Re_そばにいて……
実際、炎山は先ほどのやり取りについて、酷い後悔を覚えていた。
怯える子供、怯む親の姿を思い出すと、最初は笑いだしたいような高揚感に襲われたのだが、その高揚感はいまだ降る雪に冷やされたかの様に徐々に冷めて、覚めて、醒めて、いつの間にか後悔に変わり、炎山を暗い海の底に繋ぐ鎖と化していたのだ。
ふと冷静になった瞬間、他人が傷付いて喜んでいた自分を客観視した炎山は、その自分の醜さに唖然とし、そして恐怖を抱いた。
他人を傷付けて喜ぶ、他人を不幸にして喜ぶ、それはまるで、自分が今まで裁いてきた悪人の様で、激しい後悔が炎山を襲う。
あの親子は、自分のせいで楽しいはずのクリスマスを台無しにされた。
近くで見ていたカップルも、きっと心の何処かに暗い影を落としながらクリスマスを過ごす。
あの子供に明確な悪意など無かった事は、少し考えればわかった事だろうに、と思うと、炎山は自分の醜さが嫌になるどころか、自分自体が嫌になり、今すぐにでも何処かに消えてしまいたいような、そんな思いに駆られた。
やがて、肥大した後悔は炎山の足を止め、炎山はその場にしゃがみ込む。
歩道の端で一見何の理由も無くしゃがみ込む炎山を、通行人の一部が怪訝そうな顔で見ながら通り過ぎていくが、炎山にはもはやそれを気にする余裕など無かった。
しゃがみ込んで頭を抱える炎山を見て、ブルースもまた後悔に襲われていた。
もし自分が今日この日に外出を促さなければ、炎山はこんな目には遭わなかったのではないだろうか? 幸せではないが不幸でもない気持ちのまま、今日を何の変哲もない平日として過ごす事ができていたのではないだろうか?
そう思うと、自分がした事に自信が持てないどころか、炎山に対して申し訳ない思いで思考回路が満たされていく。
だが、ブルースはそこで全てを放棄するようなことはしなかった。
頭を抱えてしゃがんだまま動かない炎山に、ブルースは静かな声である提案をする。
「炎山様、この近くに人気のない公園があります。そこで休憩いたしませんか?」
自分に関係の無い人々の騒めきの中にブルースの声を聞き取った炎山は、頭を抱えていた両手を下ろしてゆっくりと立ち上がった。
そして、それまで地面に向けていた疲労の目立つ視線をブルースに向ける。
ブルースは、しっかりと炎山を見つめ返した。
普段と違う雰囲気を放つビジネス街の中で、普段と変わりないブルースの姿、表情を見て、炎山は少し落ち着きを取り戻し、やがてほんの少しだけ、自嘲の様に疲れた笑みを見せる。
それは悲しげで痛々しく感じられたが、ブルースは炎山から視線を逸らそうとはしない。
炎山は、小さな溜息を吐いてから言った。
「……あぁ、そうだな……その公園までナビゲートしてくれ。」
「はい、炎山様。まずは、この道を五十メートル程直進してください。」
ブルースは飽く迄も普段通りの返事をして、現在地から公園までの最短ルートを検索し、それを炎山に伝える。
その声は今の炎山にとって、最後の希望にも等しく尊いものに思えていた、という事を、ブルースはまだ知らない。
炎山は、ブルースが道順をナビゲートする声を聴きながら、人気のない公園に向けて歩き始めた。
公園までの道は、短いとは言えないが長いとも言えないもので、歩いた道の総距離は一キロメートル前後といったところだった。
公園はビジネス街からほんの少し外に出た位置にあり、本来ならクリスマスムードに浮かれたカップル達がうろついていてもおかしくない様に思われたが、実際に着いてみればそれは本当に人気のない公園だった。
ビジネス街に沢山飾り付けられていたクリスマス飾りのようなものは此処には一つも無く、明かりと言えば普段からある街灯が数本あるだけという質素なこの場所には、カップルはおろかホームレスすらいない。
ビジネス街の近くにこんな場所があったとは、と思いながら、炎山は雪の降り積もった公園の中に足を踏み入れ、普段通りの街灯と、それと変わらない高さの質素な時計塔に挟まれた木製のベンチに近づき、積もった雪を軽く払ってからそのベンチに腰掛けた。
公園の前の道は人通りだけでなく車両の往来もほとんど無く、聞こえてくるのは、一分ごとに一目盛だけ進む時計の針が動くカチッ、という機械的な音だけ。
世間から忘れられたように寂れた公園に、炎山は自然と今の自分を重ねる。
社内にいればまだ、自分はこの社会の歯車の一つなのだと感じ、自分はこの社会の一員だと思う事ができるが、その社内から一歩外に出れば自分はこの公園と同じで、他者にとって大した価値がある物ではない。
それを思うと、炎山はどうしようもなく悲しくなった。
そして、悲しいと思っている自分を嫌悪する。
自分が社会の――会社を動かすための歯車でしかない事など、小学生になるよりも前から分かっていた事で、今更悲しむべき事ではないし、悲しむ事は許されていない。
自分の使命は、この社会の為の歯車であり続ける事であり、自分だけの生き甲斐を探す事ではないし、それを認めてもらう事でもない。
それは幼い頃に納得した生き方のはずで、自分の宿命だと分かっているというのに、この瞬間の炎山は、心の何処かでそれに納得する事ができずにいた。
抑え込んだはずの幼さが、社会の部品であり続ける事が本当に自分の望みなのか? 例えば光 熱斗の様に、社会貢献はそこそこに、自分の為に生きたいとは思わないのか? と、問いかけてくる。
大人相応であろうとする炎山は、それをまるで悪魔の囁きの様に感じた。
