青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

「ねぇ、礼矢。」

満の静かだが重みのある声で、礼矢は少しハッとしたように顔を上げた。
少し戸惑いながら満のいる方向に視線を向けると、その視線は満の真っ直ぐな視線と正面からぶつかる。
礼矢を真っ直ぐ見詰めてくる満の表情に狂気の色は無かったが、かといって嬉しそうな笑みや寂しげな陰りも無く、礼矢は満が何を思っているのかを感じ取れなかった。
パッと見ただけでは無表情と勘違いしてしまいそうだが、見れば見るほど真剣さだけが感じられる表情に戸惑う礼矢に、満は問いかける。

「僕達、何があっても仲間だよね?」

その言葉を聴いても尚、礼矢は満の真意を読み取る事ができなかった。
だから、それを誤魔化すかのように曖昧に笑って、それでも満という唯一の友人への敬意は込めて、応える。

「勿論だろ。何があったって、俺達は仲間。むしろ、同志ってやつだろ。」

礼矢がそう言うと、満は何か安心したように表情を緩めて

「……よかった。」

とだけ言った。
礼矢は、自分の言葉で満が何らかの安心感を得た事が嬉しくて素直に微笑んだが、満が何を確認してどのような安心感を得ていたのかまでは考えが及ばずにいた。
また、教師や他の生徒が二人を探しに来る事は、一向になかった。


時間が経って、日付が変わって、カレンダーを何枚か破き去っても、二人の立場は変わらない。
あの、授業を放り出し互いの思想を確認しあった日からいくら時間が過ぎようと、二人の学級内での立場は少しも良くなってはいなかった。
礼矢も満も、慢性的な息苦しさに喘ぐかのように、社会的には過激と言われるであろう思想を二人だけで語り合っては、必死に息を繋いで生きているという状態で、それは、いつ足を踏み外すか分からない綱渡りのようでもあった。
そして、あの日から二ヶ月ほどが過ぎたある日――。


その日は、もう十一月の半ばで、あの日に比べると気温は随分と下がっていた。
証拠に、あの暑がりで汗かきの礼矢も満や他生徒と同じようにワイシャツの上からブレザーを着て、汗をあまりかかずに登校しているところだった。
住宅街でもあり商店街でもあるような、なんとも微妙なバランスで住宅と商店が立ち並ぶ、少し幅の広い通りの歩道を学校に向けて歩いていると、慣れ親しんだ唯一の友の声が、後ろから礼矢を呼ぶ。

「礼矢っ、おはよう!」
「え?」

ブレザーの胸ポケットに入れたスマートフォンにつないだイヤホンから音楽を聴いていて、後ろにいるのが誰だかよく分からなかった礼矢は、一瞬怪訝そうな顔をしながら振り向いた。
そして、振り向いた先にいる人物が満である事に気づくと、表情をちょっとした笑顔に変えて挨拶をする。

「あぁ、おはよう、満。」
「うん!」

礼矢が挨拶を終えると、満もニコッと明るい笑顔を見せてくる。
どうやら、満は普段より数段上機嫌らしい。
普段はあまり大げさに笑わない満が妙に明るく笑っている事が少し不思議で、また何か新しい殺人事件の関連書籍でも入手したばかりなのかと思った礼矢は、軽く笑いつつ冗談交じりに問いかけた。

「なんだよ、今日はやけに機嫌がいいな。今度は犯人本人の手記でも買ったか?」
「あぁ、この前出たあの本? 確かに買ったし、読み終えたよ。普通のライターや関係者の出す本もいいけど、本人の出す本はやっぱり内容の重みが違うよね!」

礼矢の思った通り、満はまた新しく、殺人事件の関連書籍を入手していたようで、以前殺人犯の両親が出した書籍を見せてきた時のような高揚感を隠す事なくアピールしてくる。
おそらく、満の買った本には、満が心躍らせるような、つまり一般人からすれば衝撃的過ぎて唾棄すべきもののような内容が、沢山書かれていたのだろう。
礼矢は、自分もいずれは同じ本を買って読み、その内容について満と議論してみたいものだと考えながら、満と二人で学校に向けて再び歩き出した。
二人が学校に近づくにつれて、二人以外の生徒の数も多くなってくる。
それを見て、ふと時間が気になった礼矢が左手首に巻いた腕時計を見ると、時計の針は午前八時十分程度を指していた。
腕時計を気にする礼矢を見て、満が言う。

「朝の会までにはまだ随分時間があるよ。今日は僕も礼矢も日直じゃないし、気にしなくていいんじゃない?」
「んー……まぁ、そうだな。」

満に言われて、礼矢は腕時計をまいた左腕から視線を外し、ふと前方を見る。
そんな礼矢につられて満も前方を見たのだが、その表情は一瞬にして凍り付いた。
二人の前方数メートルの位置に、あの日の悪意に満ちた男子生徒達がたむろながら歩いていて、時折後方を振り返っては――つまり礼矢と満を視界に収めては――相変わらず気味が悪いニヤニヤ笑いを浮かべているのだ。
嗚呼、これはまた絡まれてしまうということか、と思った礼矢は溜息を吐いて片手で頭を抱える。
すると、普段ならばこの場合は口を開かず、ただひたすら静かであることに徹するであろう満が珍しく、小声で礼矢に話しかけてきた。

「大丈夫だよ、礼矢。もうすぐ、終わるから。」
「えっ?」

一見根拠がなさそうだが、何故か否定できない説得力のありそうな声で言われ、礼矢は驚いて顔を上げる。
すると、あの男子生徒達よりも更に数メートル進んだ所に、目的地である高校の校舎が見え始めた事に気付く。
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