番外編(短編)『性善説と殺人鬼』
「おい富士東、此処は幼稚園のお遊戯会場じゃないんだぞ。用が済んだならさっさと静かに自分の部署に戻れ。」
と、嫌味と苛立ちをこれでもかと言わんばかりに濃縮して込めた荒い声と口調で純次に言い放った。
ただでさえ焦り、慌てているところへ罵倒にも似た声を投げ付けられた純次は、吃驚した様子で腕の動きを止め、同時に背筋をピンと伸ばして直立してから、少しぎこちない動作でゆっくりと声のした方に顔を向ける。
純次の視線の先に居たのは、全体的に華奢な印象があり筋力も低い純次よりもガタイが良く、筋肉や筋力もありそうでまだ新しく痛みの少ないスーツが似合う、捜査一課所属の警察官だ。
彼の正確な年齢を純次やSearchは把握していないが、純次が知る限り彼は浪人や留年無しの大卒であり、捜査一課の採用試験も一発で通過して此処一、二年の間に捜査一課に入った新人の為、純次よりも若い事はほぼ間違いないだろう。
そんな彼に名字とはいえ呼び捨てで呼ばれ、嫌悪を隠さない声音で罵る様に退場を要求された純次は流石に怒りの感情を見せる――かと思いきや、どちらかと言えば委縮した様子のまま、気まずそうな表情に若干の誤魔化し笑いを浮かべ、若干の不安が滲み出ている事を隠せていない様子で
「ご、ごめんね。僕も仕事があるし、そろそろ帰るよ。」
と、非常に弱気とも取れる謝罪をするものだから、純次に軽い怒声を浴びせた捜査一課の若手警察官は様々な意味での呆れを隠そうとする事の無い大きな溜息を吐く。
その様な気まずい空気の中、Searchは相変わらず何を考えているのか想像の出来ない無表情で純次に視線を向けていたが、先程の若手警察官に対する純次の返答で会話は終わりだと認識したのか、オフィスチェアをゆっくりと回転させて仕事机とその上のノートパソコンに向き合い始めた。
その際に痛み気味のオフィスチェアが立てた、キィ……、という小さな軋みの様な音でSearchの視界、或いは認識する世界から自分が消えた事を感じ取った純次は急いだ様子でSearchに向き直り、最早完全にパソコンと向かい合い仕事を始めようとしているSearchの背中に向け、少し大きな声で呼びかける。
「あっ、Searchちゃんも仕事、頑張ってね!」
「富士東、お前……」
純次のやや大きい通りの良い声が耳障りだったのか、若手警察官は再度純次に罵りの様な文句を放とうと口を開いた。
しかし、流石の純次もそれを最後まで聞く気はなかったのか、それとも単純に居心地の悪さに耐えきれなかったのか、純次の性格ならば恐らく後者が主な理由と思われるが、とにかく純次は若手警察官の文句を振り切るかのように、先程Searchがオフィスへ入る時に使った出入り口へ駆け寄る。
そしてドアノブに手を掛けると、一度Searchに向けて振り向いて
「それじゃあ、また!」
とだけ言うと、逃げる様に急いでドアを開いてその先に飛び出し、すぐさま後ろ手でドアを閉めてしまったものだから、純次に苦言を呈した若手警察官を含む捜査一課の警察官達は暫し呆然とし、後にその殆どが特大の溜息を吐くに至った。
やっと面倒な馬鹿が去ったが、それまでの間に盛大に疲れてしまった、とでも言いたげな捜査一課の警察官達の溜息が聞こえる中、オフィスの隅の仕事机の前に座るSearchだけが至って冷静な表情でノートパソコンの画面と向き合い、その画面に表示された文書データの内容を熟読している。
無機質にも近く感情の見えない紅い瞳が射貫くように見詰めている文字列には、Searchに対し東京都S区第二中学校への潜入を命令する内容と、その際の注意事項が事細かに明記されている。
印刷にも対応する為であろう、何枚かの用紙の形に分けて作成されている文書データの序盤には、中学校でのSearchの仮の役職が何であるのか、勤務時間はどの様になるのか、もしも校内で事件に巻き込まれた場合にはどの様に行動すべきなのか、等という至って自然な内容が書き込まれていて、特別注目すべきような箇所は無い。
