僕等の答え

「じゃあ、熱斗とロックマンはリビングの掃除機がけをよろしくね! 私は寝室を掃除してくるから。」
「あぁ、分かった。」
「了解だよ、メイルちゃん。」

結局、少しの苦い空気と救世主の登場の後に、メイルは寝室を、熱斗はリビングで掃除機をかけることが決定した。
メイルが決定事項を言い残し、それに対して熱斗とロックマンが返事をすると、メイルはリビングに置きっぱなしにしていた掃除道具の一部を持って、二階にある寝室へと上がって行く。
熱斗とその肩の上のロックマンはその姿が見えなくなり、寝室の扉が開いて、そして閉まる音がするまでその場に佇んで、メイルがリビングの事をほとんど感知できなくなるまでを確認した。

そして、作業が、始まる。

まずは、自分達はちゃんと掃除をしています、という事実をある程度作る為、熱斗は掃除機からプラグとコードを引き出してコンセントにつなぎ、実際に掃除を始めた。
最初にプラグを差したのはメイルが奥と言った場所――玄関に近い方のコンセントだったので、そこから約半分の面積へそこそこ丁寧に掃除機をかける。
ロックマンも先ほどの話通りそれを真面目に見守り、たまに掃除機がよくかかっていない場所を見つけると熱斗にそれを知らせ、掃除機がけをやり直させた。
そしてリビングの半分に掃除機をかけ終えると、遂に二人は行動を開始する。

熱斗は掃除機を止めて玄関の前に立ち、左肩に取り付けたPETを外して、PETの赤外線部分――プラグイン端子をドアのオートロックに向けた。
そして、

「……。」

普段ならば元気よく発する、プラグインの掛け声は一言も無いまま、ロックマンをオートロックの電脳へと送り込んだ。
赤外線部分が一瞬赤く、人間の肉眼では見えない光を発し、ロックマンはオートロックの電脳へと突入する。
中は思った以上にがらんとして静かで、どうやら此処のオートロックは意思のあるナビやプログラムではなく、意思の無い単純なプログラムとコアブロックによって動かされているらしいと二人は知る。
セキュリティも、ウイルス程度なら防げるが、ロックマンなどのネットナビとなると防げるかどうか疑問しかないレベルだ。
とはいっても、プラグインの場所は家の内側にしか無いのだから、この程度のセキュリティでも困らないと言えば困らないかもしれないが。

「でも、内側の敵には、弱いよね。」

いつの間にか仮面のような無表情に戻っていたロックマンがセキュリティを解除しつつポツリとつぶやき、セキュリティの解除を終えるとオートロックを動かすコアブロックへ触れた。
そして、そのデータの大部分を、このオートロックがロックマン以外の意思では開けられないように書き変えていく。
どうやらこのドアのオートロックは他の窓のロックも兼ねているようで、それに気付いたロックマンはその部分も書き変え、現在鍵の閉まっていない窓の鍵を閉めた。
これで、メイルに逃げ場は無くなったことになる。
後は、

「ロールちゃんを、直接……」

インターネットに出られなくするだけだ。
ふと、此処に来て遂にロックマンの無表情の仮面が緩み、その下に隠した薄暗く寂しげで悲しげな表情を覗かせた。
その表情は熱斗の重く沈むような表情とはとは少し違い、何か怒りのような強さや激しさも孕んでいる。
そしてロックマンはその表情のままオートロックのコアブロックをしばし見つめ、そして無表情を張り付け直した後に静かにプラグアウトをして、熱斗のPETに戻って行った。
戻ってきたロックマンに、熱斗が小さな声で問いかける。

「成功したか?」
「うん、成功したよ。これで二人は熱斗くんと僕の許可無しには、ね……。」

二人に訊かれる事を危惧してか、ロックマンも小さな声で、なおかつ一番重要なところ――二人は熱斗と自分の許可無しには“外に出られない”事を直接的には言わずにおいた。
熱斗もあまり長くしゃべる気はないのか、ロックマンの返事に、そうか、と一言だけ返す。
しかし、その口の端は、笑みを作るように確かに吊りあがっていた。
それは、既に随分と小さくなっていた正義感と罪悪感が、更に小さくなっている証拠でもあっただろう。

