謎会話ログ≪1≫

【だから彼女は生きてしまう】


秀造「愛華さん、少々よろしいですか?」
愛華「……何かしら、今の私はアレの教育で疲れたばかりなのよ。」
秀造「えぇ、存じております。ですが、だからこそお尋ねしたい事がありまして。」
愛華「仕方ないわね……何が聞きたいの?」

秀造「ありがとうございます。それではお尋ねさせていただきますが……愛華さんは何故アレに――No.0に『自殺』をお教えにならないのですか?」

愛華「……どうして、そんな事を訊こうと思ったのかしら?」
秀造「私の記憶では愛華さんはNo.0を流したい程に憎んでいた筈です。白夜さんとの妥協点を探る為、私の折衷案を挟んだ上で産む事に同意されはしましたが……今尚続く凄惨な教育は貴女からNo.0への強い憎悪を証明している、と私は推察しています。」
愛華「そうね、よく分かっているじゃない。」
秀造「お褒めに預かり光栄です。ですが……だからこそ、貴女からNo.0への教育の中に『No.0によるNo.0の殺し方』が含まれていない事に、若干の違和感を覚えていまして……今回はそれをお尋ねしたく思い呼び止めさせて頂きました。」
愛華「成程、ね……。」
秀造「No.0を流したい程に憎んでいた貴女であれば、No.0に自ら死を選ぶ手段を教える事で貴女を含む他者の手を一切汚させずNo.0自身の手でNo.0をこの世から葬る、という手段を取ってもおかしくないでしょうし、そうでなくとも自害の方法を教えておけばNo.0が戦場でしくじり逮捕されかけた際に自害を選ばせDirty Bloodに関する情報漏洩を最小限に抑えさせるというリスクマネジメントにもなる……という事に貴女程のお方が気付かない訳は無いでしょうに、貴女は他人の殺し方ばかりを教え、自殺方法を教えないどころか『自殺という選択肢の存在すら一切仄めかさない』まま……些か非合理で不思議だと私は思うのですが、その辺りは如何お考えなのでしょうか?」

愛華「……ねぇ秀造?今この日本で人が自殺を選ぶのは、主にどんな時かしら?」
秀造「そうですねぇ……代表的なものは精神的な苦痛に耐えきれなかった時、でしょうか。鬱病やそれに至る原因を苦とした大人の自殺は現代日本では日常茶飯事でありきたりなものですし、子供でさえ夏休みの最終日や二学期の初めは自殺が増える、とはよく言いますからね。細かい事情は多種多様に枝分かれしているとは思いますが、それ等の様々な苦痛を理由に日本では多くの命が自らの意思で幕切れを迎えている、という事実に否定の余地は無い筈です。」
愛華「そうね、私もそう思うわ。……だから、私はアレに自殺を教えないのよ。」
秀造「……あぁ、成程……愛華さんはNo.0に対し『苦痛から逃げる手段を与えないために自殺を教えていない』という事ですか。」
愛華「えぇ……そうよ。人が自殺を選ぶのは目の前の苦痛に耐えかね、その苦痛を未来ごと手放す事を望む時が殆ど……つまり、自殺は苦痛からの逃避を極めた行為という事。」
秀造「No.0に自殺を教えないのは『苦痛からの逃避を許可しない為』……という事ですね?」
愛華「そうよ、流石は秀造、理解が早いわね。……現状は知らないけれど、もしもいつかアレが苦しみを感じる様になる日が来るなら……私、その時のNo.0に『死ねば苦しみから逃げられる』なんていう人並みの発想と安堵を与えるのはとっても嫌なの。」
秀造「成程、十分納得させて頂きました。やはり、貴女は私の思っていた通りの貴女のままの様ですねぇ……流石です。」

愛華「ウフフ、そうかしら?あぁ、それと……下手に自殺を教えて白夜に妙な気を起こさせない為でもあるのは否定しないわよ?教育内容の決定権は私にあるけれど、教育内容を全く知らせない事は流石に出来ないもの。」
秀造「あぁ、それは確かにあるでしょうね。幾ら直接の教育係が愛華さんや一部団員だとしても、その状況を白夜さんに100%隠しきる事は出来ませんし……No.0が自殺を覚え実行を考えたとなれば白夜さんといえど流石に反発するかもしれませんからね。」
愛華「白夜は未だにNo.0を人間、それも自分の娘として扱うんだもの……本当に、腹立たしいったらないわ。その点だけは黒夜よりも白夜の方が面倒よ。」
秀造「フフ、そうでしょうね。(……黒夜さんにとってNo.0は親愛なる双子の兄の子供であり、しかし憎むべき女の娘でもある……No.0に憎き愛華さんの血が混ざっている事がNo.0やそれを愛そうとする白夜さんを庇う事への躊躇いを生んでいるのでしょう。)」
愛華「でしょう?貴方は理解が早くて助かるわ。さて……こんな回答で良かったかしら?まぁ、駄目と言われても私に他の回答は無いのだけど。」
秀造「えぇ、全く問題ありません。貴重なお気持ちの丁寧な開示を感謝いたします。」
愛華「……貴方って、やっぱり読めないわね。こんな話でも人当たりの良い老紳士の様な柔らかな微笑を湛えて。」
秀造「いやはや、恐縮です。」
愛華「……まぁ良いわ。この世界でポーカーフェイスは大切な武器だもの、存分に鍛えて使いなさい。」
秀造「はい、精進させて頂きます。」
愛華「それと、この話は白夜には秘密よ?知られたら何を言われる事やら……」
秀造「ご安心ください、全て私の記憶の中だけの情報とさせていただきます。」
愛華「えぇ、そうして頂戴。」


登場人物:
天照 秀造 (好奇心旺盛な探究者気質の男性。愛華にNo.0を究極の人でなし=殺人鬼として作り上げると決心するきっかけを与えた人物。愛華や白夜達の大学~大学院時代の後輩での1つ年下だが、若い頃から割と老け顔。)
花道 愛華 (No.0の母親……なのだが、娘であるNo.0に好意的と言える感情は欠片も所持しておらず、自身の失態=避妊失敗による妊娠への後悔を主な素材にした強烈な憎悪を向けており、No.0を我が子や人間として扱おうとしない。夫でありNo.0の父親である白夜が愛華とは反対にNo.0を我が子として愛したがっている事もNo.0への敵意に拍車を掛けている様だ。)

補足情報:
作中で何度も呼ばれている『No.0(ナンバーゼロ)』とは10~11歳頃までのSearch=Darknessの名前です。
つまり、Searchの子供時代の名前です。目の色が赤に変えられる前まで(自然な黒だった時期)のSearchの事を指しています。
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