Re_夢の中で貴方に会うから
時刻は午前四時、空はまだ十分暗く、星が幾つか光っているのが見える。
夜空と星といえば、なんとなく思いだすのはあと二ヶ月程度先の七夕の事だが、その七夕をロマンチックと思わなくなったのはいつの事だっただろう?
……ああ、そうだ、熱斗に振られた年の七月からだ、という事を思い出し、メイルは小さく苦笑する。
一年に一度の逢瀬というのは、昔はとても素敵な事に思えて、昔は毎年彦星と織姫を応援する気持ちで過ごしていたものだったが、そんな事は自分がもっと恵まれた立場にいるから言える事だと、メイルは一年ほど前に気付いてしまったのだ。
それに、聞けば星の寿命は人間の寿命よりはるかに長く、人間の一年に一度とは訳が違い、星にとって一年に一度など毎日会っているにも等しいものだというから、余計にしらけてしまう。
いや、しらけるだけならまだいいが、あまりこうやって考えていると、徐々に嫉ましくさえなってくるのだから救いが無い、とメイルは思い、小さなため息を吐いた。
ベランダの柵に両腕を乗せ、身体の重みのほとんどを柵に預けて空を見上げる。
空はまだ濃い青色をしており、夜の成分が残っているのが分かる。
メイルは、このまま夜が明けなければいいかもしれない、と思うと同時に、あんな夢を見るぐらいなら夜などさっさと終わってしまえばいい、と思うという、少し矛盾した考えを抱きながら、もう一度溜息を吐いた。
柔らかいが冷たい風が再びメイルの頬や髪、身体を撫でるように流れていく。
メイルは誰にも聞こえないような小さな声で、自分だけに問いかけるように呟いた。
「……私、まだ熱斗の事……好き、なのかな……。」
通う高校が女子校という事もあってか、メイルにはまだ恋人、彼氏と呼べるような男性は存在しない。
それでも近くの別の高校に通う男子から言い寄られる事が無い訳ではなかったが、メイルはどうにもそれらに関わる気になれず、誘いは常に断るようにしてきた。
周囲の女子生徒は、メイルなら良い彼氏ができる、高校生なら誰かと付き合ってこそ、試しに誰かと付き合ってみるべき、などと言うが、メイルはどうにもそれらの言葉を信じたり、従って行動したりする気にはなれずにいる。
こんなではいずれ行き遅れになってしまう、と思わない事も無かったが、だからと言ってそこに好きだという感情が無い状態で誰かにとりあえずついて行ってみるという事は、メイルにはできなかった。
そうして、それについて、どうしてだろう? と考えると、いつも脳裏に浮かび上がるのは熱斗の事なのだ。
どんな男子、男性を見ても、熱斗を見詰めていた時のような心の昂りは一切感じず、言い寄られると迷惑とすら感じる自分がいる。
それがいるうちは、自分は新しい恋などできないのだろう、とメイルはいつも考えていた。
それでも、いつかは熱斗に匹敵する誰かが現れるだろう、と思うが、そう思うたび、やはり熱斗が自分の恋愛の基準になっている自分に気付いて、メイルはやるせなくなる。
ベランダから見える、自分の家の少し先にある熱斗の家の屋根を見詰めながら、こんな自分は熱斗だって望んでいないだろうに……と考えて、いや今更熱斗が自分の事を考えてくれている訳が無い、と思いなおす。
嗚呼駄目だ、考える事全てが熱斗を基準にしている、それに気づいた時、メイルの頬に一筋の涙が伝った。
メイルは咄嗟にパジャマの袖でその涙を拭い、泣いてはいけない、と自分に言い聞かせる。
泣けば、あの日のようにロールに心配をかけて、自分の為にロックマンを諦めてくれたロールにも辛い思いをさせてしまう。
だから、泣いてはいけない、と、メイルは強く自分に言い聞かせた。
気が付くと、空は少しだけ明るくなっていて、メイルの家の周囲がさっきより広く見えるようになっている。
熱斗の家は勿論、デカオの家ややいとの家、透の家や秋原小学校、ヒグレヤや公園も見えた。
だが、メイルにはそれが、まるで異国の街のように感じられてしまう。
特に、秋原小学校とヒグレヤ、公園はもはや自分には関係の無い、何処か遠い世界のように感じられる。