これ等の内容は恐らくある程度のテンプレートを使って書かれたもので、詳細部分だけを書き換えたデータがSearchと同じく潜入捜査に行く事になった他の警察官達にも送られているだろうという事は容易く想像できる。
しかし、Searchが傍から見ると熟読とは思い難い中々のスピードで熟読するその文書データは、ある一定の地点を過ぎると明らかにSearchのみに向けたと直感で理解できる内容ばかりになっていく。
それは例を挙げるなら、子供時代の話は避けなければならない、という口止めに近いものであったり、或いは、どの様な理由があれど動物を殺してはいけない、という普通の大人であれば確認するまでもない事であったり、はたまた、派遣先の学校の生徒が恐怖するような言動は避けなければならない、という最早何故その注意が必要なのか普通の人間には理解ができない内容であったりしている。
それはどう考えても普通の警察官に向けたものではなく、Searchだけに――警察の殺人鬼・Search=Darknessだけに向けた内容だ、というのは、今更繰り返して言う必要は無いかもしれない。
純次の唐突な退場と、それに対して何も反応を見せないSearchにより、その場にやや呆然と取り残されていた件の若手警察官は、パソコンの画面に映る異質な文書データを読むSearchを一瞥し、もう一度だけ大きな溜息を吐くと、警察官になる前から性善説かぶれの馬鹿であった純次にサイコパスですらマシに見える程の異物としか言い様の無いSearchの世話を任せたり、そのサイコパス以上の異常であるSearchを中学校に教師という仮の役職を与えて派遣するという判断を下した上の人間の頭の出来を疑問というよりも不安に思いつつ、少しくたびれた様な顔をして自身の仕事机へと戻っていくのであった。
End.
と、嫌味と苛立ちをこれでもかと言わんばかりに濃縮して込めた荒い声と口調で純次に言い放った。
ただでさえ焦り、慌てているところへ罵倒にも似た声を投げ付けられた純次は、吃驚した様子で腕の動きを止め、同時に背筋をピンと伸ばして直立してから、少しぎこちない動作でゆっくりと声のした方に顔を向ける。
純次の視線の先に居たのは、全体的に華奢な印象があり筋力も低い純次よりもガタイが良く、筋肉や筋力もありそうでまだ新しく痛みの少ないスーツが似合う、捜査一課所属の警察官だ。
彼の正確な年齢を純次やSearchは把握していないが、純次が知る限り彼は浪人や留年無しの大卒であり、捜査一課の採用試験も一発で通過して此処一、二年の間に捜査一課に入った新人の為、純次よりも若い事はほぼ間違いないだろう。
そんな彼に名字とはいえ呼び捨てで呼ばれ、嫌悪を隠さない声音で罵る様に退場を要求された純次は流石に怒りの感情を見せる――かと思いきや、どちらかと言えば委縮した様子のまま、気まずそうな表情に若干の誤魔化し笑いを浮かべ、若干の不安が滲み出ている事を隠せていない様子で
「ご、ごめんね。僕も仕事があるし、そろそろ帰るよ。」
と、非常に弱気とも取れる謝罪をするものだから、純次に軽い怒声を浴びせた捜査一課の若手警察官は様々な意味での呆れを隠そうとする事の無い大きな溜息を吐く。
その様な気まずい空気の中、Searchは相変わらず何を考えているのか想像の出来ない無表情で純次に視線を向けていたが、先程の若手警察官に対する純次の返答で会話は終わりだと認識したのか、オフィスチェアをゆっくりと回転させて仕事机とその上のノートパソコンに向き合い始めた。
