青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

そう、生徒も教師も、単に気付かない以上に、都合の良い時以外は気付きたくないという本音があるはずなのだ、というのが、礼矢の見付けた答えなのである。
彼等或いは彼女等が自分や満を探しに来なかった理由は、自分や満が教室から消える事が生徒達や教師達にとって好都合だったからだろうと、礼矢は考えたのだ。
特に、今はその傾向が殊更強い事だろう、と内心で思うと、脳裏に浮かぶ満がなんとなく苦笑をしたような気がして、礼矢は、別に満を責めている訳では無い、という事を内心で呟く。
そして、自分はむしろ満に一種の感謝をしていると言っても過言ではない、という事を内心に思い浮かべると、脳裏に浮かぶ満が嬉しそうな顔をした気がして、礼矢は微かに自分の表情が緩むのを感じた。
ただ、礼矢の表情が緩んだのは飽く迄も一瞬の事で、今自分が見ている満は飽く迄も自分の脳内に残る満の虚像に過ぎない事を自覚し直す礼矢の表情は、何処か憂鬱、否、陰鬱と言ってもいい重暗さを漂わせている。
そこには、二つの確かな憎しみがあった。
第一に、礼矢は、満があのような惨劇を起こしても尚一向に変化の兆しを見せず、いつも通りに悪意を振りまくこの世界の住人達を憎んでいる。
そして第二に、満という犠牲を出しても尚悪意に満ちたままのこの世界の住人達を憎んでいるにも拘らず、その住人達と曲がりなりにも共存している――共存していくしかない自分を憎んでいる。
礼矢の陰鬱な表情は、外側と内側という別々の対象に向けたそれらの憎しみが精神の器から零れ落ちた結果なのだ。
そうして陰鬱に沈む礼矢の周りには、かつての満が頻繁に見せていた厭世感のような空気が漂う。
ただ一つ違うのは、今の礼矢にはかつての満にとっての礼矢のように、その厭世感を見て同じ気持ちを共有してくれる存在はいないという事なのだが、自分は供物か、そうでなければ異物でしかないと悟った礼矢にとって、それは特別気になる事ではなかった。
礼矢にとってはそれよりも、自分はこれからもこの憎たらしい世界の憎たらしい住民に混ざった振りをして生きていく事しかできないであろうことの方が、よほど問題なのである。

――絞首台の先で、また逢えるって、信じてるから!!

いつもは静かに話す満が大きな声で叫ぶように放った一言を思い出す度、礼矢は気分が暗く沈むのを感じていた。
それは、自分には絞首台にのぼるような状況に至るような事をする度胸など恐らく存在しないと薄々分かっているからだ。
自分はこの世界の住人たちの悪意に対し、正攻法で立ち向かう事さえできない存在である。
それは、自分が傷付く事、損をする事、不快になる事を恐れて動けないからであり、そのような自分が満のように自分の残りの人生全てを捨てて復讐に身を投じる事などできる訳が無いのだ。
だとすれば、自分はこの先の人生をどうやって生きるというのか? 
その答えは一つ、悪意に迎合し、供物として存在するしかない、という事が、礼矢は悔しくて仕方が無かったのである。
そしてその道を選ぶしかない自分に対し、例え満のように何らかの事を起こしたところで世界は変わりはしないのだからそれでいいだろう、と囁く自分がいる事が、特に腹立たしく思えていた。
例えそれが現実というもので、礼矢の意思とは関係無くそのようなものでしかないのだとしても、だ。

階段に腰かけたまま、礼矢は胸ポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、それに接続されたまま絡まってしまったイヤホンのコードを解いて、イヤホン本体を両耳に入れた。
満との記憶は大切なものではあるが、これ以上この場所で独りそれを思いだしていると、頭がどうにかなってしまいそうな気がしてきた為、音楽を聴いて気分を紛らわせる事にしたのである。
スマートフォンの画面を弄り、音楽再生機能を立ち上げ、いつも通学中に聴いている曲のランダム再生を開始する。
二秒程度経過した後、イヤホンからは激しく重いメタルミュージックが流れ始めた。
音量がやや大きい為、他の静かな場所では音漏れが気になる所だが、幸い此処には礼矢以外の生徒は来ていない。
礼矢は音楽を聴きながら、もう一度窓の外を見た。
空は相変わらず良く晴れていて、地上にいる生徒達はあの惨劇が嘘であったかのように明るく快活な姿を見せている。
礼矢は、この生徒達の姿と思考が明るい証拠であるならば、自分は一生暗い存在で構わない、と思うのであった。


尚、少年法の適用外と判断された藤咲 満に対する死刑判決が異例のスピードで確定したのは、それから数か月後の話である。



End.
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