Re_そばにいて……
季節は冬、外は薄暗く、白く軽い雪が柔らかく降り注ぎ地面を白く染め、中高生と思わしき若者達が帰路に着き始める午後五時頃。
冷たい風に吹かれる事も、白い雪が舞い込む事も無い、管理された環境――高層ビルの上層階の一室で、彼――伊集院 炎山は、相棒のネットナビ――ブルースと共に、IPC副社長としての仕事をこなしていた。
このビルはニホンにあるIPC本社のビルで、そして此処はIPC副社長室。
炎山の座る大型で黒い革張りの椅子の背後は、丈夫な鉄筋と分厚いガラスで作られた透明な壁となっていて、外の様子が一望できるのだが、炎山がそれに目を向ける様子は無い。
自分の視界を取り囲むように設置した机の上の三台のパソコンのディスプレイと向き合い、視界の中央に置いたキーボードに指を走らせて、開発室や会議室から送られてくる膨大な報告書、企画書に目を通している炎山にそのような暇は無いのだ。
そんな状況を、炎山が見ているパソコンのディスプレイの電脳の中で、そのディスプレイに映っている書類データと同じデータを見ているブルースは密かに憂慮していていた。
というのも、年の瀬が近い為に仕事が多いせいなのか、最近の炎山はどうにも顔色が、そして表情が優れない事が多いからである。
と言ってもそれは、このビルの中でまるで機械のように淡々と働く大人の社員達や、基本的には仕事の事で頭がいっぱいの秀石は気付かない程度の小さな変化であるし、飽く迄も表情が優れないだけで仕事の効率や身体的な健康状態には一切問題が無いので、周囲の大人達は炎山に対して何も働きかけようとはしない。
しかし、炎山が小さな頃からずっとその傍にいて、父親や母親以上に長くその成長を見守り、仕事そのものよりも炎山自身をサポートしたいと思っているブルースには、その小さな変化がずっと気にかかっているのだ。
特に、あの光 熱斗とその仲間達と出会い、炎山が熱斗達に信頼を置き始め、更には自分と炎山の関係が、ただの道具とそのユーザー、という関係で無くなって来た頃からは、ブルースにとっては気付くなと言う方が無理な話である程に、炎山の微かな不調はその頻度と度合いを増していて、ブルースは度々その原因に思いを巡らせてきた。
結論から言って、炎山の微かな不調の原因は主に、ある二つの事象が複雑に絡まり合った結果だ、とブルースは考えている。
その一つが、十にも満たない幼さの頃に大人の世界に放り込まれて、早すぎる段階で幼児性を無理矢理棄てられた事であるのは、もはや言うまでもないかもしれない。
だが、もう一つの事象が、熱斗達と出会い、交流するようになった事であるというのは、ブルースもつい最近行き当たったばかりであった。
勿論、これは熱斗達が悪いという訳ではなく、熱斗達との接触は炎山にとって基本的にプラスの事象であるとブルースも思っている。
だが、炎山が今の年齢――十代前半でありながら大人相応として生きる為には、少しマイナスの事象だったのかもしれない、と言えない事もない事に、ブルースは気が付いたのだ。
つまりどういう事かというと、最近の炎山の微かな不調の原因は、幼い頃に大人の世界に放り出された事で一度は蓋をされた幼児性――実年齢に沿った子供らしさが、最近になって熱斗達という実年齢相応の生き方をしている少年少女に出会ってその生き様を知ってしまったが故に、今再び顔を覗かせようとしており、しかし一度は大人相応として周囲に認知されてしまった立場上それを安易に露出させる事ができず、炎山自身が再び蓋をしようと必死になっている為、子供として認められたい欲求と、大人相応としての立場を保たなければいけないという義務感の間で板挟みになっている事にある、という事である。
しかも、炎山のいる大人相応という立場は、普通の大人の立場よりも過酷な立場であり、ただ意思の無い機械のように仕事をこなして社会に奉仕する事を強要し続け、他人を頼る事を許さない姿勢を強く示すものだから、このままたった独りでその荒波に揉まれ続ければ、例え炎山と言えどいつかは壊れてしまうのではないかとブルースは心配しているのだ。
そして、今日は十二月二十四日という日付の事もあり、ブルースは炎山の今の状況と、決して表には出てこないその胸の内を想像すると、まるで自分の事のように胸が痛むのを感じていた。
十二月二十四日――クリスマスイヴ。
今頃、多くの子供達は家族か友人と共に、ニホン特有の本番より一日早いクリスマスパーティーに興じているだろうに、炎山はクリスマスのクの字も無いこの部屋で仕事をしている。
だからブルースは、何か一つ、ほんの少しでもいいから、炎山にも子供の頃のクリスマスの思い出となるような何かを作る事ができないかと思案しているのだ。
とはいえ、今更熱斗達を頼る訳にもいかないであろうし、周囲の大人達は頼ってみたところでそれを受諾してはくれないだろう。
特に、親でありながらも炎山の事を仕事の道具あるいは自分の仕事の後継者としか思っていないであろう秀石に頼むのは以ての外であるし、そもそも自分にそんな事は恐れ多くて出来はしない。
だが、自分一人で何ができるというのか、ブルースは仕事をこなしながら密かに悩む。
そして、炎山は黙々と仕事を続ける。