と言うのも、メイルは熱斗への想いを思い出せない為に、それらの施設を極力避けてこの二年間生活してきたからだ。
メイルは、熱斗と決別すると同時に、それまでの思い出との決別も決めたのだ。
そのおかげか、メイルは此処二年間程、熱斗と街中で偶然出くわす事も無く過ごしている。
……それなのに、何故? という思いがメイルの胸を過る。
何故自分は熱斗本人は勿論、その思い出のある場所にさえ近づいていないというのに、時よりこうして夢に出てくるのだろうか? メイルには分からない。
いや、分からないというのは少し間違いで、分かりたくないというのが本音だろう。
それを分かって、理解して、認めてしまえば、メイルはもう明るく振る舞えない、それをなんとなく分かっているのだ。
空は徐々に明るくなり、風も徐々に暖かくなる。
眩しい日差しは生きとし生けるものの希望とされているが、今日のメイルにはあまりそうは思えなかった。
夜という暗闇に閉ざされていた世界を照らす太陽を見ていると、やはり、熱斗を思い出してしまうのだ。
熱斗は今どうしているだろう? 今はきっとまだ夢の中にいるのだろう。
だとしたら何時頃に起きるのだろうか? 熱斗を起こすのは誰だろう、ロックマンか、それとも母親のはる香か、はたまたもう一人で起きられるようになっているのだろうか?
熱斗の事だから、きっと学校に行く時間は少し遅めで、遅刻ギリギリなのだろうが、もしかしたらその癖も今は直っているかもしれない。
もう、自分の知っている熱斗はいないかもしれない、けれども――……。
逢いたい、その一言を必死の思いで飲み込んで、メイルは日差しに背を向けた。
一度閉めたベランダと自室を繋ぐ窓をゆっくりと開けて、室内に戻る。
時刻は午前四時二十分、二度寝をするには少し遅い時間になってしまっている。
それに、再び眠る事はまた熱斗の夢を見てしまう事につながりそうで少し怖い。
だからメイルは静かに窓を閉めると、なるべく音を立てないようにして自室と廊下を繋ぐ扉まで歩き、その扉を静かに開けた。
End.
夜空と星といえば、なんとなく思いだすのはあと二ヶ月程度先の七夕の事だが、その七夕をロマンチックと思わなくなったのはいつの事だっただろう?
……ああ、そうだ、熱斗に振られた年の七月からだ、という事を思い出し、メイルは小さく苦笑する。
一年に一度の逢瀬というのは、昔はとても素敵な事に思えて、昔は毎年彦星と織姫を応援する気持ちで過ごしていたものだったが、そんな事は自分がもっと恵まれた立場にいるから言える事だと、メイルは一年ほど前に気付いてしまったのだ。
それに、聞けば星の寿命は人間の寿命よりはるかに長く、人間の一年に一度とは訳が違い、星にとって一年に一度など毎日会っているにも等しいものだというから、余計にしらけてしまう。
いや、しらけるだけならまだいいが、あまりこうやって考えていると、徐々に嫉ましくさえなってくるのだから救いが無い、とメイルは思い、小さなため息を吐いた。
ベランダの柵に両腕を乗せ、身体の重みのほとんどを柵に預けて空を見上げる。
空はまだ濃い青色をしており、夜の成分が残っているのが分かる。
メイルは、このまま夜が明けなければいいかもしれない、と思うと同時に、あんな夢を見るぐらいなら夜などさっさと終わってしまえばいい、と思うという、少し矛盾した考えを抱きながら、もう一度溜息を吐いた。
柔らかいが冷たい風が再びメイルの頬や髪、身体を撫でるように流れていく。
メイルは誰にも聞こえないような小さな声で、自分だけに問いかけるように呟いた。
「……私、まだ熱斗の事……好き、なのかな……。」
通う高校が女子校という事もあってか、メイルにはまだ恋人、彼氏と呼べるような男性は存在しない。
それでも近くの別の高校に通う男子から言い寄られる事が無い訳ではなかったが、メイルはどうにもそれらに関わる気になれず、誘いは常に断るようにしてきた。
