僕等の答え

一方で、熱斗は放心したようにPET画面を眺めていた。
通信は既に完全に切れていて、そこに映るのは黄緑色の待機画面なのだが、熱斗はなかなか目を離さない。

――俺、本当に……。――

今夜、全てが決まり、そこで停滞する。
それを想うと熱斗は気が狂いそうなほど嬉しくなるのだが、一方で頭に重りを入れられたような鈍くて重い感覚――罪悪感が抜けない。
やっぱりこれは間違った行動で、自分はそれを分かっている、そう思うと、今までもずっと感じていた不安だけでなく、自分の存在そのものが息苦しさにつながっていく。
病気かと思う程心臓が軋む感覚がする、それはもしかして、間違った自分なんて今すぐにでも殺すべきだという本能の行動なのか?

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
あぁ、お願い、助けて。
此処に居ていいのだと言って、今すぐに、その腕で抱き締めて欲しい、でないと自分は、すぐにでも壊れて死に絶えてしまいそうで――。

「熱斗くん、早く仕度を終わらせて、メイルちゃんの家に行こうよ。」

とても冷静なロックマンの声にハッとして、熱斗は顔を上げた。
ふと緩んだ苦しみを無理矢理振り払いながら声のした方向を向くと、ロックマンはいつものパソコンの隣に立っていた。

「ラッシュは何重にもパスワードをかけたフォルダの中に閉じ込めたから、邪魔は入らないよ。」

ロックマンが立っている隣にあるパソコンの画面には、一つのフォルダが表示されている。
そのフォルダの画像はただのフォルダの画像ではなく、中央に南京錠の絵が描かれていて、何の手段もなく開けられることを明らかに拒んでいる画像だった。
まるで何かを閉じ込めるかのような画像で表示されているフォルダの中身は、今朝メイルの元から姿を消した犬型プログラム――ラッシュだ。
メイルは、ラッシュが勘よく何処かへ逃げたのだとばかり思っていたが、事実はそうでなく、ラッシュは今から一時間ほど前にロックマンからの“頼みたい事がある”という言葉で連れ出され、簡単には開けられないフォルダの中に閉じ込められてしまっていたのだ。
その手口の鮮やかさには、共犯であり主犯でもある熱斗も多少驚きを隠せなかったし、やはり多少の罪悪感もあった。
だがそれでも、その不憫な姿を見るたびに、薄気味悪い笑みが湧きあがってきてしまうのだ。
自分とメイル、ロックマンとロールの世界に、お前は要らない、だからそこで永遠に凍結していればいい、と。

平然と佇むロックマンの姿を見て、その隣のパソコンを見て、パソコンの中のフォルダを見つめて、薄っすらと気味の悪い笑みを浮かべた熱斗は、ようやくロックマンに返事を――メイルと交わした約束を確認する。

「……あぁ、約束したもんな、早い内にそっちに行くから、って……。」

熱斗はPETを左肩のホルダーにセットし直すと、生活に必要な最低限のものと、これからの行動に必要な物だけ入れた、普段より少し大きな鞄を持って自室を後にした。
先ほどはあれほど躊躇していたというのに、実際に一度足を踏み出してしまうと、途中で止まることがとても勿体なく、とても面倒で、絶対に考えられないほど愚かな行為に思えるのはどうしてだろうか。
ドタドタと慌ただしく階段を下りて、リビングの中を通り、玄関に向かう。
階段を下りた時と同じ慌ただしさで靴を履いて、外につながる扉に手をかけた、その瞬間、

「あら? 熱斗、どこにいくの?」

熱斗は後ろから、母親のはる香に呼びとめられた。
といっても、それは誤算とまではいかないし、子供が一人で出かける時に親に行き先を教えていくというとても普通の行為だと、熱斗は知っている。
しかしこの時ばかりは、その何時も通りの事が酷く気に障って、酷く目障りな気がしてきた。
小学六年生という反抗期混じりの歳にしては親と仲の良い熱斗には珍しい感情だ。

それでも、ここで明らかにおかしな態度や、見え見えの嘘を吐いてしまっては、先に進む事は出来ないだろう。
だから熱斗はいつものように軽く振りかえり、いつもと変わらない明るく元気な声を出して答えた。

「メイルちゃんの家! 帰りは遅くなるから!」

帰る気なんて無いし、遅いというのも普通の“夜には帰る”という意味ではないけれど、という言葉は吐かずに飲み込んでおく。
そして、確かに本音は言っていないが、別に嘘は吐いていない、という言い訳を、間違った自分から正しい自分へ、正しい自分を間違った自分の理想の色に染め上げるように続けるのだ。
それでも残る微かな迷いは、はる香が自分を引き止めてくれる事を望んでいるようで、どちらが本当の自分か分からなくなったような不自然な感覚に、熱斗は少しだけ胸を痛める。
けれど、幸か不幸か、はる香はそれに気付かない。

「そうなの、わかったわ。あんまりご迷惑にならないようにね?」

一瞬、声が詰まった。
しかしここで言葉を詰まらせる訳にはいかない熱斗はすぐにその気持ちを抑え、

「あ、うん! 勿論!」

と、今の自分にできる限りの明るい声ではる香の言葉に同意を示した。
迷惑なんてレベルじゃ無いかもしれないけど……ね、という言葉は、やはり一文字も零さずに飲み込んでおいて。
そして、

「じゃあ、いってらっしゃい。」

僅かな罪悪感が心を刺す中で、母親のいつも通りの――今までの生活の全てを象徴するかのような朗らかな声を背中に受けながら、熱斗は玄関のドアを開き、外へと踏み出した。
その後はもう、今までの葛藤は何だったのかと思う程簡単に、熱斗はメイルの家の方角へと足を急がせるのであった。
6/20ページ