僕等の答え

メイルが悩んでいるのは誰が見ても明らかな事実で、熱斗の脳裏に拒絶への恐怖と不安が再び浮かび上がり始め、それが熱斗の表情をメイルの表情よりもずっと暗く沈んだものにしていく。
メイルが自分を受け入れてくれるというのはやはり、所詮は、自分の、勘違い、なのだろうか?
信じたくない考えが、音も立てずにじわじわと広がって胸を刺し、頭を殴り、囁いてくる、お前は所詮受け入れてもらえないよ、と。

「……駄目、かな? その……迷惑、とか……」

不安に締め付けられる熱斗の声は小さく、そして僅かに震えていた。
背筋が冷える、反応が怖い、駄目だと言われる事に怯えつつ、何故か期待する矛盾に心臓が締め付けられて息が詰まってくる。
もし、本当は俺を嫌っているのなら、今の内に突き放してください、中途半端に優しくしないでください……そんな、ある意味で攻撃的な考え――気の早い諦めにも似た思いさえ浮かんでしまう。
夢だけで終わる温度なら要らない、まだ引き返せる今の内に、凍え死んでしまうぐらい冷たく突き放してしまってくれ、さもないと、俺は――。

最初よりもずっと弱く、今にも泣き出しかねない小さな子供のような声に、メイルはハッとしてPET画面に意識と視線を向けた。
桃色のPETの画面に映る熱斗のその目は明らかに不安に震えていて、そんな顔をさせるつもりは無かったメイルは慌てて弁解に走る。

「ち、違うの!」

確かに少し違和感はあったが、それが嬉しいことであるのは事実で、駄目だなんてことは無いし迷惑だなんてことも無い。
メイルはPETを持っていない右手を画面の前で慌ただしく左右に振りながら弁解し、決して駄目だとか迷惑だとかではないことを必死にアピールする。
それが幾分は効いたのか、熱斗の表情は泣きそうではなくなっていた、が、やはり不安はまだ拭いきれていないことはメイルから見てもロールから見ても誰から見ても明らかだ。
熱斗から向けられる、真意を探ると同時に酷く怯えた視線がメイルの胸をありふれた罪悪感で刺す。

「ほら、普段は私が熱斗を誘う事の方が多かったから、熱斗から私の家に来たいなんて珍しいなぁーなんて思って、それだけで……だから、駄目だとか迷惑だとか、そんなことは全然無いの!」

むしろ、嬉しいぐらいなんだから! ……とまで言おうと思ったが、そこまで言うのはさすがに少し恥ずかしくて、やめておいた。
ともかく、自分の本心のまともなところを切り抜いた反論を終えると、メイルは熱斗がどう反応してくるのか注意深く窺うことにする。
画面に映る熱斗の表情は先ほどよりは随分まともになってきていたが、まだこちらを疑っているように見えてしまうのは、メイルがこの反論に多少の後ろめたさを感じているからなのか。

「……じゃあ、行っていいの?」
「ええ、もちろんよ!」

そう、確かに違和感はあったけれど、きっとそれはこの展開が何時か来てほしいけれど来る事はないだろうと思っていた夢物語だったものが現実になったという超展開だからであって、本当に拒否をする理由なんて無い。
呟くように弱く、相手の機嫌を窺うような下から目線の熱斗の問いかけに、その真意を知らないメイルは自信を持って受け入れの返事を出した。
するとその瞬間、ほんの一瞬だが熱斗が再び嬉しそうな顔をした、ように見えたが、それが事実かどうか確認する間もなく、熱斗は普段の生活では、いや、ネットセイバーとして戦っている時ですら見る事ができないようなとても真面目な顔でもう一度、

「本当に? 今すぐ、行っても、いいの?」

念には念を入れてと言わんばかりに、一語一語ゆっくりと訊き直した。
何時になく慎重に話を進める熱斗の態度に、メイルの脳裏をまたも違和感が走り抜ける。
やっぱり、今日の熱斗は何時もと違う気がする……そう思ったメイルだったが、先ほどのこともあってか、今度はそこで躊躇などしない。

「そうよ、何時でも来なさい!」

そんな違和感だけでは拒否をする理由にはならないし、そもそも自分はこの展開が嬉しい、だから覚悟は決めたとばかりに自信に満ち溢れたメイルの返事を聴いて、熱斗の表情が今度こそ本当に笑顔へ変わった。
何かに安堵したような柔らかさを感じる表情に、メイルもようやくホッと胸を撫で下ろす。
熱斗のその柔らかい笑顔が、本当はただの安堵ではなく、これから起こる事態を想像しただけで湧きあがる歪な喜びによる恍惚の表情だなど、少しも知らないままで。
なにはともあれ、メイルから受け入れの返事を貰う事ができた熱斗は、まるで、大好きな主人にじゃれつく子犬のような元気を急に取り戻す。

「ホント? よかったぁ……それじゃあ、なるべく早い内にそっちに行くからな!」
「えぇ、分かったわ。待ってるわね。」

やっといつもの元気な熱斗に戻ってくれた、と勘違いを起こしたままのメイルは自分も安心して明るく笑う。
その直後、熱斗は“また後で!”という言葉を残して電話を切った。
メイルのPET画面から熱斗の姿が消え、部屋の中に静寂が戻ってくる。

「よかったわね、メイルちゃん!」

メイルが珍しいお願いの余韻に浸っていると、肩の上にいたロールがさも楽しそうにそう言ってきた。
ロールも、熱斗は普段自分からこうしてメイルの傍に近付こうとすることが少ない事と、メイルがそれに若干のもどかしさを感じていた事をよく分かっており、自身もロックマンに対して同じような感想を抱えているのだ。
もうしばらく前なら、もう! 茶化さないでちょうだい! と返してもよかったロールの言葉が、今はなんだかくすぐったい。
熱斗が自分からこちらに来てくれる、しかも自宅と言う事は、以前のような科学省への協力なんかじゃ無く、本当に、幼馴染兼……恋人としての、理由で。
だからメイルは、

「うん、とっても嬉しい!」

少女らしい初々しさと、軽やかに踊るように心を弾ませた幸せいっぱいの笑顔で、そう答えた。
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