周囲の女子生徒は、メイルなら良い彼氏ができる、高校生なら誰かと付き合ってこそ、試しに誰かと付き合ってみるべき、などと言うが、メイルはどうにもそれらの言葉を信じたり、従って行動したりする気にはなれずにいる。
こんなではいずれ行き遅れになってしまう、と思わない事も無かったが、だからと言ってそこに好きだという感情が無い状態で誰かにとりあえずついて行ってみるという事は、メイルにはできなかった。
そうして、それについて、どうしてだろう? と考えると、いつも脳裏に浮かび上がるのは熱斗の事なのだ。
どんな男子、男性を見ても、熱斗を見詰めていた時のような心の昂りは一切感じず、言い寄られると迷惑とすら感じる自分がいる。
それがいるうちは、自分は新しい恋などできないのだろう、とメイルはいつも考えていた。
それでも、いつかは熱斗に匹敵する誰かが現れるだろう、と思うが、そう思うたび、やはり熱斗が自分の恋愛の基準になっている自分に気付いて、メイルはやるせなくなる。
ベランダから見える、自分の家の少し先にある熱斗の家の屋根を見詰めながら、こんな自分は熱斗だって望んでいないだろうに……と考えて、いや今更熱斗が自分の事を考えてくれている訳が無い、と思いなおす。
嗚呼駄目だ、考える事全てが熱斗を基準にしている、それに気づいた時、メイルの頬に一筋の涙が伝った。
メイルは咄嗟にパジャマの袖でその涙を拭い、泣いてはいけない、と自分に言い聞かせる。
泣けば、あの日のようにロールに心配をかけて、自分の為にロックマンを諦めてくれたロールにも辛い思いをさせてしまう。
だから、泣いてはいけない、と、メイルは強く自分に言い聞かせた。
気が付くと、空は少しだけ明るくなっていて、メイルの家の周囲がさっきより広く見えるようになっている。
熱斗の家は勿論、デカオの家ややいとの家、透の家や秋原小学校、ヒグレヤや公園も見えた。
だが、メイルにはそれが、まるで異国の街のように感じられてしまう。
特に、秋原小学校とヒグレヤ、公園はもはや自分には関係の無い、何処か遠い世界のように感じられる。
と言うのも、メイルは熱斗への想いを思い出せない為に、それらの施設を極力避けてこの二年間生活してきたからだ。
メイルは、熱斗と決別すると同時に、それまでの思い出との決別も決めたのだ。
そのおかげか、メイルは此処二年間程、熱斗と街中で偶然出くわす事も無く過ごしている。
……それなのに、何故? という思いがメイルの胸を過る。
何故自分は熱斗本人は勿論、その思い出のある場所にさえ近づいていないというのに、時よりこうして夢に出てくるのだろうか? メイルには分からない。
いや、分からないというのは少し間違いで、分かりたくないというのが本音だろう。
それを分かって、理解して、認めてしまえば、メイルはもう明るく振る舞えない、それをなんとなく分かっているのだ。
空は徐々に明るくなり、風も徐々に暖かくなる。
眩しい日差しは生きとし生けるものの希望とされているが、今日のメイルにはあまりそうは思えなかった。
夜という暗闇に閉ざされていた世界を照らす太陽を見ていると、やはり、熱斗を思い出してしまうのだ。
熱斗は今どうしているだろう? 今はきっとまだ夢の中にいるのだろう。
だとしたら何時頃に起きるのだろうか? 熱斗を起こすのは誰だろう、ロックマンか、それとも母親のはる香か、はたまたもう一人で起きられるようになっているのだろうか?
熱斗の事だから、きっと学校に行く時間は少し遅めで、遅刻ギリギリなのだろうが、もしかしたらその癖も今は直っているかもしれない。
もう、自分の知っている熱斗はいないかもしれない、けれども――……。
逢いたい、その一言を必死の思いで飲み込んで、メイルは日差しに背を向けた。
一度閉めたベランダと自室を繋ぐ窓をゆっくりと開けて、室内に戻る。
時刻は午前四時二十分、二度寝をするには少し遅い時間になってしまっている。
それに、再び眠る事はまた熱斗の夢を見てしまう事につながりそうで少し怖い。
だからメイルは静かに窓を閉めると、なるべく音を立てないようにして自室と廊下を繋ぐ扉まで歩き、その扉を静かに開けた。
End.