青春の沈黙≪1≫ 絶望の果てに、絞首台の先で逢おう

「うんうん、礼矢は分かってくれるみたいで良かった。」
「あぁ、まぁ……そりゃあ、分かるけど。」

確かに、自分は満が言っている事を理解しているつもりだが、満がそれをそこまで喜ぶ気持ちは正直よく分からない、と思う礼矢は少し困ったような顔をして、それを誤魔化すように頭を掻きながら視線を窓の外に向けた。
窓の外は、上を見れば相変わらず快晴の空が見えて、下を見ればまだ体育の授業を受けている途中である生徒達の姿がよく見える。
どうやら生徒達はまだ百メートル走のタイムの計測を続けているようで、何人かの生徒はトラックにそって全力で走っており、スタート地点と思わしき場所には自分が走るその時を待ちわびるように立っている他の生徒の姿も見えるが、その人数は最初より少し少なくなっているように見えた。
おそらく、彼等は何らかのトラブルを起こす事も、起こされる事もないまま、順調にタイムを計測し続け、あと少しでその作業を終える所なのだろう。
そうして全ては順調に流れ続ける、その流れの中で、自分と満だけが取り残されているような感覚を、礼矢は覚えた。

「……誰も、気付かないね。」

突然口を開いた満の声に驚いて、礼矢は反射的に満へ視線を向けた。
満は礼矢の隣に座ったまま、つい先ほどまでの礼矢と同じように窓の外を眺めているのだが、その横顔に先ほど浮かべていた笑顔は無い。
あるのは、校庭を駆け回る生徒達に対する密かな嫌悪感と、それから、隠しきれていない哀愁だ。
満は、それがとても悲しい事であるかのようにもう一度言う。

「僕達が此処にいる事、誰も気付かないね。」

礼矢は最初、満が何を思ってそんな事を言っているのか分からず、小さく首を傾げてしまった。
礼矢としては、自分や満が此処にいるのは、自分と満を平気で嘲笑ったり罵倒したりしてくる悪意達から避難する為だという思いが強いため、誰も自分や満の存在が此処にある事に気が付かないというのは、良い事に思えるからだ。
それなのに、満は何故かその事を僅かに悔しがるような表情を見せているものだから、礼矢は少し沈黙した後、少し困ったように

「……それは……そりゃ、そうだろ?」

と言って、満の様子を窺った。
満は相変わらず窓の外に視線を向けたままだったが、その横顔に浮かぶ表情は先ほどよりも更に曇っている。
それを見て、自分は何か失言をしたのかもしれない、と内心焦りだす礼矢に対し、満は言った。

「うん、そうだね。それは、そうなんだけどさ……あんな連中に期待する方がおかしいって分かってはいるんだけど……どうしてかな、生徒は無理でも、先生辺りがさ、僕達を探しに来てくれて、『どうしてこんな所にいるんだ、心配したんだぞ!』なんて言ってくれたらって……少しだけ、思うんだ。」

満の言葉に、礼矢は返答する事ができなかった。
礼矢と同じ、いや、もしかしたら礼矢以上に強気かもしれない満が見せた弱気な姿勢に、どのように声をかけていいか分からなかったのである。
と言っても、それは別に満の気持ちが分からなかったからではない。
むしろ、礼矢には満の気持ちが痛いほどよく分かる気がしていた。
他人から“同じ人間”として認められたい、この社会の一員として受け入れられたい……かつては礼矢も描いていた理想が、満の中にも微かに残っているのだろう、と思うと、礼矢は酷く胸が痛んだ。
もし、もしもこの世に虐めが存在していなかったり、少なくとも、満に対する虐めが存在しなかったなら、満はとても真っ直ぐで優しい青年に成長していただろう。
礼矢はふとそんな事を思ったが、僅かな沈黙の後に満が発した言葉が、その未来を否定する。

「……でも、そんな事あり得ないのは分かってるよ。僕達は、都合よく啄まれる供物でしかないからね。教師だって、啄む側の屑達を優先する時点で、所詮はあっち側の人間さ。僕等を探そうとしないのは、そういう事なんだ。」

それまで悲しそうだった満の表情が、今度は何かに呆れかえった時のような気だるげな表情に変わる。
厭世感、の漢字三文字がピッタリと当てはまるその表情に、礼矢は満がすでに歪んでしまっている事を改めて確信した。
そして、そんな満の主張にそれなりの同意を覚えている自分もすでに歪んでいる事も確信する。
礼矢には、満の怒りがどうしようもなく理解できるのだ。
視線を満から窓の外へ向けた礼矢は、何気なく、満の主張を自分の口から呟いてみる。

「俺達は供物……かぁ。」
「そう、供物だよ。」

礼矢が呟くと、満が即座に反応し、吐き捨てた。
その時の満の嫌悪と憎悪に満ちた声音に、礼矢は少し驚いて顔を上げる。
逆に、満は視線を自身の膝と、その上に置かれた自身の両手に落とす。
そして、静かではあるが、それ故にその奥に秘めた怨みの感情が垣間見える声で言葉を紡ぎ始めた。

「……この社会の実権は、悲しいけれど屑ゴミ達が握っていて、僕達はそんな奴等の為の供物でしかない。虐げられて、侵されて、貪られて、それでお終いなんだ。」
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