Re_夢の中で貴方に会うから

「ん? 何?」

話しかけられた熱斗は、昇降口に向けて廊下を歩くその歩みは止めないまま、顔を少しだけメイルの方に向けて応えた。
メイルも一緒に歩きながら、すこし控えめで、しかし神に縋るように切実な視線を熱斗に向ける。
熱斗は不思議なものを見るような目をメイルに向けたまま、自分から何かを話を続けようとはしないので、メイルは熱斗の声が少しでも多く聞けるような話題を必死になって探そうとする。
そろそろ廊下は下の階へ続く階段となる、もう腕を離さなければいけない、だから、腕の代わりに熱斗がそこにいると感じられるものを、声を聴ける話題を探さなくては、とメイルは必死に考えを巡らせるが、おかしな事に長く話せそうな話題は一切見つからない。
話題など探せば山ほどあるだろうと思っていたのに、例えば最近の熱斗の行動についてでも――……と思った瞬間、メイルは、自分は最近の熱斗の行動を一切知らない、という事に気付いた、否、気付いてしまった。
熱斗の日常の姿が想像できない、それを不安に思いつつも、それなら熱斗から直接近状を報告してもらえばいいと考える事でその不安を払いのけ、メイルは尋ねる。

「……熱斗……最近、どうしてるの?」
「最近? そうだなぁ……」

熱斗はどうしてそんな事を訊くのかと言いたげで不思議そうな顔を一瞬見せた後、すこし考え込む素振りを見せた。
メイルは自分の質問が少し大雑把過ぎたかと思い、またしても多少の不安に襲われながら熱斗の表情に注目する。
しょっちゅう一緒にいるはずなのに近状を尋ねるなど、自分はおかしな事をしてしまったのだろうか? という不安と、しかし熱斗ならばそんな細かい事は気にせず笑って答えてくれるはずだという期待に挟まれながらメイルは熱斗の言葉を待った。
しかし熱斗は中々口を開かない。
その間にも二人は廊下を歩き続けており、早くしないとそろそろ階段に着いてしまうという事をメイルが気にし始めた、その時、

「――。」

熱斗は笑顔になって、何か短い言葉を発するように口を動かした。
だが、何故かそこには熱斗の声は伴われておらず、メイルの耳には何の言葉も聞こえてこなかった。
メイルの表情が驚きと、そして得体のしれない恐怖に引き攣る。

「……えっ?」

熱斗が何をしたのか、あるいは自分の耳はどうして熱斗の声を聞きとれなかったのか、それらの訳が分からずに驚いたメイルの腕の力が弱まる。
その隙に、熱斗はメイルの腕の中から自分の腕を引き抜きメイルに背を向け、いつの間にか目の前に迫っていた階段を下り始めた。

「ま、待って!」

熱斗が行ってしまう、自分だけがこの場に取り残されてしまう、その恐怖を強く感じたメイルは焦って熱斗を追いかけるように階段に足を踏み出した。
だが、

「きゃっ!?」

メイルが足を踏み出した瞬間、コンクリートで出来ているはずの階段は、まるで液体あるいはゼリーのような柔らかい固体であったかのように歪み始めた。
踏み出した方の足は勿論、まだ踏み出していないはずのもう片方の足まで、メイルは徐々にその歪みに呑み込まれていく。

「嫌っ、なんで!?」

現実離れした現象に訳が分からなくなりながらも、自分が何らかの危機にさらされている事だけは理解したメイルは、咄嗟に熱斗へ助けを求め、その後ろ姿に手を伸ばす。

「熱斗!! 助けてっ!!」

しかし熱斗はメイルに背を向けたまま、メイルの足元とは違って一切歪みの無い階段を淡々と降りて行ってしまう。
まるで何事も無いように聞こえ続ける熱斗の足音は、メイルに対して、それは自分には関係ない、とでも言っているようだ。
やがて、熱斗は階段の下の踊り場に到着し、メイルには振り向く事無く踊り場をそのまま通過し、メイルがいる階段よりももっと下の階段を下り始めてしまった。
足音が徐々に遠のいて、やがて消えてゆく。
どうして、という言葉がメイルの頭に浮かんだが、その頃には口元まで階段の歪みに呑み込まれていたメイルにその言葉を発する事が出来ない。
階段に呑み込まれるという得体のしれない状況も怖かったが、熱斗がメイルを助ける事無く、振り返る事すらせずにメイルの視界から消えて行ってしまった事に何より愕然としながら、自分は此処で死ぬんだと直感したメイルは諦めたように両目を閉じて、階段の歪みに沈んでゆく。
やがて頭が呑み込まれ、熱斗に助けを求めた指先も呑み込まれ、メイルは階段から姿を消した。


それからどのくらい目を閉じていただろう、メイルはふと両目を開いた。
すると視界に映ったのは、放課後の秋原小学校ではなく、夕方のように暗い自室の風景で、メイルは一瞬訳が分からず周囲を見渡す。
そして、そこの部屋が確かに自室で、自分がいる場所がベッドの上である事に気が付いた時、メイルは今までの事が夢であった事にようやく気付き、小さな溜息を吐いた。
壁に掛けられた時計を見ると、時刻は午前三時五十八分をさしていて、薄い桃色のカーテンから入り込む日差しはまだまだ弱い。
ベッドの近くの壁を見ると、そこには現在通っている高校の制服が掛けられている。
メイルはしばし無言でその制服を眺めて、それからまた小さな溜息を零した。
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