鳥籠の錯覚と混濁する想い

それから、約十分が経過した頃だろうか。
十三番街を後にした車はようやくIPCが所有するビルの駐車場へと到着した。
車が止まり、ドアのロックが解除されると、炎山は自分で近くのドアを開き、コンクリートの地面へ両足を降ろす。
そうして一旦車外に出てから、今度は車内に腕だけを伸ばして、炎山は先ほど座っていた場所のすぐ近くに置いてある紙袋を掴み車外へ持ち出した。
そしてまた、その紙袋を大事そうに抱えて、ビルの正面玄関へ向かう。
パタパタと後ろで聞こえる足音は秘書達のものだ。
炎山と秘書達はビルの正面玄関の自動ドアを潜り、ビルの中へと入っていく。
エントランスホールに足を踏み入れると、正面奥に見える来客用カウンターに佇む受付嬢二人が、深々と一礼するのが見えた。
炎山はそれに軽く手をあげて合図を送りながら、また秘書達は受付嬢達と同じように一礼すると、その更に奥の少し分かり難い、壁に隠れた位置にあるエレベーターに向かって歩く。
エレベーターの前に着くと、炎山は上に向かう事を知らせるボタンを押し、エレベーターが一階へ到着するのを待った。
炎山の背後では、それぞれパソコンが入る程度の鞄を持った秘書達が待機している。
どうやら、秘書達も上に向かう用事があるらしい。

やがて、機械で合成されたものであることがハッキリとわかる、ピンポン、という音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。
炎山と秘書達は、一人ずつエレベーターの中に乗り込む。
そして扉が閉まる直前、炎山は近くのパネルに表示された階数の中でも、一番大きな数字、つまりは最上階のボタンを押した。
その一方で、秘書達のうちの片方が、もう一つのパネルから最上階より数階下の階のボタンを押す。
どうやら、ここから先は炎山と秘書達とで目的地が違うらしい。
そしてエレベーターは一階よりも上の階へと上りだす。
このエレベーターは外壁と箱がガラス張りになった、外が見えるタイプのエレベーターで、炎山はふと外の景色を眺めた。
徐々に高くなっていく自分の足場の位置、遠くなって小さくなっていく街の明かりは、空が暗くなったこともあって、まるで天の川の様にキラキラと輝いていて美しい。
今頃“彼女”もこの夜景を見ているのだろうか? それとも待ちくたびれて眠りについてしまっただろうか? などと考えながら夜景を眺めていると、先ほどエレベータが一階に到着した時と同じ音が鳴って、ドアが開く音がした。
どうやら、秘書達の目的の階にエレベーターが着いたらしい。
二人の秘書は炎山に向き直る。

「では副社長、私達はこれで失礼します。」
「ああ、分かった。」
「それでは。」

秘書達は炎山に向けて丁寧に一礼するとエレベーターから降りて、降りた先でもう一度炎山に向き直り、エレベーターの扉が再び閉まるまでの間、もう一度頭を下げた。
扉が閉じたエレベーターは再び上の階に向けて上りだすが、秘書達が降りた階と炎山が降りる階はそれほど離れた階ではないようで、夜景に再び目を向ける暇もなく、エレベーターのドアは再び開いた。

扉の開いたその先には、小さなエントランスホールのような空間が広がっていて、その更に奥には厳重に電子ロックの掛けられた分厚い鉄製の自動ドアがあり、自動ドアの横にはカードリーダー付のコントロールパネルが設置されている。
炎山はエレベーターから降りて小さなエントランスホールに足を踏み入れるとまず、エレベーターの扉が閉まって下の階に下りていくのを確認してから、カードリーダー付のコントロールパネルの前に立ち、社員証をスキャンした。
すると、コントロールパネルに取り付けられている小さな画面に、入室許可を意味する単語が表示され、重いドアがゆっくりと横にスライドして開く。
ドアが開いた先には、先ほどのエントランスホールよりも幾分狭い廊下が長々と続いていた。
炎山はその廊下に足を踏み入れる。
病院の様に白い壁で構成されたその廊下には、左右に三つずつ、突き当りに一つ、合計七つのドアが取り付けられていて、それぞれのドアにはそのドアの先の部屋の役割が明記された表札が取り付けられている。
表札はそれぞれ、右は寝室、書斎、娯楽室、左はキッチン、浴室、トイレを表す単語が書かれていて、それらが人間の生活の場である事を証言していた。
そして、最後の一つである突き当りの部屋にはリビングを表す単語が書かれている。
炎山はまず、ポケットからPETを取り出してブルースに問いかけた。

「ブルース、桜井は今、どの部屋にいる?」
「彼女は今、リビングの中にいるようです。」

ブルースの返答を聞いた炎山はPETから視線を外し、廊下の奥、突き当りの位置にあるリビングの扉に視線を向けて歩き出した。
白く無機質で、異様に明るい廊下に、炎山の靴の底と床が接触するコツコツという音が響く。
やがて辿り着いたリビングへの入り口となる扉は、先ほどの廊下とエントランスホールを繋ぐ扉のような金属製ではなく、明るい茶色と木目が優しい木製の、現代のビルの中にあるにしては珍しい手動で引いて(もしくは押して)開けるタイプのドアだった。
炎山はそのドアのドアノブに右手を伸ばし、ガチャリ、と音を立ててドアノブを回しつつ、ドアを手前に引く。
開いたドアの隙間から、部屋の中の様子が見えると同時に、廊下の光が一筋、部屋の中の闇へと零れ、雪崩れ込む。
その光の先、部屋の奥には、大人一人が悠々と横になれる程度に大きいソファーがドアに背を向けて設置されており、その更に奥には超強化ガラスでできた窓、と言うよりも透明な壁があって、先ほどエレベーターから見えた夜景によく似た夜景が広がっている。
炎山はドアを勝手に閉まらなくなる位置まで開くと、誰もいないように見える室内に向けて優しく声をかけた。
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