青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

――僕達、何があっても仲間だよね?
――勿論だろ。何があったって、俺達は仲間。むしろ、同志ってやつだろ。

今でもこの言葉を信じている自分がいる、それなのに、自分は警察の事情聴取に応じる事で、満の罪を明確で確実なものにしている、その矛盾が、嘔吐しそうなほどに気持ち悪い。
警察の思い通りに動く今の自分を見たら、満は何を思うのだろう? 何を言うのだろう?
裏切者、と言って罵ってくれるのだろうか? それとも、礼矢らしいね、と言って微笑んでしまうのだろうか。
正直なところ、礼矢は罵られる事よりも、微笑まれる事の方が怖い気がしていた。
警察の手助けをして、一般人面で世間に紛れ込んでいる自分など、満にとっては裏切者でしかないはずなのだから、怨んでくれていて当たり前のはずなのだ、信用されなくなっていて当たり前のはずなのだ。
だが、もしもそうではなかったら? 満が今も、未だに踏み外す勇気の持てない自分を信じてくれていたら? 絞首台の先で、また逢えると信じてくれていたら?
恐らくだが、自分はその信用に報いる事はできずに生き延びてしまうのだろう、と薄々思う礼矢は、満との会話を思い出す度に、罪悪感のような後悔で胸が埋め尽くされるのを感じ、それでも尚、何もせず生きていた。

そうして、あの事件の日からしばらく経過したが、マスコミはまだ、度々特集を組んでは、満の凶行について何処か的外れな見当を述べている。
その様子をテレビで目撃するたび、礼矢はマスコミに対して憤りにも似た感情を覚えたが、だからといって礼矢にできる事など、あの日と同じく何もないのが現実であり、礼矢自身はその理由を、家や学校、事情聴取のために訪れた警察署に時より突撃してくるマスコミは、礼矢の家族や学校関係者、更には警察関係者がシャットアウトしている為に礼矢が発言する機会が無い、という所にあると考えていた。
だが、実際問題として一番大きかった事は、発言権の有無よりも、礼矢がするであろう満への援護の発言など、世間は本当の意味では求めていないという事だったかもしれない。
世間が求めているのは飽く迄も、満への制裁や断罪であり、援護ではないのだ。
だから、例え礼矢がマスコミの前で何か発言したとしても、その発言は握りつぶされるか、或いは、満を更に叩くための材料にしかされなかっただろう。
その意味で、礼矢に発言権が無い事は、礼矢にとっても満にとっても幸運だったのかもしれない。


それからまた少し経って、警察の現場検証が終わり、校舎内にこびり付いた血肉の掃除を終えた学校は、久しぶりに授業を再開することにした。
校舎内にはもう、あの惨劇の物理的な証拠は残っていない。
だが、だからといって、生徒達やその保護者達、また教師達の学校での過ごし方が元通りになる等という事は、当たり前だが、無い。

授業再開の前日、礼矢はリビングで椅子に座り、複数枚のプリントを見ていた。
目の前のテーブルには、礼矢の通う学校が保護者に向けて何かの資料を郵送する際に使っている封筒がある。
要するに、礼矢が見ている複数枚のプリントは、学校から送られてきたものだ。
その中でも、今見ているのは、急遽行われることになった新しいクラス分けについて印刷してあるプリントなのだが、それには、礼矢を含む三年生のクラス数は以前の三学級から二学級に変更される、という事が書かれている。
プリントに書かれた説明によると、三年生はあの惨劇で一番多く被害を受けており、元々は三学級合わせて九十人程度いた生徒が六十五人程度まで減ってしまい、それに伴って学級ごとの生徒数にバラつきが出てしまったので、それを正す為に新しくクラス分けをし直すとのことらしい。
確かに、三年生は惨劇を起こした張本人である満が所属していた学年である事もあって、他の学年よりも被害が大きかった事は礼矢もよく知っている。
特に、自分のいる学級――つまりは満のいた学級が大き過ぎるダメージを受けた事に関しては、知識や情報としてではなく、体感として知っている事だ。
だから、学級ごとの生徒数のバラつきを正すためにクラス分けをし直すというのは理解できる。
しかし、六十五人程度いるならば、学級数を減らす必要は無い気がするのだが、と思いつつプリントを読み進めると、どうやら現在あの学校に在籍している三年生は五十人程度である事が判明して、礼矢は少し驚いた。
何故、本来は六十五人程度いるはずの生徒が五十人程度になってしまったのかを礼矢が考えていると、家事をしながら椅子の後ろを通りがかった礼矢の母親がプリントを覗き込み、それから礼矢に問いかけてくる。

「礼矢は転校しなくてよかったの?」
「……俺はいいんだよ、別に。」

母親の問い掛けで六十五人が五十人まで減った理由を思い出した礼矢は、少々ぶっきらぼうな返答をした。
そう、あの事件の後、礼矢の所属する学校では、多くの被害者を出した三年生に限らず様々な学年、学級から数多くの生徒が転校していて、元々被害が大きく人数が減っていた三年生はそれが追い打ちとなり、学級数を減らさなくてはならない程に生徒数が減ってしまっていたのである。
彼等、或いは彼女等が転校した正確な理由を、それらと親しくなかった礼矢は知らない。
マスコミが一部の生徒やその親から聴き出した情報によれば、生徒自身のトラウマや、殺人者を生み出してしまうような学校への不信感、そして、殺人者が住んでいた土地から離れたい、という意見が多かったらしいが、礼矢はそれらに大した興味は持っていなかった。
ただ、強いて言うならば、トラウマを抱えたその生徒も、殺人者を生み出してしまうような学校の一部だったかもしれない事を忘れないでもらいたいとは少し思わないこともない。
とはいえ、あの事件の中で生き残った側の人間であるそれらの生徒は、満に大して怨まれていなかったから生き残れたのだろうという事を考えると、彼或いは彼女に対し、お前も殺人者を生み出した環境の一つだ、等と責め立ててやろうという気持ちは生まれなかった。
むしろ礼矢としては、彼または彼女がこのような事件が起きるほどに特定の人間を追い詰めるような輩のいる学校へ入学してしまった事への同情を覚えてしまう面すらある。
そう、怨むべきは生き残った彼等或いは彼女等ではないのだという事を礼矢はよく理解している為、それに関しては周囲に異を唱えようという気持ちは一切ないのだ。
ただし、礼矢と周囲の意見が一致するのは飽く迄もその事のみで、殺された生徒達についての見解については、礼矢と周囲の間で非常に深く埋められない溝があるのもまた事実である事を、忘れてはならないだろう。
29/42ページ