その際に痛み気味のオフィスチェアが立てた、キィ……、という小さな軋みの様な音でSearchの視界、或いは認識する世界から自分が消えた事を感じ取った純次は急いだ様子でSearchに向き直り、最早完全にパソコンと向かい合い仕事を始めようとしているSearchの背中に向け、少し大きな声で呼びかける。
「あっ、Searchちゃんも仕事、頑張ってね!」
「富士東、お前……」
純次のやや大きい通りの良い声が耳障りだったのか、若手警察官は再度純次に罵りの様な文句を放とうと口を開いた。
しかし、流石の純次もそれを最後まで聞く気はなかったのか、それとも単純に居心地の悪さに耐えきれなかったのか、純次の性格ならば恐らく後者が主な理由と思われるが、とにかく純次は若手警察官の文句を振り切るかのように、先程Searchがオフィスへ入る時に使った出入り口へ駆け寄る。
そしてドアノブに手を掛けると、一度Searchに向けて振り向いて
「それじゃあ、また!」
とだけ言うと、逃げる様に急いでドアを開いてその先に飛び出し、すぐさま後ろ手でドアを閉めてしまったものだから、純次に苦言を呈した若手警察官を含む捜査一課の警察官達は暫し呆然とし、後にその殆どが特大の溜息を吐くに至った。
やっと面倒な馬鹿が去ったが、それまでの間に盛大に疲れてしまった、とでも言いたげな捜査一課の警察官達の溜息が聞こえる中、オフィスの隅の仕事机の前に座るSearchだけが至って冷静な表情でノートパソコンの画面と向き合い、その画面に表示された文書データの内容を熟読している。
無機質にも近く感情の見えない紅い瞳が射貫くように見詰めている文字列には、Searchに対し東京都S区第二中学校への潜入を命令する内容と、その際の注意事項が事細かに明記されている。
印刷にも対応する為であろう、何枚かの用紙の形に分けて作成されている文書データの序盤には、中学校でのSearchの仮の役職が何であるのか、勤務時間はどの様になるのか、もしも校内で事件に巻き込まれた場合にはどの様に行動すべきなのか、等という至って自然な内容が書き込まれていて、特別注目すべきような箇所は無い。
これ等の内容は恐らくある程度のテンプレートを使って書かれたもので、詳細部分だけを書き換えたデータがSearchと同じく潜入捜査に行く事になった他の警察官達にも送られているだろうという事は容易く想像できる。
しかし、Searchが傍から見ると熟読とは思い難い中々のスピードで熟読するその文書データは、ある一定の地点を過ぎると明らかにSearchのみに向けたと直感で理解できる内容ばかりになっていく。
それは例を挙げるなら、子供時代の話は避けなければならない、という口止めに近いものであったり、或いは、どの様な理由があれど動物を殺してはいけない、という普通の大人であれば確認するまでもない事であったり、はたまた、派遣先の学校の生徒が恐怖するような言動は避けなければならない、という最早何故その注意が必要なのか普通の人間には理解ができない内容であったりしている。
それはどう考えても普通の警察官に向けたものではなく、Searchだけに――警察の殺人鬼・Search=Darknessだけに向けた内容だ、というのは、今更繰り返して言う必要は無いかもしれない。
純次の唐突な退場と、それに対して何も反応を見せないSearchにより、その場にやや呆然と取り残されていた件の若手警察官は、パソコンの画面に映る異質な文書データを読むSearchを一瞥し、もう一度だけ大きな溜息を吐くと、警察官になる前から性善説かぶれの馬鹿であった純次にサイコパスですらマシに見える程の異物としか言い様の無いSearchの世話を任せたり、そのサイコパス以上の異常であるSearchを中学校に教師という仮の役職を与えて派遣するという判断を下した上の人間の頭の出来を疑問というよりも不安に思いつつ、少しくたびれた様な顔をして自身の仕事机へと戻っていくのであった。
End.