青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

「……ははは、そうだな。」

クスクスと小さく、しかし楽しそうに笑う満に合わせるように、礼矢は少し困ったような顔で、しかしこちらも嬉しそうに笑った。
何故なら、礼矢は確かに自分より満の方がおかしい奴だと思ってはいるのだが、だからと言って、自分が完全に普通だとは思っていないからである。
そう、礼矢は満に比べれば若干普通寄りだが、本当に普通とされる人間達と比べると、明らかにおかしな奴寄りだという自覚が無い訳ではないのだ。
それは、礼矢が満と同じように、嬉々として興味を持つべきではない話題に嬉々として飛びついてしまうという傾向がある、という事を自覚しているから、というのは勿論だが、それ以上に、礼矢の今まで――円滑な人間関係を保つ事ができなかったという事を考えると、自覚するなと言う方が無理な話だった。
悪意を持って近づいてくる人間を上手く受け流す事ができない事は勿論、善意を持って近づいてきた数少ない人間すらいつかは離れていく、そんな人間関係を繰り返してきた礼矢には、自分が普通だなどとは到底思えない。
凄まじい劣等感に苛まれ、助けを求めて二つ折りの計算機を通して電子の世界を彷徨えど、結局其処でも同じ事ばかり繰り返してきた礼矢には、もう。
そう、満の残虐な話に対する感覚が普通から酷くずれているように、礼矢の人間関係に対する感覚も酷くずれている。
ずれている箇所が少し違うだけで、礼矢も満も、普通ではない事自体に違いは無い。
それに、それならば満は人間関係に対する感覚は普通なのかと言えば、または礼矢は残虐な話に対する感覚は普通なのかと言えば、そんな事は無いというのが現状である。
結局、礼矢と満の間で、どちらの方がよりおかしい奴なのか測ろうとする事は、ドングリの背比べをするに等しい事なのだ。
だから礼矢は、満の言った事を否定するのではなく、肯定するように笑った。
むしろ、笑って肯定した。

礼矢がそうして笑った数秒後、そのタイミングを見計らったかのように、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴りだした。
礼矢と満は笑い声を止め、礼矢は教室前方の壁に掛けられたアナログ時計に振り向き、満は教室後方の開いたままの扉に振り向いて廊下を見る。
そして満は、急いで椅子から立ち上がった。
授業の準備をしに行く為ではなく、自分の身を守る為に。
何故なら、礼矢が座っている椅子は普段から礼矢が使っている物だが、満が座っていた椅子は普段から満の使っている物ではないからだ。
椅子から立ち上がった満は少しだけ立ち位置を変えて、自分がその自分の物ではない席に座っていた事を隠し、それから少し残念そうな顔をして礼矢を見る。

「休み時間終わっちゃったね。」

気が付けば、先ほどまで生徒達の声が聞こえていた窓側から生徒達の声が聞こえなくなり、逆に今まで静かだった教室から生徒の声が聞こえるようになってきていた。
先ほどまで礼矢と満しかいなかった教室にも、廊下と教室を繋ぐ扉から一人、二人、また一人と、生徒達の姿が戻り始める。
礼矢には、チャイムよりもそれが休み時間の終わりを告げているように感じられた。
少し、居心地の悪さを感じる。
基本的に、礼矢は多数の人間が密集する空間にいる事が苦手なのだ。
自然と表情に憂鬱の陰が浮かび始める礼矢に、こちらもどこか残念そうな満が言う。

「それじゃあ僕、席に戻るよ。」

少しだけ、居心地の悪さに気を取られていた礼矢は、一瞬返事が遅れる。

「あ、あぁ、そうだな。」

一瞬ボーッとしていた事を誤魔化すような返事をした礼矢を見て、満は少し面白がるように笑った。
礼矢は、満が今の妙な間を自分に対して失礼だと感じていないらしい事に安堵しながら、誤魔化し笑いを浮かべる。
できる事ならもうしばらくこうして笑いあっていたいが、授業開始が迫っていて、満は自分の席に戻らなければならない。
だから

「うん、じゃあ」

また後で、と、満が言おうとした時

「あーっ!! デブとブスが仲良くしてるぅー!!」

一際大きな声が、廊下から教室、更には耳を貫くように響いて、満の顔から笑顔が消えた。
礼矢の顔からも笑顔が剥がれ落ちて、礼矢は声の響いてきた声の響いてきた方向――教室前方の扉の外――廊下を見る。
そこには、数人の男子生徒が立っていた。
男子生徒達はいずれも日本人なのに日本人らしくないが、だからと言って黒人らしくもない程度の色黒の顔をしており、髪の毛はアルミのタワシのように縮れている。
制服の着方も礼矢や満とは対照的と言っていいほど滅茶苦茶で、顔のところどころには校則違反のはずのピアスがいくつも付いている。
しかし何より特徴的なのは、その全員がニヤニヤと、見ているこちらが吐き気を催すような下品な笑みを浮かべている事だ。

「デーブ!! ブース!! デーブースッ!!」

廊下に集まった男子生徒達の内の一人が、テンポの遅い拍手でもするかのように手を叩きながらとても大きな声で下品に騒ぎ立てる。
その声が酷く耳障りに感じられて、礼矢は顔をしかめて男子生徒達を僅かに睨んだ。
教室の中の同級生達も、この大声を無視する事は出来ないのか、ちらほらと男子生徒達に視線を向ける者がいる。
だが、同級生達の表情は、礼矢の表情と同じではない。
男子生徒に視線を向ける同級生達の表情は、大きく二種類に分かれていた。
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