青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

「お? なんだデブ、なんか文句あんのかよ?」

騒ぎ立てていた男子生徒はニヤニヤと、優越感に溢れた表情で笑いながら礼矢を見下ろし、礼矢を挑発する言葉を投げつけてきた。
だが礼矢はすぐには何の返事もせず、そっと教室の扉の取っ手を握ると、

「失せろ!!」

と言うと同時に、教室の扉を勢い良く閉めた。
バンッ、と扉が柱に激突する音が教室に響く。
そして礼矢は扉に素早く鍵をかけた。
騒ぎ立てる男子生徒はドアを開けようと外側の取っ手を握って力を込めたが、鍵のかかったドアは開かない。
礼矢の態度と扉の鍵を閉められた事が気に障ったのか、男子生徒は扉を殴りながら尚も騒ぎ立てる。

「あ゛ぁ゛!? 生意気なんだよこのデブス!! てめぇが死ね!!」

騒ぎ立てる男子生徒の背後では、相変わらず他の男子生徒がニヤニヤと笑っている。
こちらは礼矢の態度を面白がっているか、もしくは礼矢が罵倒されるのを面白がっているのだろう。
礼矢は数秒だけ扉に取り付けられた窓ガラス越しに男子生徒達を睨んでいたが、すぐにそれらに背を向けて、再びいくつかの机の間をすり抜けて、心配そうな顔をした満がいる自分の席に戻った。
椅子に座ると、満が心配そうに声をかけてくる。

「礼矢、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。」

この学校の中で唯一礼矢を心配してくれる仲間――満の為に、礼矢は小さく笑ったつもりだったが、その顔はどう見ても笑みなど浮かべておらず、満を安堵させることはできなかった。
満が不安げな表情で背後――教室前方の扉を見ると、男子生徒はまだ扉を叩きながら騒ぎ立てている。

「死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!!」

よく見ると騒ぎ立てる男子生徒は片手で、地獄に堕ちろ、のサインを出していた。
満は何かに耐えるように下唇を噛み締めながら、教室前方の扉に背を向ける。
礼矢も、早く教師が到着してあの男子生徒達を追い払う事を祈りながら、口を噤んで俯いた。
男子生徒の暴言は、教室前方のドアは閉まっているというのに耳をつんざくような音量で続く。

「死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!!死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!!死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!!」

絶えず続く拷問のような罵声、存在の否定、劣等種の烙印。
礼矢と満は、男子生徒達がまだ鍵のかかっていない教室後方の扉から教室の中に入ってこない事だけを心の支えにしながら沈黙していた。
あと少し、あと少し待てばきっと次の授業の教師が来て、礼矢と満を心配して、ではなく授業の邪魔だからと言う理由ではあるが、あの男子生徒達を追い払ってくれる、そう信じて二人は沈黙を守る。

「死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!!」

男子生徒達がそこに存在している事を無視するように、礼矢と満は俯いて礼矢の机の上を見ながら沈黙を続ける。
気が付けば騒ぎ立てる声は一人のものではなく、複数のものになっていた。
どうやら、最初に騒ぎ立てていた男子生徒の引き連れていた取り巻きが、誰にも注意されず、むしろ笑顔で肯定される事で調子に乗って、合唱のように声をそろえて騒ぎ出したらしい。
複数の悪意の波が二人を襲う。
嗚呼、自分は、自分達は、こんなにも多数の人間に死を望まれていて、それを否定してくれる人は誰もいないのか、と思うと、礼矢は鼻の奥がツンと痛んで涙が溢れそうになるのを感じたが、此処で泣いてしまっては男子生徒達が益々つけあがり、満にも迷惑が掛かってしまう事を分かっているから、すんでのところでそれを堪えていた。
満も何も言わず、ただ沈黙を続けている。

「死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!!死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、スッ!! 死ーねッ!! 死ーねッ!! デ、ブ、」
「お前達、何を騒いでるんだ、さっさと教室に戻れ。」

終わりが見えないように感じられた拷問の寸断は意外と突然で、礼矢と満はゆっくりと顔を上げて扉の外――廊下を、扉に取り付けられた窓から見た。
そこには男子生徒達がいるのは勿論だが、一人、生徒ではない人間――初老で白髪交じりのスーツ姿の男性が増えている。
それが次の授業の教師だと気が付いた直後、礼矢と満は少しだけ安堵した表情で顔を見合わせた。
別に、その教師は礼矢の事も満の事も心配してはいないのだが、授業の邪魔になる者を許さず排除する姿勢は強固なもので、今までにも何度か今のように礼矢と満に暴言を浴びせに来た生徒を追い払っているので、礼矢と満は密かにその教師の登場を心待ちにしていたのだ。
これで今はこの拷問のような罵詈雑言から解放される、礼矢と満はそう確信して、男子生徒達に見えない角度で少しだけ微笑む。
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