弱さの象徴のように思った。
怯える子供、怯む親の姿を思い出すと、最初は笑いだしたいような高揚感に襲われたのだが、その高揚感はいまだ降る雪に冷やされたかの様に徐々に冷めて、覚めて、醒めて、いつの間にか後悔に変わり、炎山を暗い海の底に繋ぐ鎖と化していたのだ。
ふと冷静になった瞬間、他人が傷付いて喜んでいた自分を客観視した炎山は、その自分の醜さに唖然とし、そして恐怖を抱いた。
他人を傷付けて喜ぶ、他人を不幸にして喜ぶ、それはまるで、自分が今まで裁いてきた悪人の様で、激しい後悔が炎山を襲う。
あの親子は、自分のせいで楽しいはずのクリスマスを台無しにされた。
近くで見ていたカップルも、きっと心の何処かに暗い影を落としながらクリスマスを過ごす。
あの子供に明確な悪意など無かった事は、少し考えればわかった事だろうに、と思うと、炎山は自分の醜さが嫌になるどころか、自分自体が嫌になり、今すぐにでも何処かに消えてしまいたいような、そんな思いに駆られた。
やがて、肥大した後悔は炎山の足を止め、炎山はその場にしゃがみ込む。
歩道の端で一見何の理由も無くしゃがみ込む炎山を、通行人の一部が怪訝そうな顔で見ながら通り過ぎていくが、炎山にはもはやそれを気にする余裕など無かった。
しゃがみ込んで頭を抱える炎山を見て、ブルースもまた後悔に襲われていた。
もし自分が今日この日に外出を促さなければ、炎山はこんな目には遭わなかったのではないだろうか? 幸せではないが不幸でもない気持ちのまま、今日を何の変哲もない平日として過ごす事ができていたのではないだろうか?
そう思うと、自分がした事に自信が持てないどころか、炎山に対して申し訳ない思いで思考回路が満たされていく。
だが、ブルースはそこで全てを放棄するようなことはしなかった。
頭を抱えてしゃがんだまま動かない炎山に、ブルースは静かな声である提案をする。
「炎山様、この近くに人気のない公園があります。そこで休憩いたしませんか?」
自分に関係の無い人々の騒めきの中にブルースの声を聞き取った炎山は、頭を抱えていた両手を下ろしてゆっくりと立ち上がった。
そして、それまで地面に向けていた疲労の目立つ視線をブルースに向ける。
ブルースは、しっかりと炎山を見つめ返した。
普段と違う雰囲気を放つビジネス街の中で、普段と変わりないブルースの姿、表情を見て、炎山は少し落ち着きを取り戻し、やがてほんの少しだけ、自嘲の様に疲れた笑みを見せる。
それは悲しげで痛々しく感じられたが、ブルースは炎山から視線を逸らそうとはしない。
炎山は、小さな溜息を吐いてから言った。
「……あぁ、そうだな……その公園までナビゲートしてくれ。」
「はい、炎山様。まずは、この道を五十メートル程直進してください。」
ブルースは飽く迄も普段通りの返事をして、現在地から公園までの最短ルートを検索し、それを炎山に伝える。
その声は今の炎山にとって、最後の希望にも等しく尊いものに思えていた、という事を、ブルースはまだ知らない。
炎山は、ブルースが道順をナビゲートする声を聴きながら、人気のない公園に向けて歩き始めた。
公園までの道は、短いとは言えないが長いとも言えないもので、歩いた道の総距離は一キロメートル前後といったところだった。
公園はビジネス街からほんの少し外に出た位置にあり、本来ならクリスマスムードに浮かれたカップル達がうろついていてもおかしくない様に思われたが、実際に着いてみればそれは本当に人気のない公園だった。
ビジネス街に沢山飾り付けられていたクリスマス飾りのようなものは此処には一つも無く、明かりと言えば普段からある街灯が数本あるだけという質素なこの場所には、カップルはおろかホームレスすらいない。
ビジネス街の近くにこんな場所があったとは、と思いながら、炎山は雪の降り積もった公園の中に足を踏み入れ、普段通りの街灯と、それと変わらない高さの質素な時計塔に挟まれた木製のベンチに近づき、積もった雪を軽く払ってからそのベンチに腰掛けた。
公園の前の道は人通りだけでなく車両の往来もほとんど無く、聞こえてくるのは、一分ごとに一目盛だけ進む時計の針が動くカチッ、という機械的な音だけ。
世間から忘れられたように寂れた公園に、炎山は自然と今の自分を重ねる。
社内にいればまだ、自分はこの社会の歯車の一つなのだと感じ、自分はこの社会の一員だと思う事ができるが、その社内から一歩外に出れば自分はこの公園と同じで、他者にとって大した価値がある物ではない。
それを思うと、炎山はどうしようもなく悲しくなった。
そして、悲しいと思っている自分を嫌悪する。
自分が社会の――会社を動かすための歯車でしかない事など、小学生になるよりも前から分かっていた事で、今更悲しむべき事ではないし、悲しむ事は許されていない。
自分の使命は、この社会の為の歯車であり続ける事であり、自分だけの生き甲斐を探す事ではないし、それを認めてもらう事でもない。
それは幼い頃に納得した生き方のはずで、自分の宿命だと分かっているというのに、この瞬間の炎山は、心の何処かでそれに納得する事ができずにいた。
抑え込んだはずの幼さが、社会の部品であり続ける事が本当に自分の望みなのか? 例えば光 熱斗の様に、社会貢献はそこそこに、自分の為に生きたいとは思わないのか? と、問いかけてくる。
大人相応であろうとする炎山は、それをまるで悪魔の囁きの様に感じた。
弱さの象徴のように思った。