僕等の答え

メイルを追って家の中に入った後、とりあえず一度洗面所へ行って手を洗ってから、リビングに戻ってきた熱斗は早速メイルに問いかけた。

「んでさ、まだ掃除が終わって無い場所って何処? 手分けしてさっさと終わらせちゃおうぜ。」

本当は一秒たりともメイルと離れていたくない、どうせなら一緒に同じ場所で行動したい、その思いを抑え込んでの問いだった。
それもこれも、全てはあの一瞬、そう、これから訪れる永遠、その準備のためだ。
もはやほんの僅かではあるものの、一応は残っている正義が、罪悪感となってチクリと心に刺さるが、熱斗はそれを無視して微笑みを見せた。
そんな表面上は穏やかな様子の熱斗に安心してしまったのか、メイルはとても普通に返事をする。

「そうねー……お風呂場は大体終わってて、リビングはあと掃除機だけで、まだなのは寝室だから……」
「じゃあ、俺、リビングで掃除機がけをするよ! 幼馴染の恋人といえど、さすがに寝室はプライベートな環境だからなぁー。」

リビングにまだ残っている個所があると聴き、しめたと思った熱斗がもっともらしくうんうんと頷きながら放った言葉は、正直なところ嘘が多かった。
自分がこれからしようとしている事が成功すれば、寝室がプライベートだの何だの、そんな事は関係なくなることぐらい熱斗はよく分かっていたし、もはや熱斗はそのプライベートすら含めて、メイルの全てを支配してしまいたくて仕方がないというのが本音なのだから。
それでもリビングを選んだのには、それなりの訳がある。
メイルはまだ、それには気付かない。
おそらく、事が終局に達するまでメイルは何も気付きはしないのだろうと思うと、熱斗は少しだけ寂しさに胸が痛んだ。

「んー、そうね、じゃあ、熱斗にはリビングの仕上げを頼もうかしら。ちょっとまっててね、掃除機持ってくるから。」

そう言ってメイルはどこか別の部屋へ、掃除機を取りに駆けて行った。
メイルの足音が遠ざかり、その姿が別の部屋の奥の方へ消えると、熱斗の肩の上にロックマンが現れる。
そして、こう言うのだ。

「いよいよだね、熱斗くん。」

熱斗はしばし言葉を発する事が出来ず、ただメイルが姿を消した家の奥を見つめるだけだったが、それでもメイルの足音が再度こちらを向くよりも前には返事ができた。

「……あぁ、そうだな。絶対成功させるぞ。」

それは、ロックマンの無表情が少し感染したかのような重く微笑みの無い声で、メイルに向けていた物とはまるで別物、まるで別人の声だった。
ロックマンは熱斗のそんな返事を聞くと、帰ってくるメイルに不審に思われないためか、すぐにPETの中に戻っていく。
熱斗はそれを見送ってから小さな溜息を一度だけ吐くと、一度無表情になった表情を微かな笑みに戻し、メイルが戻ってくるのを待った。
そして数秒後、右手に掃除機の本体を、左手にノズルを持ったメイルが今度は歩いて戻ってくる。
メイルは、よいしょ、と小さく掛け声をかけつつ、掃除機を熱斗の前に置いた。

「じゃあ、よろしく頼むわね。あ、コンセントは向こうの隅の奥の方と、こっちの方にあるからそれを使ってちょうだい。……でも、本当に一人で大丈夫?」

大まかな説明の後のその一言に、熱斗はメイルが自分を気にしてくれているのだと、心配してくれているのだと思って少し嬉しくなった、が、

「熱斗って、あんまり掃除が得意なイメージ無いのよね……。」

次の言葉に、酷い落胆を感じたのは言うまでも無い。
しかもメイルの声は何やら一種の不信からくるとも言える疑り深さを含んでいて、それが熱斗を一層落胆させた。
心配しているのは自分の事ではなく掃除の事か……などと、色々な意味で苦い表情になりつつも、熱斗は一応の反論を試みる。

「大丈夫だって……あれだろ? ちゃんと隅々までかけることってのと、あんまり早く動かすと実はゴミの吸いが悪くなるから少しゆっくりかける事ってのと……まぁそんな感じで。」

確かに自分が掃除上手ではない、むしろ下手の部類に入る事は認めるが、実際にそれを指摘されるとなかなか苦い物がある事を熱斗はこれ以上なく実感しながら、何とも自信の無い、少し悲しげな声で反論した。
それを見てメイルは、さすがに信用しなさすぎだっただろうかと反省し、最初にPETごしで話した時のように焦るのだった。
そして口先ではゴメンねと言いながらも、内心ではまだ疑っていそうなメイルに、熱斗が更に表情を苦くするという悪循環が始まりかけたのは言うまでもない。
事を進める為にも、自分は一人でリビングの掃除に当たらなければいけない、そしてメイルはリビング以外の一室にとどまらなければいけないのに、こんな調子で大丈夫なのだろうか? と、熱斗が不安になり始めた時、一人の救世主があることを申し出た。

「メイルちゃん、安心して。熱斗くんがちゃんと掃除機をかけられるかどうか、僕がしっかり見ておくから。ね?」

そう言いながら熱斗の左肩の上に現れたのは、先ほどまでの無表情を表面上の笑顔に変えたロックマンだった。
熱斗がやや自分のその場その場の感情に振り回されるのに対し、こちらは自分を制御することが妙に上手いようで、その笑顔に不出来な点はない。
……強いて言うなら、完璧すぎるのがやや不審なところか。
とはいうものの、熱斗の不審点すら結局は本気で疑えないメイルが、更に上手なロックマンの不審点に気付くはずなどは無く、

「あ、それなら安心できるわね!」

メイルはロックマンの申し出を安心して受け入れ、熱斗にリビングの掃除をさせる事を決めた。
それを聞いて、技術的な面でメイルに信頼されていないという苦い想いを少し残しながらも、熱斗はその展開にホッと胸を撫でおろすのだった。
これで、次のステップに進む事ができる、と。
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