青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう
「学校もあんなデブさっさと転校させとけってマジ。」
「アイツあのブスの知り合いだろ? オレらが殺されたら学校は責任取れんのかよっての。」
男子生徒達の身勝手な被害妄想に、礼矢は顔を伏せたままで眉間にシワを寄せた。
それは、自分達を礼矢に殺される事を危惧しつつ、そのくせ礼矢の近くで礼矢の悪口を垂れ流すという矛盾を平然と成し遂げる男子生徒達が不可解且つ不愉快極まりなかったからである。
礼矢としては、それほどまでにこの自分、安切 礼矢に殺される事が怖いのであれば、少なくともその会話はこの自分の目や耳の届かない範囲でするべきではないだろうか、という気がするのだが、男子生徒達はそうしようとはせず、礼矢の聴覚の通用する範囲で嫌味ったらしい会話を続ける。
それはまるで、此方に対して自分達の会話をワザと聞かせているとしか言いようが無い、と思った時、礼矢は自分が男子生徒達の会話の前提を間違って想定している事に気が付いた。
それまでの礼矢は、男子生徒達は自分達が礼矢に殺される事を危惧している、と馬鹿正直に信じていたが、そんな事は有り得ないのである。
もし本当にそう危惧しているならば、礼矢の逆鱗に触れてもおかしくない話をわざわざ礼矢の近くでするという矛盾が生まれる訳が無いのだ。
であるから、これは不可解な矛盾のある会話ではなく、他の前提――意図によって遂行されている会話なのだと、礼矢は今更ながらに気が付く。
そう、男子生徒達は、自分達が礼矢に殺される可能性など、本当は全く危惧していない。
殺される可能性を危惧している、という口実で、元々気に入らない存在である礼矢に対する悪口――悪意を垂れ流したいだけなのである。
本当に、本当に陰湿で性質の悪いやり方に、礼矢は正直腹が立ったが、だからと言って男子生徒達に一声掛ける気にはなれず、顔を伏せたまま小さく溜息を吐く事しかできなかった。
自分が何かしらの文句を投げつけた所で男子生徒達がマトモに取り合う訳は無いという事を、礼矢は過去の経験により悲しいほどよく知っているのである。
そう、礼矢は以前にも今と同じ様な状況に置かれた事があり、今とは逆の選択――悪意を垂れ流す同級生達に注意と文句を付けに行くという選択をした結果、状況を作り出している同級生達の悪意を余計に増幅させてしまい、腹を立てる事も出来なくなる程散々に罵られ続けた事があるのだ。
あの時の同級生達の顔と言動を、礼矢は今も忘れられない。
礼矢が自分の悪口を言うのは止めるように言うとあからさまに嫌そうな顔をして、お前と話してる訳じゃない、お前の自意識過剰だろ、等と言って礼矢の言葉を躱し、その後は、今の話が自分の悪口だと思うって事はお前はやっぱりキモいデブスなんだな、自分で自分が気持ち悪い事を認めてるんだな、等という揚げ足取りのような罵倒を始めたあの時の同級生達の悪意が、今この瞬間に近くで居座りながら悪口を垂れ流している男子生徒達の悪意と重なって、想像を絶する重みを持って礼矢にのしかかる。
悪意を増幅させないためには、自分から文句を言う事はできない。
しかし、沈黙を続けたところで悪意が消える訳ではない。
進むも地獄、退くも地獄、としか言いようのない状況に、礼矢は唇を噛む。
そして
「つーかまずなんでオレ等が死ななきゃならない訳? あのキチガイブスが一人で死んでりゃいいって話だったじゃん。」
満が自殺をするべきだった、と言っているとしか思えない言葉に、礼矢は顔を伏せたまま目を見開いた。
机に置いたままの右手は、何かの感情――怒りの感情を堪える為か、静かに、しかし強く握りしめられる。
