、罪悪感に痛みを与えられ、躊躇を生みだされ、正義を捨てた自分への嫌悪が漂っていたのだ。
しかし今、ロールの何も分かっていない言動に、ロックマンの僅かなそれは音を立てて崩れ、粉々に割れて消えていった。
分からせなければならない、この無邪気な鈍感娘に、嫉妬に駆られていたのはお前だけではないという事実を、分からせなければならないのだと、ロックマンは最後の決意を遂げた。
正義の痛みが無くなった分、仮面は強固な物になり、事を起こすまでロールを騙す事に専念できるようになっていく。

「そっか、それは楽しみだね。ロールちゃんに似合うデザイン、見つかるかな?」
「今季は沢山の新デザインが出るって言ってたから、きっと見つかるわよ! あぁ、楽しみ!」
「うん、楽しみだね。」

その楽しみが一生来ないようにしてあげるよ、という言葉を今はまだ身体の内側に閉じ込めて、ロックマンは微笑んだ。
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