鳥籠の錯覚と混濁する想い
その時炎山は、IPCと連携をとっている会社との合同会議を終えて、普段から頻繁に乗っている黒いリムジンに乗り込み、IPCの所有するビルへと向かっているところだった。
扉の取っ手を肘掛代わりにして右腕で頬杖をつきながら眺める外の景色は、反対の手に握った赤いPETの、黄緑色をした待機画面に映し出されている午後九時過ぎという時刻に似合わない明るさをまだ残していて、一日の終わりをまだあまり感じさせない。
事実、まだ一日は終わっていないという事を証明するかのように、同乗している秘書二人はノートパソコンを開き、今日の会議の内容をまとめた資料を作成していて、カタカタとキーボードを叩く音を車内に響かせている。
炎山もそういった仕事こそしていないものの、、まだ一日が終わったとは思っていなかった。
ただし、それは秘書二人とは別の意味でである。
時刻が午後九時十五分を過ぎた頃、突如炎山のPETがピリリリリッと何かの着信音を鳴らした。
ぼんやりと景色を見ていた炎山は一瞬だけ驚き肩を上下させたが、すぐにオート電話の着信音だと気づき、PETに視線を向けた。
先ほどまで時刻が表示されていた画面に、今はブルースの姿が映っている。
「炎山様、十三番街のブランド品店からオート電話です。」
「わかった、繋いでくれ。」
炎山がそう指示すると、ブルースの姿が画面から消え、代わりにどこかの店の中と思わしき風景を背景にして金髪の女性の顔が映った。
金髪の女性、とだけ言ってしまうと、どこか尻軽で頭の中身のない低俗な女を想像してしまう場合もあるかもしれないが、PETの画面に映るその女性はそういった類――所謂ギャル女――ではない。
その店の制服と思わしきブラウスとベストをきちんと着込み、変にカールさせることも無くストレートのままの金髪と、透き通るように自然な水色の瞳は、低俗などいう言葉とは無縁で、どこか清楚ですらある。
女性はどうやらPETではなくパソコンか備え付けのモニターなどの前に立っているらしく、向こうのモニターに映っているであろう炎山へ丁寧に一礼して微笑むと、要件を告げ始めた。
「伊集院様、ご注文がありました品物の用意が整いました。ご登録の住所に発送いたしましょうか?」
どうやら炎山は十三番街にあるブランド品のショップに何かを注文していて、この電話はその品の用意が整ったことを知らせる電話だったらしい。
炎山は一瞬窓の外を見て自分の乗っている車の現在位置を確認する。
十三番街は、丁度此処からビルに戻る途中に通ることができる道で、まだ自分は十三番街を通り過ぎていないことを確認した炎山はPETの画面に視線を向けなおして言った。
「いや、今回は直に取りに行く。五分前後で着くと思うから、用意をしておいてくれ。」
「かしこまりました。来店をお待ちしております。それでは失礼いたします。」
その指示を聞いた女性店員は、炎山へもう一度丁寧に一礼すると、通信を切った。
PETの画面が黄緑色の待機画面に戻り、それを背景にブルースの姿が映る。
炎山はそれを確認してからPETをズボンのポケットに仕舞うと、運転手に向けて指示を出す。
「十三番街に入ったら一度止めてくれ。」
「かしこまりました。」
運転手は顔色一つ変えず、機械的な返事をした。
炎山やその父親である秀石の送迎を長年続けてきたこの運転手は、例えそれが少し奇妙な場所への送迎であっても、その理由を詮索するべきではないという事を知っている。
だから運転手はその指示の前後に不思議なやり取り――炎山と、ブランド品を扱う店の店員との会話――があって、内心ではどんな用事なのか若干気にしたとしても、それを表情や声に出すことは無いのだ。
だが、運転手が機械的な返事をできる理由はそれだけではない。
運転手は、炎山が何故ブランド品ショップなどに向かう用事があるのか、その理由を知らないから平然としていられるのだ。
証拠に、その理由を知っている炎山の秘書達は、両手の指こそキーボードの上で躍らせ、視線もパソコンの画面を見ているが、先ほど炎山のPETが着信音を鳴らした頃から少し困ったような表情をしている。
秘書達はどうやら、炎山に何らかの意見をしたそうで、しかしそれをするには地位も勇気も足りないから仕方なく黙っている、といったところらしく、片方の秘書がもう片方の秘書にそっともどかしげな視線を向けると、視線を向けられた側の秘書は視線を向けてきた秘書に、黙っておけ、とでも言うかのように首を小さく左右に振った。
そうして、視線を向けた側の秘書は悲しそうに眉を顰め、渋々といった様子でパソコンの画面に視線を戻す。
そんな秘書達の様子を、炎山は静かに観察していた。
秘書達がそれに気づいているかどうかは分からないが、炎山は、秘書達が言いたい事を全て理解し、その上であえて黙っているのだ。