その際、男子生徒達がどのような顔をして、どの様に礼矢の様子を窺っていたのか、それらは顔を伏せたままの礼矢には分からない事であったが、それでも礼矢には男子生徒達の悪意に満ちた笑顔が見えた気がしていた。
そして、満を含む全ての虐め被害者を冒涜するようなその発言は流石に許せない、と感じた礼矢は、それまでの沈黙を貫く態度とは逆の行動に出ようとして僅かに顔を上げかける。
だが、その顔は腕から僅かに離れただけで完全に上げられる事は無く止まり、その顔にある二つの目が男子生徒達に向けられる事は無かった。
代わりに、男子生徒達の加害者意識に欠けた加害者の発言と呼ぶに相応しい言葉が教室の中で舞う。
「ホントホント、キモいブサメン根暗ヤローは一人で死んでろって話だよな。」
容赦無い罵詈雑言と言ってもいいかもしれない言葉を耳に突き刺されながら、礼矢は腕から僅かに浮かせた額を腕に乗せ直し、何かから逃げるように力一杯両目をを閉じた。
それが男子生徒達の悪意から逃亡する為の行動としては意味が無い行動である事は礼矢にも分かっていたが、それでも礼矢は力一杯両目を閉じる。
何故ならば、礼矢が本当に心の底から、逃げてしまいたい、目を背けたい、と思った相手は、男子生徒達ではなかったからである。
では、礼矢が一番目を背けたいと思った相手は誰であったのかという話だが、それは――
「ついでにあのキモオタデブも死んでくれると最高なんだけど!」
満や自分をどれだけ冒涜され、嘲笑され、侮辱されても、それに対して文句の一つも言えずに終わってしまう、臆病で無様なキモオタデブ――つまりは礼矢自身であった。
徐々に嗜虐の喜悦が見え隠れし始めた男子生徒達の声と、先ほど怒りに任せて顔を上げる事をしなかった自分への後悔が礼矢の脳を揺さぶる。
揺さぶられた脳細胞は、そのブレた世界の中に一つの記憶を映画のように映し出し、それが礼矢を更に深い後悔へ追い立てていく。
「アイツあのブスの知り合いだろ? オレらが殺されたら学校は責任取れんのかよっての。」
男子生徒達の身勝手な被害妄想に、礼矢は顔を伏せたままで眉間にシワを寄せた。
それは、自分達を礼矢に殺される事を危惧しつつ、そのくせ礼矢の近くで礼矢の悪口を垂れ流すという矛盾を平然と成し遂げる男子生徒達が不可解且つ不愉快極まりなかったからである。
礼矢としては、それほどまでにこの自分、安切 礼矢に殺される事が怖いのであれば、少なくともその会話はこの自分の目や耳の届かない範囲でするべきではないだろうか、という気がするのだが、男子生徒達はそうしようとはせず、礼矢の聴覚の通用する範囲で嫌味ったらしい会話を続ける。
それはまるで、此方に対して自分達の会話をワザと聞かせているとしか言いようが無い、と思った時、礼矢は自分が男子生徒達の会話の前提を間違って想定している事に気が付いた。
それまでの礼矢は、男子生徒達は自分達が礼矢に殺される事を危惧している、と馬鹿正直に信じていたが、そんな事は有り得ないのである。
もし本当にそう危惧しているならば、礼矢の逆鱗に触れてもおかしくない話をわざわざ礼矢の近くでするという矛盾が生まれる訳が無いのだ。
であるから、これは不可解な矛盾のある会話ではなく、他の前提――意図によって遂行されている会話なのだと、礼矢は今更ながらに気が付く。
そう、男子生徒達は、自分達が礼矢に殺される可能性など、本当は全く危惧していない。
殺される可能性を危惧している、という口実で、元々気に入らない存在である礼矢に対する悪口――悪意を垂れ流したいだけなのである。
本当に、本当に陰湿で性質の悪いやり方に、礼矢は正直腹が立ったが、だからと言って男子生徒達に一声掛ける気にはなれず、顔を伏せたまま小さく溜息を吐く事しかできなかった。
