Re_そばにいて……
ベンチに座ったまま、ふと空を見上げる。
上を向くと、今尚降り続ける雪が顔に落ちてきて少し冷たく、また街灯の明かりが目に眩しかったが、炎山はしばらく上を向いたまぼんやりと、雪が空から降ってくるその様子を眺めていた。
雪は、炎山の顔や、膝の上に乗せた両手に落ちると、すぐさま結晶の形を失くし、水となってしまう。
そしてその水は炎山の肌の上で広がり、やがて乾いて消えていく。
しかし地面に降った雪は、すでに積もった雪の上に更に積もって、消える事なくその高さを増していく。
炎山は顔を地面に向け、足元に積もった雪をじっと見つめた。
雪が積もる、と言っても、デンサンシティは所詮都会で、東北地方の二ホン海側の様に分厚い積もり方はしていない。
十分ではない、と思った。
しかし、炎山はそっとベンチから立ち上がると、くずおれるように雪の上に膝をつき、ほぼうつ伏せの状態で白い雪の上に倒れ込んだ。
「炎山様!?」
何か――炎山が雪の上に倒れ込んだ音を聞いて、ブルースは焦った様子でPETの外に小さなホログラムとして現れ、炎山に呼びかけた。
炎山は体を伏せたまま顔だけ横に向けて、雪の上に立つブルースを見る。
その顔はどこか悲しげで、ブルースは僅かに息を呑んだ。
やがて、炎山が倒れたまま口を開く。
「急病ではない、気にするな。」
炎山は体調不良で倒れた訳ではない事を理解し、ブルースは少しだけ安心したが、だからといって雪の上に普段の薄着で倒れる炎山をそのまま放っておく事などできる訳は無い。
「ですが、そのままでは風邪をひいてしまうかもしれません。せめて、ベンチにお座りください。」
炎山の体温で融けた雪で服が徐々に湿り、それが炎山の体温を奪う事を心配したブルースがそう言うと、炎山はしばしの沈黙を挟んでからゆっくりと体を起こした。
確かに、湿った服で当たる北風は乾いた服で当たる北風よりも遥かに寒かったが、炎山はそれでいいと思っていた。
このまま、この雪に自分の体温が根こそぎ奪われてしまえばいい。
その程度で朽ちるような弱い体なら要らない。
弱い心なら、要らない。
そう思いながら、炎山はいまだ服に付着したままの雪を払う事もせず、ベンチに座り直し、再び空を見上げる。
雪はまだ、当分降り止みそうにない。
ブルースも炎山と共に空を見上げ、それから、炎山の体調を心配して言った。
「そろそろ、ビルに戻りましょう。」
しかし、炎山は、
「いや、戻らない。」
と言って、ベンチの背もたれに背中を預け、空を眺める事をやめない。
ブルースは、自分が外出しようと提案した張本人である事も忘れて焦った。
「ですが、そのままでは……」
「いいんだ。」
風邪をひいてしまいます、とブルースが再び言う前に、炎山がそれを遮って口を開いた。
その時見えた白い息は、現実世界が酷く寒い事をブルースに伝え、ブルースはどうにか炎山を暖かな場所へ連れて行かなければと焦るが、炎山はベンチから動こうとしない。
どうすればいいのだろう、とブルースが考えていると、炎山がぼそりと呟く。
「この程度の寒さで故障する弱い体なら、必要無い……。」
それはブルースに対して発言したというよりは、炎山が自分自身に向けて言い聞かせているように聞こえて、ブルースはその時初めて先ほどの炎山の行動の意味を理解した。
炎山は、自身の大部分の要素を、この世界に必要無いと考え、必要無い要素は弱さとして切り捨てようと考えている。
しかし、今日はそれが上手くいかず、炎山は自分を弱い存在だと感じてしまった。
そして、世界が欲しているのは飽く迄も強い自分だと思う炎山は、弱い自分を殺すように、そしてその後を追うように消え去りたい衝動に襲われ、無意味だと分かりつつも、この浅く積もった雪の中に身を投げてみた……それを理解した瞬間、ブルースは声を上げて泣きたい衝動に襲われた。
強かろうが弱かろうが、炎山は自分の大切なオペレーターで、一欠片も失いたくない存在だというのに、炎山自身は自身の大部分を必要無いものだと思っている、という事が、酷く悲しいのだ。
嗚呼、どうすればこの想いを、強さも弱さも合わせて自分の敬愛する炎山である事を伝えられるのだろう?
