謎会話ログ≪1≫

【達観者は自身の現実主義が齎す最良の道筋を様々な理想論に振り回されては最悪に沈む境界上の病み人に語る】


≪場所:夕方の校内、人気の無い廊下≫
論名「本当、未彩の近くに居ると面白い事が尽きないんだよね。」
未彩「……。」
論名「と言っても、私は大体の事においては部外者だから、未彩にも誰にもどうしろこうしろって言う気は無」
未彩「なぁ、論名。」
論名「ん? 何かな?」

未彩「お前は……もし『人を殺したくなった』ら……どうやって踏み止まるんだ?」

論名「……フフ、それって自己申告? でも、踏み止まる方法を私に訊くって事は、その殺意は私へ向けたものじゃなさそうだよね?(※笑顔)」
未彩「そんな探りは要らない。どうしてもしたいのならば俺の質問に答えてからにしろ。」
論名「アハハ、それもそうだね。じゃ、答えてあげようか? そういう時、私だったら……」
未彩「……。」

論名「その殺意を遂げた場合や遂げる過程で発生する『自身の損害』を考えて、それが利益より如何に大きいかを確かめて思い止まると思うよ。」

未彩「……要するに、損得勘定か。」
論名「そうそう、メリットとデメリットのバランスを考える事は大切だよ。」
未彩「被害者や遺族となる者達への思い遣りや慈悲、善意ではないんだな。」
論名「へぇ、未彩の口からそんな言葉が出て来るなんて、面白いね?(※笑顔)」
未彩「……。」
論名「フフ、そんなに相手を威圧して怖がらせようと必死な顔なんてしなくて良いんだよ? ……まぁ、ハッキリ言えばそういう事だね。でも、それってある意味当然の事じゃないかな?」
未彩「当然の事?」
論名「そう、当然の事……だって、殺したいと思う事は『相手に人生最大の損害を与えたいと思う事』なんだよ? だったら、そこに思い遣りだの慈悲だの、はたまた善意だの……そんなもの、無くて当たり前だと思わないかな?」
未彩「……否定はしないでおこう。」
論名「でしょ? だからそんなものは踏み止まる理由には――思い止まる理由にはならないし、自分が殺さなければ相手もその仲間も一切の損害を受けずに幸せだなんて事を考えても……余計に加速するのが殺意じゃないかな?」
未彩「……かも、しれないな。」
論名「ね? だから、思い止まる理由が欲しいなら相手の損害よりも『自分の損害』を考えるべきだよ。ほら、一般的なゲームでもよくある事でしょ? 反動ダメージが大きい攻撃技と、それで共倒れになったり自分だけ倒れたりする危険性、って。必要なのはそういう自分の損害を計算して『自分の為に思い止まる』事だよ。」

未彩「……まぁ、分からなくはない話だな。だが……その自分の損害とは、例えばどういうモノが該当するんだ?」
論名「んー、それは人によって差が大きい事だから一概には言えないけど……大きなもので言えば、殺人は法を犯す事だからバレたら逮捕されて刑務所に入る羽目になる、って部分は大体の人間に共通する自身の損害だよね。」
未彩「他には?」
論名「そうだねー……未彩って、今進めている途中のゲームとか、ある?」
未彩「は? ゲーム? ……まぁ、あるにはあるが……」
論名「じゃあ、さっき言ったように刑務所に入れられたらそのゲームの続きが遊べなくなっちゃうとか、そのゲームの続編や関連商品が出ても買えなくなっちゃうとか……そういう事で良いんじゃないかな。」
未彩「ゲームの続き、って……そんな小さな事が理由になるのか? 家族や親戚等に迷惑が掛かるとか、今まで関わって来た周囲の人間達から完全に見捨てられるかもしれないとか、そういう事ではなく?」
論名「フフッ、未彩は分かって無いなぁ。」
未彩「オイ、俺が分かっていないとはどういう」

論名「幾ら道徳的に聞こえが良くて世論的にも大きく見える理由でも、その根幹を成す存在、つまりは理由の要が『他人』である以上は『自分の意思とは無関係に消失する危険性が高い理由』でしかないんだよ? だったら、道徳には無関係で世論的には小さくしか見えない事だとしても『自分が大切する意思を失わない限りは消失しない事を確信できる理由』を中心にする方が安定感も安心感も大きくあって良い……そういう話だと思わない?」

未彩「……あぁ、成程……それは、一理あるかもしれないな……。」
論名「ほらね? ……大体、例え遂行前だとしても『人を殺したいと思う様な人の事を本当に見捨てないで救おうとし続ける善意の人』なんてこの世界にそうそう居るモノじゃないし、表面上はそう見えても実際はそうじゃない者にその役割を期待した所で、待っているのは踏み止まれる未来じゃなく『殺意の範囲が拡大する未来』でしかない……と、私は思うよ?(※笑顔)」
未彩「……。」

論名「だから、私の思う『踏み止まる方法』は『自身の損害を考えろ』って所になるかな。と言っても、私は誰かを殺したいと思った事なんて特には無いから、いつか本当にそう思う時が来たら実際にそうやって踏み止まれるのか? という部分に関して出来るという断言をする事は避けておくけどね。……これで質問に答えた事にはなったかな?」
未彩「あぁ、十分だ。」
論名「それなら良かった。やっぱり、未彩は見ていて面白いね(※笑顔)」
未彩「それはどうも……(チッ、この観察者気取りが……しかし、コイツの存在や言動に何処か安心している俺が居るのもまた事実か……ハァ、なんとも面倒な事だ。)」
論名「……まぁ、少しでも安心材料になったなら何よりかな(※飽く迄も楽しそうな笑顔)」
未彩「ッ!?(※虚を突かれた事が明らかで驚きが隠せておらず緊張感もある表情)」


登場人物:
清上院 論名 (現実主義の達観者。遠くの理想より目の前の現実での最良を探すタイプ。故に自分を中心に置いた損得勘定が実は多めという傾向があるが、それは『飽く迄も無駄な損をしない為であり本来以上の得をする為ではない』ので悪質さは無いだろう)
清上院 未彩 (境界上の病み人。淡々とした現実主義と成り色々と割り切れば楽になれる事を頭では分かっているが子供じみた様々な理想論を心から捨てる事には未だ成功しておらず、故に世間的に正しく大人になっていく周囲から取り残されている節がある)
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