そんな時だった。
冷たい風に吹かれる事も、白い雪が舞い込む事も無い、管理された環境――高層ビルの上層階の一室で、彼――伊集院 炎山は、相棒のネットナビ――ブルースと共に、IPC副社長としての仕事をこなしていた。
このビルはニホンにあるIPC本社のビルで、そして此処はIPC副社長室。
炎山の座る大型で黒い革張りの椅子の背後は、丈夫な鉄筋と分厚いガラスで作られた透明な壁となっていて、外の様子が一望できるのだが、炎山がそれに目を向ける様子は無い。
自分の視界を取り囲むように設置した机の上の三台のパソコンのディスプレイと向き合い、視界の中央に置いたキーボードに指を走らせて、開発室や会議室から送られてくる膨大な報告書、企画書に目を通している炎山にそのような暇は無いのだ。
そんな状況を、炎山が見ているパソコンのディスプレイの電脳の中で、そのディスプレイに映っている書類データと同じデータを見ているブルースは密かに憂慮していていた。
というのも、年の瀬が近い為に仕事が多いせいなのか、最近の炎山はどうにも顔色が、そして表情が優れない事が多いからである。
と言ってもそれは、このビルの中でまるで機械のように淡々と働く大人の社員達や、基本的には仕事の事で頭がいっぱいの秀石は気付かない程度の小さな変化であるし、飽く迄も表情が優れないだけで仕事の効率や身体的な健康状態には一切問題が無いので、周囲の大人達は炎山に対して何も働きかけようとはしない。
しかし、炎山が小さな頃からずっとその傍にいて、父親や母親以上に長くその成長を見守り、仕事そのものよりも炎山自身をサポートしたいと思っているブルースには、その小さな変化がずっと気にかかっているのだ。
特に、あの光 熱斗とその仲間達と出会い、炎山が熱斗達に信頼を置き始め、更には自分と炎山の関係が、ただの道具とそのユーザー、という関係で無くなって来た頃からは、ブルースにとっては気付くなと言う方が無理な話である程に、炎山の微かな不調はその頻度と度合いを増していて、ブルースは度々その原因に思いを巡らせてきた。
結論から言って、炎山の微かな不調の原因は主に、ある二つの事象が複雑に絡まり合った結果だ、とブルースは考えている。
その一つが、十にも満たない幼さの頃に大人の世界に放り込まれて、早すぎる段階で幼児性を無理矢理棄てられた事であるのは、もはや言うまでもないかもしれない。
だが、もう一つの事象が、熱斗達と出会い、交流するようになった事であるというのは、ブルースもつい最近行き当たったばかりであった。
勿論、これは熱斗達が悪いという訳ではなく、熱斗達との接触は炎山にとって基本的にプラスの事象であるとブルースも思っている。
だが、炎山が今の年齢――十代前半でありながら大人相応として生きる為には、少しマイナスの事象だったのかもしれない、と言えない事もない事に、ブルースは気が付いたのだ。
つまりどういう事かというと、最近の炎山の微かな不調の原因は、幼い頃に大人の世界に放り出された事で一度は蓋をされた幼児性――実年齢に沿った子供らしさが、最近になって熱斗達という実年齢相応の生き方をしている少年少女に出会ってその生き様を知ってしまったが故に、今再び顔を覗かせようとしており、しかし一度は大人相応として周囲に認知されてしまった立場上それを安易に露出させる事ができず、炎山自身が再び蓋をしようと必死になっている為、子供として認められたい欲求と、大人相応としての立場を保たなければいけないという義務感の間で板挟みになっている事にある、という事である。
しかも、炎山のいる大人相応という立場は、普通の大人の立場よりも過酷な立場であり、ただ意思の無い機械のように仕事をこなして社会に奉仕する事を強要し続け、他人を頼る事を許さない姿勢を強く示すものだから、このままたった独りでその荒波に揉まれ続ければ、例え炎山と言えどいつかは壊れてしまうのではないかとブルースは心配しているのだ。
そして、今日は十二月二十四日という日付の事もあり、ブルースは炎山の今の状況と、決して表には出てこないその胸の内を想像すると、まるで自分の事のように胸が痛むのを感じていた。
十二月二十四日――クリスマスイヴ。
今頃、多くの子供達は家族か友人と共に、ニホン特有の本番より一日早いクリスマスパーティーに興じているだろうに、炎山はクリスマスのクの字も無いこの部屋で仕事をしている。
だからブルースは、何か一つ、ほんの少しでもいいから、炎山にも子供の頃のクリスマスの思い出となるような何かを作る事ができないかと思案しているのだ。
とはいえ、今更熱斗達を頼る訳にもいかないであろうし、周囲の大人達は頼ってみたところでそれを受諾してはくれないだろう。
特に、親でありながらも炎山の事を仕事の道具あるいは自分の仕事の後継者としか思っていないであろう秀石に頼むのは以ての外であるし、そもそも自分にそんな事は恐れ多くて出来はしない。
だが、自分一人で何ができるというのか、ブルースは仕事をこなしながら密かに悩む。
そして、炎山は黙々と仕事を続ける。
そんな時だった。
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