ともかく、事の最低限の下準備を終えた熱斗とロックマンは、あまり長い時間掃除機の音を経てずに不信がられる事を避けるため、再び掃除機を動かし、リビングの床掃除を再開した。
これでとりあえずもう半分の掃除も終わらせるが、それでももし時間が余れば、二人は更にメイルとロールを外界から遮断する為の準備を進める、そのつもりである。
二人だけの世界には、外の世界そのものは勿論、外の世界の情報も一切必要無いのだ。
そんな事を考えながら、熱斗はリビングの床に掃除機をかけ続ける。
ふと、二人だけで一緒に永遠を過ごすなら、自分も掃除ぐらいできるようにならなければいけないだろうな、などと思いながら。

そんなこんなでしばらく掃除機をかけ続けて、残り半分の床掃除も終えた熱斗とロックマンだったが、メイルは何を凝っているのかまだ寝室から出てこない。
それを確認して二人は、最低限ではないがやはり必要な作業――備え付けの電話の回線の切断と、更にはテレビの回線の切断に踏み切る事にした。
掃除機を止めてそのプラグを抜き部屋の隅に片付ける様に置いてから、また静かにロックマンを電話の中へ送り込む。
そして電話の電脳に入ったロックマンは、セキュリティの構造を探り、その欠点をさぐり、解除へと手を進めていく。

その時だった。

「うん、そう……へぇ……」

メイルが上がって行った二階から、メイルの声が聞こえてきた。
それはまるで誰かとの会話そのもので、熱斗は一体何がどうしてそんな声が聞こえるのか、一瞬理由が分からずに混乱しかけたが、

「……あはは、面白……さすがやいとちゃん……!」

次に聞こえてきた笑い声と名前で全てを察することができた。
どうやらメイルは掃除の途中か掃除の後か、そこは分からないが、ともかく二階でPETを通じ、やいととおしゃべりをしているらしい。
何を話しているのかまではよく聞こえないが、その会話がメイルにとって楽しい事であるのは確からしく、時より笑い声や、面白い、凄いなどの単語が聞こえてくる。
ハッキリ言って、熱斗はそれが気に入らなかった。
どうして、どうして、自分がいるのにどうしてやいとなんかと話しているのか、今お前が寝室にいるのは掃除の為ではなかったのか、一体どうして……そんな、怒りにも似た邪悪な感情が体中を駆け巡り、今すぐにでも寝室に乗り込んであの桃色のPETの電源を落してやりたい衝動に駆られる。
だが、今此処でそんな事をしては全ての苦労が水の泡になってしまう、それを考えて、熱斗はその衝動を一時的に抑え込んだ。

「文句は、後でまとめて言えば良いよ。」

そんな熱斗の心理を察したのか、ロックマンが上には聞こえない程度の声で熱斗に語りかけてきた。
どうやら、熱斗が考えごとに耽っている間に、セキュリティの解除も回線の切断も終わっていたらしく、またロックマンも上から聞こえるメイルとやいとの会話を聴きとっていたらしい。
そしてロックマンがPET画面を通じて向けてくる、熱斗と同じような衝動の見え隠れする表情を見たその時、熱斗はある可能性を察した。
メイルとやいとがPETを通じて話しているという事は、ロールとグライドもPETを通じて、いや、最悪の場合どちらかのPETの中で直接対面して話している可能性があるのだ。
それに比べれば、画面越しに同性と話されるなんてまだマシな方かと感じた熱斗は薄っすらと苦笑を浮かべつつ溜息をついてから、改めてロックマンに視線を向け直し、

「あぁ、そうだな。……次、テレビの回線、やろっか。」

今はただ、事を起こすために重要な作業に従事るだけだという意思を、改めて表示した。
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