自分が何かしらの文句を投げつけた所で男子生徒達がマトモに取り合う訳は無いという事を、礼矢は過去の経験により悲しいほどよく知っているのである。
そう、礼矢は以前にも今と同じ様な状況に置かれた事があり、今とは逆の選択――悪意を垂れ流す同級生達に注意と文句を付けに行くという選択をした結果、状況を作り出している同級生達の悪意を余計に増幅させてしまい、腹を立てる事も出来なくなる程散々に罵られ続けた事があるのだ。
あの時の同級生達の顔と言動を、礼矢は今も忘れられない。
礼矢が自分の悪口を言うのは止めるように言うとあからさまに嫌そうな顔をして、お前と話してる訳じゃない、お前の自意識過剰だろ、等と言って礼矢の言葉を躱し、その後は、今の話が自分の悪口だと思うって事はお前はやっぱりキモいデブスなんだな、自分で自分が気持ち悪い事を認めてるんだな、等という揚げ足取りのような罵倒を始めたあの時の同級生達の悪意が、今この瞬間に近くで居座りながら悪口を垂れ流している男子生徒達の悪意と重なって、想像を絶する重みを持って礼矢にのしかかる。
悪意を増幅させないためには、自分から文句を言う事はできない。
しかし、沈黙を続けたところで悪意が消える訳ではない。
進むも地獄、退くも地獄、としか言いようのない状況に、礼矢は唇を噛む。
そして
「つーかまずなんでオレ等が死ななきゃならない訳? あのキチガイブスが一人で死んでりゃいいって話だったじゃん。」
満が自殺をするべきだった、と言っているとしか思えない言葉に、礼矢は顔を伏せたまま目を見開いた。
机に置いたままの右手は、何かの感情――怒りの感情を堪える為か、静かに、しかし強く握りしめられる。
その際、男子生徒達がどのような顔をして、どの様に礼矢の様子を窺っていたのか、それらは顔を伏せたままの礼矢には分からない事であったが、それでも礼矢には男子生徒達の悪意に満ちた笑顔が見えた気がしていた。
そして、満を含む全ての虐め被害者を冒涜するようなその発言は流石に許せない、と感じた礼矢は、それまでの沈黙を貫く態度とは逆の行動に出ようとして僅かに顔を上げかける。
だが、その顔は腕から僅かに離れただけで完全に上げられる事は無く止まり、その顔にある二つの目が男子生徒達に向けられる事は無かった。
代わりに、男子生徒達の加害者意識に欠けた加害者の発言と呼ぶに相応しい言葉が教室の中で舞う。
「ホントホント、キモいブサメン根暗ヤローは一人で死んでろって話だよな。」
容赦無い罵詈雑言と言ってもいいかもしれない言葉を耳に突き刺されながら、礼矢は腕から僅かに浮かせた額を腕に乗せ直し、何かから逃げるように力一杯両目をを閉じた。
それが男子生徒達の悪意から逃亡する為の行動としては意味が無い行動である事は礼矢にも分かっていたが、それでも礼矢は力一杯両目を閉じる。
何故ならば、礼矢が本当に心の底から、逃げてしまいたい、目を背けたい、と思った相手は、男子生徒達ではなかったからである。
では、礼矢が一番目を背けたいと思った相手は誰であったのかという話だが、それは――
「ついでにあのキモオタデブも死んでくれると最高なんだけど!」
満や自分をどれだけ冒涜され、嘲笑され、侮辱されても、それに対して文句の一つも言えずに終わってしまう、臆病で無様なキモオタデブ――つまりは礼矢自身であった。
徐々に嗜虐の喜悦が見え隠れし始めた男子生徒達の声と、先ほど怒りに任せて顔を上げる事をしなかった自分への後悔が礼矢の脳を揺さぶる。
揺さぶられた脳細胞は、そのブレた世界の中に一つの記憶を映画のように映し出し、それが礼矢を更に深い後悔へ追い立てていく。