青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

もしも命が本当に平等ならば、その平等な命を持っているはずの自分や満が格別貶められ続ける理由は何だったというのだ?
他人を思い遣れないのは、満という他人を思い遣る気持ちを欠片も持たなかったが故に満に殺される事になった奴等の方ではないのか?
奴等は罪悪感の欠片も無く他人を――満と自分を罵って悪意に満ちた喜悦を感じていたというのに、それを不器用などという曖昧な言葉で誤魔化して肯定するのか?
そのような奴等でさえ根本的には悪人ではないと言うのなら、満も、そして自分も悪人とは言えないはずだろう?

反論は途切れる事無く礼矢の脳内を駆け回り、外に出ようと試みるが、結局の処、その反論が実際に礼矢の口から飛び出す事は無く、反論の叫びが涙に変わって込み上げる度、礼矢は制服のブレザーの袖でこっそりとそれを拭うしかなかった。
何度も何度も、拭っても拭っても、またすぐに溢れてくるその涙に籠っていたのは悲しみ、と言うよりも、悔しさである。
生徒達の残酷な本性に目を向けないまま、真面目面のふりをした間抜け面で薄汚れたボロ布のような綺麗事を語る教師への怒りが、ブレザーの袖に滲んだ。
教師達の節穴より酷い役立たずの目に囲まれて、安心しながら残酷な本性を曝け出す生徒達への憎しみが、机に落ちた。
そして何より、それらが放つ悪意に怯え、満を庇う事も自分の意見を殺さない事もできない、情けなく泣くだけの自分への嫌悪が、肥えた頬を伝って口に入り込む。

「それなのにあいつ等は命を奪われた、未来を絶たれたんだ! とても理不尽だとは思わないか!?」

演説調で高らかと声を張り上げる男性教師を、礼矢はやや上目遣いに睨んだ。
理不尽だ、と叫びたかったのは、奴等ではなく、満の方だった筈で、根っからの悪では無かったのも、奴等ではなく、満の方だった筈だ。
そして、他人を思い遣れない馬鹿野郎は、満ではなく、奴等の方だったはずだ。
奴等の悪意が、満の人格を破綻に導いたというのに、何故その事実は隠さて奴等だけが美化をされ、満は貶められ、自分はそれを見せしめの様に見せつけられなければいけないのだろうか。
男性教師は自分の問いかけに対して礼矢以外の多くの生徒が頷いた様子を見て、満足げな表情を浮かべてから言った。

「さぁ、大切な仲間であるあいつ等の為に、黙祷を捧げるぞ。」

相変わらず男性教師の熱に浮かされたままの生徒達が満に殺された生徒等への黙祷を始めた時、礼矢は内心で、糞ッ垂れ共が、と呟いた。
そして、表面上は黙祷をするようなポーズを取りながら、殺された生徒達と今此処にいる生徒達、そして偽善的熱血指導が大好きであろう男性教師が碌な死に方をせず、その上で死後地獄に落ちる事を強く願う。
勿論、もしそのような願いが簡単に叶う世界であったならば、満が殺人者になる必要は無かったはずで、満が殺人者になってしまうようなこの世の中では、その願いは叶わないのだろう、という事は分かっているし、そもそも神や仏や超常現象を信仰する思いなど礼矢は持ち合わせていないのだが、それでも、彼等、彼女等の地獄行きを願い、祈り、呪わずにはいられない心境だったのである。


綺麗で優しい祈りの振りをした、薄汚く薄情な黙祷を終えると、男性教師は連絡事項を駆け足で並べ立て、朝の会の終了を告げるチャイムの音が鳴ると同時に教室を出て行った。
そうして朝の会は終わったが、それを合図に悔しさから抜け出す事など、礼矢には到底不可能な事だった。
礼矢は席を立ち始めた他の生徒達に泣き顔を馬鹿にされずに済むように、悔し涙が伝った痕のある顔を机の上に置いた両腕に伏せる。
しかし、急いで顔を伏せた事でイヤホンをするタイミングを失ってしまったため、イヤホンと音楽による蓋のされていない礼矢の耳は周囲の雑音を丁寧に拾い上げてしまう。

「ったく、なんでオレ達のクラスにあのデブ入れたんだかな。」
「知らねー。つーか、あのデブよくもフツーに学校来るよな。身体だけじゃなく神経もぶっといとか、マジキメェ。」

最初に聞こえた雑音は、何方かと言えば少し不良寄りな気配のする男子生徒達の嫌味ったらしい会話だった。
礼矢の席より二つ前方にある席に三人で集まる彼らは、時より礼矢の様子を窺っている節がある。
どうやら、彼等はワザと礼矢の近くに集まり、ワザと礼矢に聞こえる声で嫌味ったらしい会話を繰り広げ、それに対する礼矢の反応を窺っているようだった。
そのような悪辣な行為に及ぶ彼等の表情は、何も見えない様に顔を伏せている礼矢には分からない。
ただ、彼等の声に礼矢への明らかな嫌悪と軽蔑、そして悪意が染み渡っている事は、わざわざ顔を上げずとも、耳だけ澄ませていれば良く分かる事だった。
そのような彼等を、性質が悪い奴等だ、と礼矢は思う。
何故礼矢がそう思ったのかは、礼矢の近くで礼矢に聞こえる様に礼矢の悪口を話し合うという彼等の陰湿なやり方を見れば一目瞭然だ、と思うのは、もしかしたら礼矢だけなのかもしれない。
少なくとも、この学校の中には、礼矢のように考える人間は存在しない事だろう。
さて、どのタイミングで顔を上げ、イヤホンを両耳に嵌めたものか、と礼矢が悩んでいる間にも、男子生徒達の会話は進む。
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