僕等の答え

オートロックを書き変え、電話の回線を切り、テレビの回線も切り終わって、他にも外とつながっている、もしくは外からの情報源になるであろう物を九割方切断、もしくは書き換えてからしばらくした頃に時計を見て、今が午後一時頃である事を熱斗が確認したその時、メイルがようやく掃除とおしゃべりの両方を終えて二階の寝室から降りてきた。
おしゃべりの声が聞こえなくなった途端に階段を下りる足音が聞こえたことから、おそらく掃除の後におしゃべりを始めたか、PETは何処かに置いて掃除をしながらおしゃべりをしていたかの二択だろう、と熱斗はひそかに推測する。
そして同時に、もし掃除が終わっていたのなら、わざわざやいとと話すよりも、今近くにいる自分と、光 熱斗と話に来てくれたなら良かったのにという思いがこみ上げる。
メイルのそのやいととのおしゃべりがあったから、当初の予定以上に色々な物を遮断できたと言えばそうも言えるのだが、それでもやはりどこか悔しさが引っ掛かってしまって、なかなか消えてくれない。
熱斗は、せめてメイルからやいとへかけたのではなく、やいとが勝手にかけてきた故の長電話であったことを祈るしかなかった。
それにしてもやはり、こちらの掃除機の音が長時間消えていた事に、気付いてくれたも良かったような気がするのだが……。

ともかく熱斗とメイルはお互いそれぞれが担当した場所の掃除を終え、最初にいたリビングに戻っていた。
そして、熱斗の掃除の能力をほとんど信じていなかったメイルは、リビングに戻るなり周囲を見回して、

「うん……うん……よしっ、思ったより上手くやってくれたみたいね。逆に散らかった場所も無し、合格よ!」

などと、とても楽しそうに言ってきたのであった。
労いの言葉も無いまま、いきなりチェックをされた上に、あまりにも楽しげに発言されたため、普通に悔しくなった熱斗は少し口を尖らせて不機嫌そうに反論する。

「そりゃ、俺だって少しは掃除も出来るし、ロックマンも見ててくれたんだからさ。というか、俺ってそんなに信用無い?」
「えぇ、勉強と掃除に関してはまぁぁぁったく、無いわね。ふふっ。」
「そんなぁー……。」

熱斗の不満げな反論兼問いかけに、メイルはやはりさも楽しそうに答えるのであった。
確かに、勉強も掃除も苦手な部類ではあるが、たとえ物理的な事での信用と言えどそこまでハッキリ無いと言われてしまうとなかなかのショックであり、反論する気力さえ失せて落ち込んだ熱斗は、短い返答を最後に溜息を吐いてやや深くうなだれて黙りこんでしまった。
その様子を見て、さすがに少し言い過ぎたかしらと思って反省したメイルはフォローの言葉を付け足す。

「でも、今日はしっかりやってくれたのね、偉いわ。」

メイルは笑顔でそう褒めてみたが、少し顔をあげて下から上目遣い気味に睨む熱斗の機嫌はまだ治っていないらしい。
相変わらず楽しそうなメイルに対し、熱斗は少し怨みがましく拗ねた声で、

「今更取ってつけたように言われてもなー……。」

と言って、じっとり湿った不機嫌そうな視線をメイルに送った。
普段は明るい熱斗だからこそ、一度機嫌を損ねると後々面倒くさい事になる、という事を知っているメイルは、多少焦りを感じながら時計をちらりと見て、掃除の話題から離れることを決めた。
改めてわざとらしく時計を見て、あ! などと驚いたような声をあげて見せてる。
それから、何? と言いたげな熱斗へ、少し空回りな元気を混ぜて訊くのだ。

「ほら、熱斗、もうお昼過ぎてるわよ! 何か作ってあげるから、一緒にお昼ご飯にしましょう?」

問いかけと同時にバッチリとウインクまで決めて、メイルはとにかく掃除の話題から離れようと必死になっていた。
その様子を、なんだかわざとらしいなと思いながらも、同じく時計に目を向けた熱斗はしばしの間だけメイルに不機嫌そうな視線を向けた後、僅かな苦みを残しつつもふと笑顔になって、メイルの提案に同意する。

