Re_それは些細な幸せと大きな悲しみと共に

ガラガラと音を立ててスライド式の手動扉が開く。
モニターの電脳の中で床に座ってぼんやりと電脳世界の天井を見ていたサーチマンはそれを合図に立ち上がり、目の前にある現実世界の様子を映し出しているウインドウに視線を向けた。
そこには、先ほど開いたスライド式の扉を静かに閉めて、ご丁寧に鍵をかける少女の姿が映っている。
セミロング程度の長さで外跳ねの紅色の髪に、自身のナビのナビマークがペイントされた髪飾りをつけていて、桃色のミニスカートが良く似合うその少女は、先ほどライカがすれちがった相手である、メイルだ。
それまで無表情だったサーチマンの表情が、苦しげに歪む。
だがそれも一瞬の事で、メイルがモニターに振り向く頃には、サーチマンはいつも通りの冷静な無表情を浮かべていた。
モニターに振り向き、横一列に並べられたの机と椅子の最前列までやってきて着席したメイルは、先ほどライカに向けた笑顔よりもう少し明るい笑顔をサーチマンに向ける。

「お待たせ! 少し遅かったかしら?」
「いや、そんな事は無い。時刻は事前連絡の通りだ。」

まるでデートの待ち合わせでもしていたかのようなそのやり取りの最中、サーチマンの表情が少しだけ緩んで、柔らかい微笑に変わった。
メイルを相手にこのやり取りをしていると、メイルは自分を必要としてくれているという気がして嬉しくなり、サーチマンはいつもの無表情を保てなくなってしまうのだ。
正直情けない事だと思わない事も無かったが、こうして自分が微笑むとメイルも安心するのか嬉しそうに微笑んでくれるので、これはこれでいいのだとサーチマンは思っている、つもりである。

「そう? それならよかったわ。 ……やっぱりこのモニターだと話しにくいわね、こっちに来てくれる?」
「あぁ、分かった。」

メイルの提案をサーチマンが承諾すると、メイルはスカートのポケットから桃色がメインカラーのPETを取り出して、モニターのコントロールパネルに付いているプラグイン端子にPETを向ける。
そしてメイルのPETとモニターのコントロールパネルのプラグイン端子が赤外線でつながった瞬間、サーチマンはモニターから消え、メイルのPETの中に移動した。
メイルのPETの中は、基本デザイン自体はライカや熱斗のPETと同じだが、ところどころに少女型ナビとそのオペレーターをターゲットにしたと思われるぬいぐるみ型のデータや花瓶と花のデータが置いてあるという相違点がある。
それは軍属で男性型のサーチマンとは縁の無い趣味だったが、それ故に可愛らしく見えない事もなく、サーチマンはそれを見るたびに、メイルがロールと一緒になってそれらを嬉々として選ぶ情景を思い浮かべでなんとなく微笑ましさを感じていたりする。
同時に、自分がそれらに縁が無い事、それらを選ぶセンスも無いであろう事、そしてそもそもそれらをメイルと一緒に選ぶ機会など来るはずが無い事が悲しくもなるのだが、それは考えなかった事にしておいた方がいいことも、サーチマンはもう知っている。

「あ、そこのソファー座っていいわよ。この間ロールと一緒に買ったの、良い色でしょ?」

メイルはそう言って、サーチマンの背後にある桃色で横に大きなソファーを指差した。
ソファーの桃色は濃すぎず薄すぎず、ニホンの樹木である桜の花のような色をしており、確かに良い色で、メイルとロールに似合う色だとサーチマンは思う。
形も単純な四角いポリゴンではなく現実のソファーのように丸みがあり、座ってみると適度な柔軟性もあって身体に優しい気がした。
色も形もまるでメイルの柔らかで優しい性格をそのまま家具にしたように感じられるそのソファーに座れた事が少し嬉しかったりするのは、サーチマンだけの秘密だ。
メイルの前という事があって少し行儀良く、女性のように膝を合わせて座るサーチマンは、メイルとロールの家具選びのセンスを褒める。

「そうだな、色も形も良い。ロールも桜井も、さすがのセンスだ。」
「フフッ、ホント? そう言ってもらえるとなんだか嬉しいわ。」

褒められたメイルは嬉しそうに笑いながら、PETを机の上に置き、その小さな画面の上に横に立体画面を表示して、ソファーに座るサーチマンと向き合った。
この瞬間が、サーチマンの喜びのピークである。
こうして他の誰もいない空間で正面から向かい合っていると、なんだか人間同士あるいはナビ同士の恋人として向かい合っているような、そんな錯覚を起こすからだ。
メイルがサーチマンを呼び出して自分のPETに招き入れる時、ロールは大抵インターネットシティにいてPETの中にはいない。
そしてメイルが現実世界で自分しかいない部屋を指定する事も、その錯覚に拍車をかけていた。
しかし、それは飽く迄も錯覚に過ぎない事――実際はそんなに甘いものではない事は、おそらく言うまでも無いだろう。
サーチマンは人間で言う心臓に当たるプログラムが僅かに軋み始めるのを感じながら、メイルが求めているであろう言葉を紡ぐ。

「それで、今日はどういう相談だ?」
「そうそう、それなんだけどね、」

メイルはどうやらその言葉を待っていたようで、表情を笑顔から少し険しいものに変えて、せきを切ったように話し始めた。
その瞬間、サーチマンの笑顔が、ごく自然なものからどこか違和感のある作り物めいた笑みに変わっていた事に、メイルが気付く事は無い。
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