鳥籠の錯覚と混濁する想い

さて、そんな事をしている間にも、車は走り続ける。
炎山は、秘書達が視線だけの僅かなやり取りの後に個々の仕事に戻ったのを確認すると、再び窓の外に視線を向けた。
すると、そこはちょうど十三番街の入り口で、車の後輪が十三番街と十四番街の境界線を告げる標識を越えた頃、今度は運転手が炎山に声をかけてくる。

「副社長、何処で停車しましょうか?」
「もう少し先の、ブランド品店の前で止めてくれ。」
「かしこまりました。」

車は速過ぎず遅過ぎない速度で静かに走る。
そしてビルに帰る前の目的地であるブランド品ショップが見え始めると、車はその走行速度を徐々に落とし始め、ショップのちょうど目の前でゆっくりと止まった。
炎山は車が完全に止まったと感じると、自分でドアを開き歩道に降りる。
目の前に佇むブランド品ショップはこの街でも一番大きく、超一流と言える物ばかりを取り揃えており、世界のセレブというセレブの御用達の店だ。
だが、本来炎山はそんなものに興味は無く、自分が金をかけるべきものはもっと別にあると思っている、そのはずだったのだが、炎山は今、どういう事かこの店を始めとするブランド品を取り扱う店舗や、アクセサリーを取り扱う店舗などに頻繁に出入りを繰り返している。
そして、炎山自身が身に着けるとは到底思えない品を購入しては、なぜだか嬉しそうで、それなのにどこか悲しそう表情を浮かべながらビルに帰るのだ。

炎山が車から歩道に降りると、店の中にいる店員の一部が綺麗なガラスでできた自動ドア越しにそれに気づいて、他の店員達にあれこれ様々な指示を始めた。
その中には、先ほど炎山のPETの画面に映っていた金髪で水色の瞳をした店員もいる、と言っても、ここではほとんどの店員が金髪で、水色もしくは緑色の目をしているので、パッと見ただけでは誰が誰だか分からないかもしれないが。
自動ドア越しに見える店員達の慌しさ――炎山に最高の接客サービスを展開しようとする様子――は、炎山がこの店のお得意様になりかけている故だろうか?
歩道に降りた炎山が歩道と店内を分かつ自動ドアの前に立つ頃には、多くの店員が自動ドアからカウンターまでの道を示す、まるでガードレールの様に二列に並んでいて、開いた自動ドアから店内に入った炎山はその列の中央を悠然と歩くことができた。
列の外では、他のセレブと思わしき客たちが、特別待遇とも言える対応をとられる炎山へ、憧憬とも嫉妬ともとれる視線を向けている。
だが炎山はそんなものには目もくれず、真っ直ぐに歩いてカウンターの前にたどり着くと、仕事の時と同じように淡々とした声音で、

「先ほど連絡があったものを受け取りに来た。」

とだけ告げるのであった。
店員は一礼して、

「かしこまりました。」

というと、カウンターの内部に設置されている大型の引き出しを開き、一つの紙袋を取り出した。
そしてそれを丁寧に、傷付けないようにカウンターの上に置く。

「こちらが品物になります、念の為中身をご確認ください。」

炎山はそれに手を伸ばし、紙袋をこれまた大事そうに抱えると、袋の中をチラリと確認した。
紙袋の中に入っているのは、薄桃色をした可愛らしいデザインの手提げ鞄で、炎山が使うものだとは到底思えない。
それでも、炎山はそれを見て僅かに微笑む。

「ああ、これで間違いない。引き落としはいつもの口座から頼む。」
「かしこまりました。」

炎山はカウンターの店員に代金の支払いの方法を告げると、紙袋を大事そうに抱えたまま後方に振り返り、店員達が作っている道の中央を自動ドアに向けて歩き出した。
店員達が一斉に礼をして、ご利用ありがとうございましたと言うのが聞こえる。
頭を下げたままの体制を保ち続けている店員達の間を入店時と同じように悠然と歩き、炎山の接近に気付いて開いた自動ドアを潜って、炎山は再び歩道に踏み出した。
すると今度は炎山の帰りを外で待っていた秘書の片方が、一度閉じていた車のドアを開く。
炎山はドアを開いた秘書に一言、

「ありがとう。」

とだけ言うと、車内に入った。
礼を言われた秘書は、どこか複雑そうな笑みを見せていたが、炎山がその訳を訊くことは無い。
やがて秘書も別の扉から車内に入り、炎山の座る座席より一列前の座席に着くと、ガチャリとドアにロックがかかる音がして、その直後車はIPCが所有するビルに向けて走り出した。
先ほどと同じようにドアのすぐ隣に座る炎山の隣には、先ほどの紙袋が置かれている。
走り出した車の中で、炎山はポケットに入れたPETを取り出し、時刻を確認する。
時刻は、午後九時三十分になろうとしていて、ふと窓から空を見ると、その空もさすがに濃い青色に染まりつつあって、炎山はやっと一日の終わりを感じ始める事ができた。
しかし、炎山にはまだやらなければいけない事、というよりは、やりたい事が残っている。
それが何なのかを知る秘書達は、やはりどこか浮かない顔でパソコンの画面と向かい合い続けるのであった。
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