元々は他者に共感する事に特化していない思考回路で、ブルースは必死に考えを巡らせる。
「……必要無いなどという事は、ありません。」
やがて口を開いたブルースの言葉に、炎山が驚いた顔をしながら、それまで空に向けていた視線をブルースに視線を向けた。
それはブルースの言葉を理解しきれていない顔にも見えたので、ブルースはもう一度言う。
「強さも弱さも、全て合わせて炎山様なのです。必要無いなどという事は、決してありません。」
炎山はしばらくの間驚いたままの表情をしていたが、やがてそれを少し歪んだ笑み――嘲笑に変えた。
弱さも必要、という言葉は、今の炎山には唾棄すべき言葉でしかなかったのである。
いや、唾棄すべき、というよりは、唾棄したい、と言った方が正しいかもしれない。
自分の思う自分の義務を、使命を、宿命を否定された炎山は、先ほど子供を怒鳴った時の様に声を荒らげる。
上を向くと、今尚降り続ける雪が顔に落ちてきて少し冷たく、また街灯の明かりが目に眩しかったが、炎山はしばらく上を向いたまぼんやりと、雪が空から降ってくるその様子を眺めていた。
雪は、炎山の顔や、膝の上に乗せた両手に落ちると、すぐさま結晶の形を失くし、水となってしまう。
そしてその水は炎山の肌の上で広がり、やがて乾いて消えていく。
しかし地面に降った雪は、すでに積もった雪の上に更に積もって、消える事なくその高さを増していく。
炎山は顔を地面に向け、足元に積もった雪をじっと見つめた。
雪が積もる、と言っても、デンサンシティは所詮都会で、東北地方の二ホン海側の様に分厚い積もり方はしていない。
十分ではない、と思った。
しかし、炎山はそっとベンチから立ち上がると、くずおれるように雪の上に膝をつき、ほぼうつ伏せの状態で白い雪の上に倒れ込んだ。
「炎山様!?」
何か――炎山が雪の上に倒れ込んだ音を聞いて、ブルースは焦った様子でPETの外に小さなホログラムとして現れ、炎山に呼びかけた。
炎山は体を伏せたまま顔だけ横に向けて、雪の上に立つブルースを見る。
その顔はどこか悲しげで、ブルースは僅かに息を呑んだ。
やがて、炎山が倒れたまま口を開く。
「急病ではない、気にするな。」
炎山は体調不良で倒れた訳ではない事を理解し、ブルースは少しだけ安心したが、だからといって雪の上に普段の薄着で倒れる炎山をそのまま放っておく事などできる訳は無い。
「ですが、そのままでは風邪をひいてしまうかもしれません。せめて、ベンチにお座りください。」
炎山の体温で融けた雪で服が徐々に湿り、それが炎山の体温を奪う事を心配したブルースがそう言うと、炎山はしばしの沈黙を挟んでからゆっくりと体を起こした。
確かに、湿った服で当たる北風は乾いた服で当たる北風よりも遥かに寒かったが、炎山はそれでいいと思っていた。
このまま、この雪に自分の体温が根こそぎ奪われてしまえばいい。
その程度で朽ちるような弱い体なら要らない。
弱い心なら、要らない。
そう思いながら、炎山はいまだ服に付着したままの雪を払う事もせず、ベンチに座り直し、再び空を見上げる。
雪はまだ、当分降り止みそうにない。
ブルースも炎山と共に空を見上げ、それから、炎山の体調を心配して言った。
「そろそろ、ビルに戻りましょう。」
しかし、炎山は、
「いや、戻らない。」
と言って、ベンチの背もたれに背中を預け、空を眺める事をやめない。
ブルースは、自分が外出しようと提案した張本人である事も忘れて焦った。
「ですが、そのままでは……」
「いいんだ。」
風邪をひいてしまいます、とブルースが再び言う前に、炎山がそれを遮って口を開いた。
その時見えた白い息は、現実世界が酷く寒い事をブルースに伝え、ブルースはどうにか炎山を暖かな場所へ連れて行かなければと焦るが、炎山はベンチから動こうとしない。
どうすればいいのだろう、とブルースが考えていると、炎山がぼそりと呟く。
「この程度の寒さで故障する弱い体なら、必要無い……。」
それはブルースに対して発言したというよりは、炎山が自分自身に向けて言い聞かせているように聞こえて、ブルースはその時初めて先ほどの炎山の行動の意味を理解した。
炎山は、自身の大部分の要素を、この世界に必要無いと考え、必要無い要素は弱さとして切り捨てようと考えている。
しかし、今日はそれが上手くいかず、炎山は自分を弱い存在だと感じてしまった。
そして、世界が欲しているのは飽く迄も強い自分だと思う炎山は、弱い自分を殺すように、そしてその後を追うように消え去りたい衝動に襲われ、無意味だと分かりつつも、この浅く積もった雪の中に身を投げてみた……それを理解した瞬間、ブルースは声を上げて泣きたい衝動に襲われた。
強かろうが弱かろうが、炎山は自分の大切なオペレーターで、一欠片も失いたくない存在だというのに、炎山自身は自身の大部分を必要無いものだと思っている、という事が、酷く悲しいのだ。
嗚呼、どうすればこの想いを、強さも弱さも合わせて自分の敬愛する炎山である事を伝えられるのだろう?
元々は他者に共感する事に特化していない思考回路で、ブルースは必死に考えを巡らせる。
「……必要無いなどという事は、ありません。」
やがて口を開いたブルースの言葉に、炎山が驚いた顔をしながら、それまで空に向けていた視線をブルースに視線を向けた。
それはブルースの言葉を理解しきれていない顔にも見えたので、ブルースはもう一度言う。
「強さも弱さも、全て合わせて炎山様なのです。必要無いなどという事は、決してありません。」
炎山はしばらくの間驚いたままの表情をしていたが、やがてそれを少し歪んだ笑み――嘲笑に変えた。
弱さも必要、という言葉は、今の炎山には唾棄すべき言葉でしかなかったのである。
いや、唾棄すべき、というよりは、唾棄したい、と言った方が正しいかもしれない。
自分の思う自分の義務を、使命を、宿命を否定された炎山は、先ほど子供を怒鳴った時の様に声を荒らげる。