Re_それは些細な幸せと大きな悲しみと共に

「昨日、バレンタインデーだったでしょ? それで私、昨日の帰りに熱斗に手作りのチョコレートを渡したんだけど……熱斗ったら、“サンキュ!” って言うだけで、他に何か無いの? って訊いても、“あぁ、ありがとうの方が良かったかな?”って言うのよ! 私もうホントに呆れちゃって……熱斗って鈍感だと思わない?」

サーチマンに口を挟む隙を与えない矢継ぎ早な発言の内容は、熱斗の事についてであり、とどのつまり恋愛相談だった。
メイルの表情は、女性が話し相手に絶対的な同意を求める時の表情になっていて、サーチマンは男性の真剣さとは別の、女性特有の剣幕に密かに気圧された。
まるでロールに迫られた時のロックマンが浮かべるような苦笑いを浮かべるサーチマンを、メイルは強い視線でじっと見つめている。
その視線が少し怖いと同時に大いに悲しくて、サーチマンは思わず視線を逸らしそうになるのを堪えながら答えた。

「はは……そうだな、光は確かに鈍感だな。」
「そうよね! 良かったわ、同じ意見の人がいて。」

サーチマンが自分の意見に同意してくれた事が嬉しかったのか、メイルは急に笑顔を取り戻しながら言った。
しかしサーチマンの方はというと、メイルのように明るく笑う気持ちにはなれず、苦笑いを続けたまま僅かに視線を泳がせている。
この時、サーチマンの心の中では様々な思いが渦巻いていたのだ。
そう、例えば、熱斗を鈍感扱いする割に、こちらの恋心に気付かず、熱斗との恋愛の相談を持ちかけてくるメイルも相当な鈍感ではないだろうか、というような思いが。

メイルとサーチマンの互いに関する認識には、決定的なズレがある。
それは簡単に言ってしまえば、熱斗とメイルの認識のズレと同じもので、片方は相手を良き友人と認識しているが、もう片方は相手を片想いの相手として認識しているというものだ。
つまりどういう事かというと、メイルが熱斗を片想いの相手と認識するように、サーチマンはメイルを片想いの相手として認識しているというが、メイルは熱斗がメイルを良き友人として認識するように、サーチマンを良き友人あるいは相談相手としか認識していない、という事なのである。
だからサーチマンには、メイルの言う、熱斗は鈍感だ、という言葉に対し、口には出さないが思わずにはいられない事が沢山あった。
先にも述べたように、こちらの思いに気付かないメイルは熱斗と同じ鈍感だ、という思いは勿論の事、熱斗の横で嬉しそうに笑うメイルなど見たくない、という思いや、熱斗さえいなければ……という思いすら胸の奥底で渦巻いている。
その事から、サーチマンの心理状況はとてもではないがメイルの相談に乗れるような状況ではない、という事はもはや言うまでもない。
むしろ、サーチマンの方がメイルではない誰か――例えばライカ、ブルース辺りにそれを吐き出し、同情してもらうべき立場にいると言っても過言ではないのだ。

「ねぇサーチマン、どうしたら熱斗は私の気持ちに気付いてくれるのかしら?」

メイルは少し愁いを帯びたような、ほんの少しだけ寂しそうな目をしながらサーチマンに視線を向けている。
その目はサーチマンに助けてほしいと言っているようにも見えて、サーチマンは自分が人間で無くネットナビである事をもどかしく思った。
もし自分が人間で、PETの中ではなくメイルのすぐ隣に座っていたなら、優しく頭を撫でてやる事も、慰めるように肩を抱いてやる事もできたかもしれないのに、と思うと悔しくて仕方が無いのだ。
しかし、その思いもほんの一瞬の事。
確かに、メイルがサーチマンの助力を求めているというのはあながち間違いではないのかもしれない。
だが、その助力の果てにメイルが求めている結果は、サーチマンの傍にいる事では無く、熱斗の傍にいる事であるのはもはや明白な事実で、だからサーチマンは、例え自分が人間だったとして、メイルの頭をどれだけ優しく撫でて慰めるように肩を抱いたとしても、熱斗がいる限りメイルは喜んでくれないだろうという事も、メイルが自分を選んでくれるわけではないだろうという事も容易に想像できてしまうのだ。
それに、実際のところ自分はネットナビで、頭を撫でる事も肩を抱く事もできないのが現実で、サーチマンは仕方なく小さな溜息を吐いて表情を無表情に整えつつメイルの問いかけに答える。

「真っ直ぐ告白するしか無いだろうな。アイツの鈍感さは筋金入りだ、遠回しな言い方では伝わらないと考えていいだろう。」

それは、熱斗とメイルの関係だけでなく、メイルとサーチマンの関係にも言える事で、サーチマンは、他者にアドバイスをする分には簡単だというのに、どうして自分の事として捉えるとこんなにも難しい事なのだろうかと考えた。
言い訳はいくつか浮かび、自分はナビでメイルは人間だからその壁が許さないのだ、だの、そもそもメイルは自分に対しそのような感情は抱いていない事が分かりきっているからだ、だの、メイルには熱斗がいる、だのと囁いてサーチマンを納得させようと試みる。
サーチマン自身、その言い訳で自分を納得させ、自分の気持ちは捨て置いてメイルの相談相手になろうと思う事もしばしばだったが、今のところそれはどうも上手くいってはいないようで、胸の軋みや痛みは消えてはくれない。
いっそ、玉砕覚悟で告白してしまおうかと考えた事もあったが、そうなればこの相談者と相談相手の関係も終わってしまう事を考えると、そこに踏み出す勇気など出てくる訳が無かった。
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