青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

「死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、ス!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、ス!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、ス!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!!」

馬鹿の一つ覚えのように繰り返される罵倒は、罵倒の内容そのものよりも、この教室の中で唯二人――自分と満だけが晒し者にされ、石を投げられるような状況になっている事が苦しくて、悔しくて、辛い。
どうして自分が、そして満が、こんな目に遭わなければいけないのか、そしてどうして周囲は自分たちを助けないどころか、この悪意に満ちた男子生徒達の味方をするのか、礼矢には分からない。
分かる事があるとすれば、それは、自分にできる事は何も無いという事と、満以外の同級生は全て敵だという事、それから、大衆の支持を得た悪意は時にその場の正義となりうるという事だけだ。

「死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、ス!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、ス!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、ス!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!!」

大衆の支持を得た悪意という正義は益々勢いをもって、これでもかと言わんばかりに礼矢の存在を否定する。
礼矢はただその場に立ち尽くし、床に視線を落として、両手を手の平に爪がくい込むほど強く握りしめる事しかできなかった。
その胸の内を支配するのは、もはや悔しさではない。
最初の威勢の良さは何処へやら、礼矢の心はすっかり委縮してしまっていた。
それでも響き続ける悪意を許せなかったのか、礼矢の背後で俯いていた満が、今度は自分が立ち向かう、とでも決意したかのように緊張感のある表情でゆっくりと顔を上げ、一歩前に踏み出す。
勿論、男子生徒達はすぐそれに気付いて、悪意の矛先を礼矢から満に変え、気色悪い笑みと視線を満に向けてくる。
先に攻撃に出るのは満か男子生徒達か、一触即発の空気と不穏な沈黙が教室に漂ったが、それを破ったのは満でも男子生徒でも、そして礼矢でもなく――

「ほら、いい加減に出ていけ。授業の邪魔だ。」

そう言って不穏な空気を切り裂いたのは、前方の扉の鍵が閉まっている事に気が付いて、鍵はおろか扉自体が開いたままの後方の扉から教室に入ってきた教師だった。
教師は身体の左脇に教科書やプリントの束を抱えたまま、一番教室の奥に踏み込んでいる男子生徒の肩を右手で押して、無理矢理後退させ始める。
無論、男子生徒達は教師に押されて後退しながらも、礼矢に汚い罵声をかけ続ける。

「オラッ!! デブスッ!! さっさと死ねよ!!」
「ブス咲もな!! ギャハハハハハハハハッ!!」

教師に押されて後退しながらも尚、こちらを罵り続ける男子生徒達を、満はキッと睨みつけた。
その目はまるで、絶対に許さない、と宣言しているような激しさがあったが、それを気にする生徒など此処にはいない。
唯一それを気にできるであろう礼矢は、悔しさよりも深い悲しみに沈んでそれを気にできる状態では無いし、教師は他の生徒達と同じで、満のその表情に意味があるだとか、決意があるだとか、価値があるだとか、そんな事を思いはしない。
その証拠に、教師は男子生徒達を教室から押し出して後方の扉に鍵をかけた後、礼矢と満に向き直ると大きな溜息を吐いて見せた。

「全く、お前達も相手にしなければいいものを……同じ所までレベルを落とす必要はないだろうが。あんなのは放っておけばいいんだ。そのうち飽きてやめるだろう。」

教師はそう言うと、教壇へ向けてスタスタと歩き、教卓に教科書やプリントをドサッと置く。
それにどうにも納得がいかない様子で、満はその後ろ姿を無言で睨んだ。
教室から押し出された男子生徒達はもう散り散りになっているのか外は煩くはなく、教室も授業に向けてかしんと静まり返っているが、それで全てが丸く収まったとは思えないと言いたげな悔しそうな表情の満は、礼矢に視線を向ける。
礼矢は、相変わらず俯いて沈黙し、両手を非常に強く握りしめて棒立ちになっていて、動き出す気配は無い。
その周囲を見ると、他の生徒達は既に授業に向けて冷静さを取り戻している者も多かったが、一部の生徒は動く事の出来ない礼矢を嘲笑うかのように、礼矢を見ながらヒソヒソと内緒話をしている。
それから改めて教壇に視線を向けると、教師はもう授業の為の板書を始めていて、今まであった事に関心など一切無い様子で、満は一瞬視線を伏せてから、すぐに何かを決意した表情で顔を上げ、礼矢の手首を少し勢い良く掴んだ。
礼矢は驚いて顔を上げ、満の顔を見る。
礼矢の視界に映った満の表情はとても真剣で、緊張感のあるものだったが、満は礼矢が自分の顔を見た事を認識すると、ふっとその表情を柔らかい微笑みに変えた。
その表情の変化の意味が読み取れず、何が何だか分からない礼矢をそのままに、満はもう一度教壇に視線を向ける。

「すみません、ちょっとお手洗いに行ってきますね。」
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