むしろ炎山は、秘書達が自分の行動に対し反感を持つ事は当たり前だと考えながら行動している、それが実際の所だった。
扉の取っ手を肘掛代わりにして右腕で頬杖をつきながら眺める外の景色は、反対の手に握った赤いPETの、黄緑色をした待機画面に映し出されている午後九時過ぎという時刻に似合わない明るさをまだ残していて、一日の終わりをまだあまり感じさせない。
事実、まだ一日は終わっていないという事を証明するかのように、同乗している秘書二人はノートパソコンを開き、今日の会議の内容をまとめた資料を作成していて、カタカタとキーボードを叩く音を車内に響かせている。
炎山もそういった仕事こそしていないものの、、まだ一日が終わったとは思っていなかった。
ただし、それは秘書二人とは別の意味でである。
時刻が午後九時十五分を過ぎた頃、突如炎山のPETがピリリリリッと何かの着信音を鳴らした。
ぼんやりと景色を見ていた炎山は一瞬だけ驚き肩を上下させたが、すぐにオート電話の着信音だと気づき、PETに視線を向けた。
先ほどまで時刻が表示されていた画面に、今はブルースの姿が映っている。
「炎山様、十三番街のブランド品店からオート電話です。」
「わかった、繋いでくれ。」
炎山がそう指示すると、ブルースの姿が画面から消え、代わりにどこかの店の中と思わしき風景を背景にして金髪の女性の顔が映った。
金髪の女性、とだけ言ってしまうと、どこか尻軽で頭の中身のない低俗な女を想像してしまう場合もあるかもしれないが、PETの画面に映るその女性はそういった類――所謂ギャル女――ではない。
その店の制服と思わしきブラウスとベストをきちんと着込み、変にカールさせることも無くストレートのままの金髪と、透き通るように自然な水色の瞳は、低俗などいう言葉とは無縁で、どこか清楚ですらある。
女性はどうやらPETではなくパソコンか備え付けのモニターなどの前に立っているらしく、向こうのモニターに映っているであろう炎山へ丁寧に一礼して微笑むと、要件を告げ始めた。
「伊集院様、ご注文がありました品物の用意が整いました。ご登録の住所に発送いたしましょうか?」
どうやら炎山は十三番街にあるブランド品のショップに何かを注文していて、この電話はその品の用意が整ったことを知らせる電話だったらしい。
炎山は一瞬窓の外を見て自分の乗っている車の現在位置を確認する。
十三番街は、丁度此処からビルに戻る途中に通ることができる道で、まだ自分は十三番街を通り過ぎていないことを確認した炎山はPETの画面に視線を向けなおして言った。
「いや、今回は直に取りに行く。五分前後で着くと思うから、用意をしておいてくれ。」
「かしこまりました。来店をお待ちしております。それでは失礼いたします。」
その指示を聞いた女性店員は、炎山へもう一度丁寧に一礼すると、通信を切った。
PETの画面が黄緑色の待機画面に戻り、それを背景にブルースの姿が映る。
炎山はそれを確認してからPETをズボンのポケットに仕舞うと、運転手に向けて指示を出す。
「十三番街に入ったら一度止めてくれ。」
「かしこまりました。」
運転手は顔色一つ変えず、機械的な返事をした。
炎山やその父親である秀石の送迎を長年続けてきたこの運転手は、例えそれが少し奇妙な場所への送迎であっても、その理由を詮索するべきではないという事を知っている。
だから運転手はその指示の前後に不思議なやり取り――炎山と、ブランド品を扱う店の店員との会話――があって、内心ではどんな用事なのか若干気にしたとしても、それを表情や声に出すことは無いのだ。
だが、運転手が機械的な返事をできる理由はそれだけではない。
運転手は、炎山が何故ブランド品ショップなどに向かう用事があるのか、その理由を知らないから平然としていられるのだ。
証拠に、その理由を知っている炎山の秘書達は、両手の指こそキーボードの上で躍らせ、視線もパソコンの画面を見ているが、先ほど炎山のPETが着信音を鳴らした頃から少し困ったような表情をしている。
秘書達はどうやら、炎山に何らかの意見をしたそうで、しかしそれをするには地位も勇気も足りないから仕方なく黙っている、といったところらしく、片方の秘書がもう片方の秘書にそっともどかしげな視線を向けると、視線を向けられた側の秘書は視線を向けてきた秘書に、黙っておけ、とでも言うかのように首を小さく左右に振った。
そうして、視線を向けた側の秘書は悲しそうに眉を顰め、渋々といった様子でパソコンの画面に視線を戻す。
そんな秘書達の様子を、炎山は静かに観察していた。
秘書達がそれに気づいているかどうかは分からないが、炎山は、秘書達が言いたい事を全て理解し、その上であえて黙っているのだ。
むしろ炎山は、秘書達が自分の行動に対し反感を持つ事は当たり前だと考えながら行動している、それが実際の所だった。
1/8ページ