「あぁ、そうだな……そうしよっか!」

先ほどまでの湿気と不機嫌を脱ぎ捨て微笑んでみせると、メイルもようやくホッと安心して自然な笑顔を見せた。
その笑顔に、あぁ、そういう少しお茶目な所もそれはそれで大好きなんだよなぁ、と熱斗は考え、自然と幸せそうな笑顔が深まる。
メイルが見せる仕草の一つ一つ、その全てが愛しくて、早く夜に――永遠の訪れを告げられる時間になればいいのにと思う。
熱斗がそんな事を想いながら少しぼんやりとメイルを見つめていると、急に、メイルのものでも熱斗のものでもない声が、熱斗の肩の上から聞こえてきた。

「じゃあ、僕はロールちゃんに逢いに行っていいかな?」

熱斗よりもすこし落ち着いていて、しかし少年らしさの強いその声の主はロックマンだった。
熱斗がメイルの傍にいる事を幸せとするように、ロックマンはロールの傍にいる事を幸せとしているのだから、それは至極当たり前のことで、実際ロックマンはロールに逢う事を楽しみにしている事が明らかな笑顔を見せている。

ただ、メイルが気付かずともロールが気付かずとも、熱斗だけは、その笑顔はあの無表情の変形型でしか無い事と、その仮面の下に隠した焦り、孤独、怒りと言った感情を知っている。

「熱斗くん、いいよね?」
「おう、勿論! 行ってこいよ! いいよな? メイルちゃん、ロール。」

ああそうか、ロックマンは先ほどの通話の最中にロールとグライドがどうしていたのかを確かめる気なのだ、ということに気付いた熱斗は、自分側での許可を下ろしたうえで、メイルとロールへ確認という名のお願いをもして見せた。
二人からのお願いに、メイルは軽く微笑んで頷き、ポケットからPETを取りだす。
すると、そのPETの画面の上に桃色の目立つ少女型ナビ、ロールがロックマンと熱斗の居る方向を向いて現れた。
その時、メイルとロールは気付かなかったが、熱斗だけは、ロックマンの視線が一瞬だけ凍てつかせるような冷たさと鋭さを纏った事に気がついた。
何も知らないメイルは、ロックマンの頼みに同調して見せた後、自分と同じく何も知らないロールへ問いかける。

「いいわよ、ロックマン。ね? ロール?」
「うん! 私もロックマンに会いたかった所なの!」

メイルの問いかけに振り向いたロールは、元気いっぱい嬉しそうに肯定の返事を出した。
そしてロックマンのいる方へと振り向き直すと、来てくれてありがとうという言葉代わりなのか、とびきりの笑顔を見せてくれる。
もしこれがメイルと熱斗のやりとりだったなら、熱斗はそんなメイルに強い愛しさを感じ、小さな不満は今だけは置き去りにして自分も心から笑う事を選んだだろう。
しかし、笑顔や無表情の仮面の下に怒りを宿したロックマンは、そう単純にはいかなかった。

勿論愛しい、けれど憎らしい。

その笑顔をもしも自分、すなわちロックマン.EXE以外のナビに向けていたのなら、自分は絶対にそれを許さない、そんな意思がロックマンの中では渦巻いている。
もし、先ほどのメイルとやいとの通話の間に、ロールとグライドが直接は勿論、回線越しであろうと楽しいおしゃべりを交わして、ロールが今のような笑顔をグライドに向けていたなら……そう考えるだけでロックマンは、嫉妬と、そして愛情故の憎悪に狂いそうになるのだ。
それでも表面上はその黒い感情を抑え、ロックマンも穏やかでありつつとびきりの笑顔を張り付けて見せて、ロールの言葉に同じような言葉を返す。
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