「眠い……、はぁ」
寝起きでまだちゃんと目が覚めていないのだろうか。大きな欠伸をした後、ため息をついたこの少女は、江戸川乱歩の妹にあたる存在、江戸川優里。現在17歳の高校2年で、乱歩とはかなり歳が離れている。
(そうだ。いつもより静かだと思ったけど、福沢さんも兄さんも今日から明後日まで出張で居ないんだった)
リビングの机には、ベーコンエッグとブロッコリーや、ミニトマト等の野菜が添えられた皿。きちんとラップもかけられている上に、『優里へ。朝、昼、晩、しっかり食べるんだぞ』と付箋に福沢諭吉の綺麗な字で書かれた置き手紙が貼られている。横には炊き上がって数時間は経ったであろう白米が盛られた茶碗。親切に醤油と胡椒まで置かれている。
(気を使わせてしまって、悪いなぁ……)
ふと何かを思い出したかのような素振りをして、壁に掛けられている時計を見やる。時刻は9時を回っていた。
「あぁ、今日は月曜日だったね」
そう言いながら用意された野菜を全てラップの上に置き、残されたベーコンエッグだけが乗っている皿と茶碗をキッチンまで運ぶ。
彼女は17歳。歳が近い普通の若者なら、とっくに学校が始まっている時間なのに、何故そこまで余裕そうなのだろうか。誰もが予想できることだろう。
優里は高校に通っていない。中卒止まりである。とは云え、勉強を一切していない訳ではなく、高校で教わる事は殆ど家で勉強。疑問に思ったことは兄や福沢諭吉、またはその知り合いに問いている。
(せっかく胡椒も置いてくれたんだし、たまにはかけよ)
ホクホクと暖かい湯気と共に、美味しそうな匂いがリビングに漂う。
「いただきます」
1口、また1口と食べていくにつれて、凍り付いたように冷たかった身体が、暖まっていく感覚に幸福を覚える。
(暖かくて美味しい)
＿＿＿＿

「ふぅ、ごちそうさまでした」