青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

その片方は、特別おかしな特徴の無いごく普通の高校生といった風貌の生徒達が浮かべている表情で、対岸の火事を見ているかのような無表情である。
騒ぎを視界に入れつつも、自分には関係無いという姿勢を貫く無表情は、見ようによっては酷く冷たいものに見えない事もない。
だが、これに関して、礼矢は特別文句を言うつもりは無かった。
何故なら礼矢は、人は相当なお人好しでない限り、自分と特別な関係――例えば知人、友人、恋人、家族など――ではない赤の他人を助けようとは思わない、という事を普通の事だと思っているからだ。
そして、礼矢と満以外の同級生達は、顔見知りではあるが知人や友人ではない。
だから同級生達は、礼矢に何か災難が起こっても礼矢をそこから助けようとは思わず、また礼矢も、あまり遭遇したことは無いが、同級生達に何か災難が起こったとしても、同級生達をそこから助けようとは思わないだろうと自覚しており、またそれが普通の事だと思っている。
そう、これは普通の事であり、尚且つ無害な事だから、許す事も、どうでもいいと思う事もできる。
赦せないのは、もう一方の表情だ。

完璧な無関心――礼矢と満の事も騒ぎ立てる男子生徒の事も見ていない同級生達――や、完全な傍観――礼矢と満もしくは騒ぎ立てる男子生徒を見てはいるものの無表情を貫いている同級生達――を除いたごく一部の、同級生と呼びたくないような同級生――騒ぎ立てる男子生徒と同じような外見の男子生徒や、その男子生徒達の性別を女に変えただけのような女子生徒達――の浮かべる、騒ぎ立てる男子生徒達と寸分変わらぬ下品な笑顔、それが、礼矢には赦せなかった。
完璧な無関心を貫く同級生達や、完全な傍観に徹する同級生達の、毒にも薬にもならない、無意味だが無害な表情と違い、騒ぎ立てる男子生徒本人は勿論、一部の同級生と呼びたくない同級生達の視線と表情には、明らかに禍々しく有毒な感情が含まれているからだ。
その感情の名前は、悪意。
その中でも、彼等から感じられるのは、礼矢と満の事を自分達よりも劣った存在として認識しているために漏れる嘲笑と、礼矢と満は劣った存在だからどう乱暴に扱っても構わないと考える高慢の二つで、礼矢は特に後者――高慢から来る考えが赦せなかった。
嘲笑――誰かを自分より劣った存在として認識するという点では、正直なところ、口や顔に出さないだけで礼矢も、礼矢と満を劣った存在だと認識して乱暴に扱うこの同級生達を、人間として最低限のルールも守れない低俗で下劣な存在、として更に見下している面があるため、そこそこお互い様だと思っている。
ただ、その次に来る高慢――礼矢と満は劣った存在だからどう乱暴に扱っても構わないという考えは、礼矢には理解できないものだった。
内心で見下して内心でほくそ笑むだけなら、他の無害な同級生達と大して変わらないからまだ赦せるが、それだけにとどまらずそれを表情や態度で表に出して、更にはこちらを使い捨ての玩具のように乱暴に扱うなど、到底赦す事はできない。
自分達はお前達の一時の喜悦の為の玩具ではない、という強い反発心が、礼矢の嫌悪感と憎悪を色濃くしていた。

「デーブー矢!! ブース咲!!」

もうそろそろ次の授業の教師が教室にやってくるだろうというのに、男子生徒達は教室の出入り口から去ろうとせず、ついにほぼ名指しで礼矢と満の悪口を騒ぎ立て始めた。
それに合わせるかのように、それまで無表情だった特別おかしな特徴の無い同級生達の一部の顔にも微かな笑みが浮かび始める。
それは、男子生徒達や同級生と呼びたくないような同級生達ほどではないが、明らかに礼矢と満の災難を面白がっている顔で、前々から分かっている事ではあったが、この教室に自分達の味方はいない事を、礼矢は思い知らされた。
誰も止めに入らないのは勿論、誰も不快そうな顔すらしてくれない。
それどころか、彼等は笑顔で男子生徒達と礼矢達を交互に見て、男子生徒達の悪意を煽る。
そして更には、男子生徒達が騒ぐ分には止めに入らないくせに、礼矢が男子生徒達への反発を見せると何故か止めに入ってきて、男子生徒達の味方をする、それが彼等の実態だ。
そう、一見無関心や傍観を貫いているように見える同級生達もまた、礼矢と、そして満にとって、敵と言っても過言ではないのだ。
屈辱からか、礼矢の表情は一層険しくなる。

「お! デブがこっち睨んでるぜ! 目を合わせたらデブになっちまう!! ブスのブスビームは準備中かぁ? ギャハハハハハハハハ!!」

礼矢の険しい表情に気付いた男子生徒が更に騒ぎ立てた。
騒ぎ立てる男性生徒と、その取り巻きと思われる他の男子生徒達の下品な笑い声が耳に突き刺さる。
無関係のはずの同級生達や、同級生と呼びたくないような同級生達の、小さく吹き出す声やクスクスという笑い声も混ざって聞こえてきて、礼矢はもう耐えられなかった。
礼矢はガタンと音を立てて席を立つと、それに驚いた表情の満を横目に席を離れ、男子生徒達のいる教室前方の出入り口へと向かっていく。
ニヤニヤとほくそ笑む同級生と呼びたくない同級生達や、先ほどまでと打って変わってまた騒ぎが始まったと言いたげで面倒くさそうな顔の同級生達も見えたが、礼矢はそれには構わない。
いくつかの机の間をすり抜けて、礼矢は教室前方の出入り口に辿りつく。
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