青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

――僕達、何があっても仲間だよね?
――勿論だろ。何があったって、俺達は仲間。むしろ、同志ってやつだろ。

惨劇の日以降、それまで以上に脳裏にこびり付いて消えなくなった会話が、どうして満を庇ってやらないのか、と言って、今や男子生徒達の悪意の空気に敗北してしまった礼矢を責め立てる。
一度は男子生徒達の会話に怒りを覚えたものの、結局は男子生徒達から直接悪意をぶつけられる事を恐れて黙り込んだ今の自分を、満はどう思うのだろうか?
今の自分は、満や自分に対する虐めを止めずに傍観していただけの者達と同じものになり果ててしまっているのではないだろうか?
否、むしろ、今の自分は傍観者以上に情けない何かになり果てているのではないだろうか?
顔は伏せたままでゆっくりと両目を開きながら、礼矢はどうしようもない息苦しさのような何かを感じていた。
後になって思えばそれは、無力感、とでも呼ぶべき感情であったのだが、この時の礼矢にそれを思い付く余裕は無く、礼矢には、見えない綱で首を締め上げられるような苦しさと、尚も吐き出され続ける男子生徒達の悪意が作る傷の痛みにただただ耐える事しかできなかった。
早く一時間目の開始を告げるチャイムが鳴り、男子生徒達が解散する事を祈り始めた礼矢を嘲笑うかのように、男子生徒は楽し気ともとれる声で言い放つ。

「マジそれ! ブサメンとキモデブは死んでオッケーだろ!」

礼矢は内心で再び、糞ッ垂れ共が、と呟いたが、それを飽く迄も内心の声にしかできない自分に、どうしようもない情けなさを覚え、奥歯を食い縛る。
一時間目の開始を告げるチャイムが鳴ったのはその直後で、礼矢が顔を上げる事ができたのはそれから数十秒が経過し、男子生徒達が礼矢の席の近くから立ち去った後であった。


その後、一時間目から四時間目までの授業が終わり、学校全体が昼休みの活気に包まれ始めた時、完全アウェイとでも言うべき空気に耐えきれなくなってきた礼矢は教室を抜け出し、大した暇つぶしの道具も持たないまま、かつて避難所として満と共に訪れていた場所――屋上の出入り口前の踊り場を訪れていた。
普段から大した掃除をした形跡が無く、あの惨劇の後も特別なにか掃除やリフォームをした様子の無い踊り場は校舎内の他の場所に比べていくらか埃っぽくはあるが、そのおかげか立ち寄る人間は滅多にいない為、礼矢は教室にいる時よりも落ち着いた呼吸をする事ができ、息苦しさが少しだけ和らいだような気がしていた。
礼矢は踊り場から下の階へ伸びる階段の段差に腰かけて小さな溜息を吐き、正面に取り付けられた大型の窓から外の景色を見る。
空を見ると、空は快晴と晴れの間ぐらいの様子で、濃い青の中にポツポツと白い雲が浮かんでいる様子が見えた。
憎たらしい位の晴れだ、と思いながら、礼矢は徐々に視線を地上へと移す。
地上――昼休みを理由に生徒達へ解放されている校庭には、礼矢よりもずっと細身で運動神経の良さそうな生徒達が小学生のようにはしゃぎ回っている姿がある。

――呑気な光景だよね、これ。

ふと、かつて満がつぶやいた言葉が脳裏に浮かび、礼矢は内心でそれに同調した。
礼矢が満のこの言葉に同調するのは何も初めてではなく、満が実際にこの言葉をつぶやいた時も同調していた事実があるのだが、あの時は正直、本当にその言葉に同調したというよりは、満の暗い雰囲気に気圧されて同調した面が大きかった気がする、と今の礼矢は考えている。
その為、心の底から満のこの言葉に同調するのは初めてかもしれない、と礼矢はボンヤリ思った。
かつて、体育の授業でマラソンをしている男子生徒達を見ながらそれを呑気な光景だと言った満の気持ちが、今なら大体分かるような気がするのである。
それは、あの日満や礼矢が授業を抜け出して何処かへ姿を隠しても、それを一切気に留めずに進んでいく日常を満が呑気な光景と言って切り捨てたように、満があの惨劇を起こして多くの生徒を殺しても、その事の重さを理解せずに普段通りの悪意が蔓延るままで表面上だけ綺麗に進む今この日常を、礼矢は呑気な光景だと切り捨てたく思っているからであった。
礼矢以外、誰一人としてあの惨劇に対する当事者意識など持ってはいないのだろう、という事に気付いた時の絶望感は、恐らく一生忘れられない。
自分達の行動が藤咲 満という一人の人間の人格を破綻させたのだと自覚しないまま、自分達は被害者ですと言わんばかりの生徒達や、満に降りかかる悪意は見て見ぬ振りを貫いたというのに満に殺された不良生徒達には全力で哀悼の意を捧げる教師達を思い出すと、今でも非常に腹が立つ。
本当に呑気で、くだらなくて、残酷な光景だ、と思う礼矢の脳裏に、また満の声が蘇る。

――僕達が此処にいる事、誰も気付かないね。

この言葉も、最初に言われた時は何故言われたのか分からず、曖昧な返事をしてしまった言葉であったが、今なら自信を持って返せる答えがある。
そう思う礼矢は、再生された満の声に対し、音は出さずに口だけを動かして、内心だけの音声にしつつ、返答した。

――誰も気付きたいと思わないんだから、仕方ないだろ? 俺達は供物か、そうじゃなきゃただの異物なんだぜ。
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